48──あるいは気まぐれ
「さあっ、今日からまた気合い入れて配信してくわよ~! あたし達のライブはこれからだ!」
翌朝。起きるや否やの挨拶一番が以上のようなリヴルに、ラヴィもルキファスも怪訝な顔をした。
「どうしたのお姉ちゃん。朝から頭打った?」
「あたしはまとも! これは気合いよ! 昨日は怒られたりして気分サゲ状態だったけど、クビになった訳ではないんだし、あたし達のやる気は十分! それならやるべき事は一つ、配信よ!」
そう言いながら、例のルキファスノートをテーブルに出した。
「作戦に変更はないわ。ルキファスさんの魔王キャラで更なるバズを目指す。当分はそれでいくわ。でも、人気になるためにはある程度の味つけとかは必要ね。故に、当初の計画である魔王プロデュースは続行! さ、早速会議に移るわよ~!」
はしゃぐ少女に、妹は呆れ、魔王はやはり不思議そうに眺めていた。
オフィスにて、始まるルキファスプロデュース会議。
「昨日ルキファスさんと少し話してたらね、アイディアがポンポンと浮かんだのよ。でも、アイディアがあり過ぎて上手く纏まらなかったの。そこで、ラヴィも含めて三人で細かい微調整をしていきたいわ」
「アイディアって何のアイディアなの?」
ラヴィの質問にリヴルがニコっと笑う。
「もちろん、ルキファスさんのキャラについてのアイディアよ。ただの魔王も悪くないけど、やっぱり個性的な隠し味が必要だもの」
「えっと、つまり昨日言ってた属性ってやつ?」
「そっ!」
ホワイトボードに大きく“魔王”と書かれる。
「いい? ただの魔王じゃファンから見て親しみが無かったりするかもしんないわ。だから、観てる人間が思わず引き込まれたり共感出来たりするような個性が必要なのよっ」
「例えば?」
「例えば、魔王なんだけど早起きは苦手ーとか、魔王だけどヒーローマンガ大好きです!とか、魔王だけどマニュアルの免許持ってます!とか」
「よく分かんないけど、何となく言いたい事は分かったよ。つまり、魔王でありつつも人間くさいって言うか世俗じみた感じを演出していきたい。っと事?」
「流石我が分身っ! そのとーり!」
リヴルが満足そうに頷く。
「でも、ルキファスさんの性格というかキャラからして、そういった物をいきなり追加するのは難しそうだわ。そこで、まずは手始めにプロフィールから手をつけるわ」
ホワイトボードに『魔王、概要』と書かれる。
「重要なのは『動機』ね」
「動機?」
これにはルキファスが反応した。
「どういう意味だ小娘」
「昨日ルキファスさんと話していて気づいたの。キャラ設定あるなら動機が必要となるわ。つまり、それらしくて面白い背景、設定よ!」
リヴルの説明が続く。
「よくあるじゃん。ダイバーにもさ、『○○さんに憧れて』とか、『こんな自分を変えたくて』とか、『挑戦してみたいんです!』とか、『会社で傷心したからリスタートしたいんです』とかみたいに、配信を始める人の中にはバックボーンがあったりするわ」
「あー、確かにあるよね。『病気の彼女を元気付けるためにライバー始めました』っていう人も居るし」
「そうっ! やっぱさ、そういうの聞くと人間なら『応援したい!』『頑張れ!』『これは推せる!』ってなる訳じゃん。“好き”っていう感情はその人に対する興味や共感からくるの。な・の・で!」
今一度ドンッと強調されるホワイトボード。
「ルキファスさんにも何故ダイバーをやるのか?っていう動機が欲しいの!」
「その前に興味など無い」
「はいダメー! それは禁止!」
魔王には理解しがたい話であったが、ラヴィは感心したように頷いていた。
「でも、そういうのは確かにアリかも。設定って人を惹き込む力があるから」
「その通りよ! 人はね、どれだけ時が経とうとも、どんな世の中になろうともストーリーが好きなの!」
人間とはそういう物なのだろうか。魔王は興味を持ってリヴルの持論に耳を傾けていた。
「そこで、ルキファスさん。なんかそういうの無い? これからやってく動機とか」
「その前にその配信とやらをやっていく理由が無い」
「えー。ならさ──」
リヴルが首を傾げた。
「ルキファスさんは何がしたいの?」
「──······」
その純粋な問いに、ルキファスも思わず思考が止まった。
(俺は············俺は何がしたいのだ?)
ここに居る理由は無い。配信をする理由も。そもそも今こうして世界に居る理由すら無い。
正しくは消滅したのだ。オルグロンに話を聞き終えたあの瞬間から。
「······」
「お、おーい。ルキファスさん? すごく真剣に悩んでるみたいだけど大丈夫~?」
「······俺にやりたい事など無い。生きている理由もな。存在意義さえ失った」
「何その激重設定!? 何もかも失った破滅系魔王?」
「なんだか新しいですね」
ルキファスの本音ではあったが、リヴルは設定の話だと捉えた。
「でも、最近は重い系ヤンデレやメンヘラが流行ってるからねえ。案外いいかも。激重な亡国魔王とか。滅びてしまった魔界を復活させるために、登録者を増やして人間どもの魔力を吸い取るのだ~! とか?」
当たらずとも遠からずな発言に、思わずルキファスも目を見張った。
「いいじゃんその設定。採用! それじゃあルキファスさんの配信動機は故郷である魔界の復活のためね!」
「魔界の復活······」
反芻する魔王。
魔界。それは人間達が深淵を呼ぶ時に使っていた言葉である。
奇しくも、リヴルの言う『故郷である魔界』は確かに滅びたと言ってよい。少なくとも、かつての魔王軍も、組織的な魔族も残っておらず、深淵は僅かな弱体化モンスターと遺物だけが残された洞窟でしかない。
それをもし復活させ、再建したら······何か変わるだろうか。
そう自分に問い掛けてルキファスは一人苦笑した。そんな事はない。魔族が復活しても倒すべき敵が居ないのだから。
しかし、その魔界の復活という響きは、ルキファスの胸に何か訴えるものがあった。
「······そうだな。それも悪くはないだろう」
「「えっ?」」
姉妹の驚く声が重なる。
「えっ、嘘? あの魔王様があたしらの提案を受けた?!」
「ほ、本当に良いんですかルキファスさん? なんか変な設定を勝手に付けられてるのに」
「成すすべき事も、目的も無いのだ。ならば、とりあえず魔界の復興。あるいは魔族という物を人間どもに再び周知させるというのも悪くはない」
「ほ、ほえ~······」
リヴルもラヴィも目を丸くしあっていた。
「まさかルキファスさんがねえ。『悪くはない』だって」
「い、意外過ぎてどう反応すればよいやら······」
実際、ルキファス自身も自分で何を世迷い言を言っているのか、と思っていた。
しかし実際のところ、確かに魔王には何の目的も存在せず、やる事など何も無いのだ。
それならば、せいぜい暇潰し程度に気まぐれをしてもいいのではないか?
そんな、魔王らしからぬ思考が組上がっていた。
「なら決定ね! 改めて、ルキファスさんの自己紹介配信やって皆に知らしめよう!」
リヴルは早速乗り気になり、マイホを取り出した。
「今日の夜の配信枠はもう取ってあるんだ~。ツブヤイターで告知っと!」
「お姉ちゃん、なんだか楽しそうだね」
「そりゃそうよ!」
ニコニコっと笑顔が弾けた。
「魔王様がやる気出してるんだから、楽しくなりそうじゃん? あたし達のこれからも! そうだっ、ついでにあたし達との出会いも設定作っておこ!」
「私達の出会い?」
「そうそう! たまたま山中で会った魔王を名乗る変な人。なんて言うんじゃリアリティ欠けるでしょ? だから、そうねー······あっ! あたし達があの変なダンジョンで探検してたらうっかり封印解いちゃったって事にしとこっか!」
「それじゃあ私達が大罪人みたいだよ······」
「いーの、いーの、設定なんだから。面白く盛った方が良いじゃん」
心底楽しそうにキラキラと笑う少女達を、魔王は静かに見守っていた。
そして、夜がやってきた。
お疲れ様です。次話に続きます。




