46──生きる理由
執務室から出るルキファスをオルグロンは廊下にまで出て見送った。
「魔王様。秘書に案内させますか?」
「ああ······」
上の空で答えるルキファス。催眠状態のままの秘書が歩き出し、ルキファスはその後に続いた。
「······オルグロンよ」
「はっ」
「貴様は何のために生きている?」
「······は?」
オルグロンは答えに詰まった。
「何のために、と······」
それはあまり考えた事のないことであった。彼は生来、魔族にしては臆病なタチの者であったから死なないようにしてるだけ。死を恐れているだけ。
死なないようにしている。その対になるものが『生きる』となるかは誰にも分からぬ事ではあったが、オルグロンの生きる理由はそれだけ。『死にたくないから』である。
「そのような事、考えた事もありませんでした。私はただこの状態が普通だと思って続けてるだけですので······」
「······」
魔王は何も言わず背を向けて、既にエレベーターで待機している秘書の元へ向かった。
オルグロンはドアが閉まるその瞬間まで見送っていたが、ルキファスの姿が消えると同時にドサッとその場に跪いた。
「た、助かった~······」
思いがけず、自分が何ともない事にオルグロンは感動すら覚えた。
そして、同時に。静かに去った魔王に、意外な気持ちになったのであった。
「しかし、まさかあっさり引き上げるとは······」
エレベーターの中でルキファスはぼんやりと考えた。
『もう戦う必要がない』
それはあまりにも予想外で、考えた事もない話であった。
ルキファスが魔王になる前。いや、それよりもさらに以前から。人間と魔族の戦いは続いていた。
相反する存在なのだ。魔族は人間を支配しようとするし、人間は魔族を討ち滅ぼそうとする。そういうものなのだ。
故に、人間と戦うのは魔王として当然。人間に憎まれるのも、命を狙われるのも全て当たり前のこと。むしろ、そうあるべきなのだとルキファスは教えられて生き、自身でもそうあるべきだと自覚していた。
人類と対峙する事こそ魔王の存在理由なのだ。そして、勝ち、支配し、さらなる力を奪うこと。それこそ矜持なのだ。
ところが。
かつての僕から伝えられた衝撃的な事実。もはや人類を支配する意味がない。
ルキファスは催眠状態の秘書を見た。彼女から発せられる魔力はやはり微弱で、全くとるに足らない物であった。
「あっ、居た! ちょっと、ルキファスさん!」
最初のエントランスに降りると、辺りを彷徨いていたリヴルが駆け寄ってきた。
「どこ行ってたの? もうっ、ここで待っててって言ったのに」
離れた場所で彷徨いていたラヴィも走り寄り、ホッとしたようにため息をついた。
「探しましたよルキファスさん。どこに行ってたんですか?」
「······」
ルキファスは何も答えずに、黙って姉妹をじっと見下ろした。
「ん? どったの?」
「どうかしましたか?」
首を傾げるリヴルとラヴィ。
ルキファスは無言のままであったが、フイッと背を向けた。
「用とやらは済んだのか?」
「あー、うん。散々だったけどね······」
「怖かったです······」
途端に落ち込む二人。ルキファスは何も言わず、催眠状態で側に立つ秘書に目を向けた。
(もういい)
そう念じると、秘書の目がパチっと瞬いた。
「あ、あら? あれ、私は何を······」
狐につままれたような秘書の脇を通り過ぎてルキファスが玄関口へと向かう。
「あ、待ってよールキファスさん」
その後を姉妹が追いかけた。
帰りのタクシーと電車。三人はあまり会話しなかった。
ルキファスは上の空であったし、リヴルとラヴィも落ち込んでいたからだ。
「はぁー。なんで社長さんあんなに怒ってたんだろ?」
「なんか私達の動画を見て怒ってたよね」
「これで事務所から『お前らはクビだー!』なんて言われたらどうしよ。せっかくこんなにバズって伸びたのに······」
「フリーでやる?」
「あはは、ラヴィにしてはワイルドな提案ね」
プロロル町に戻り、駅から出る三人。
「そう言えばお昼まだだったわね。お腹空いたわー」
「どこかで食べてく?」
「うーん。でも疲れたから早くゴロゴロしたいのよねえ」
パチっと指を鳴らすリヴル。
「そーだっ。近くにマッキー(マキシムバーガーというハンバーガーチェーン店)新しく出来たじゃん。そこで何か買って帰ろっ」
「うん、そうしよっか」
美味しい物を買って帰ると決定した姉妹は少しだけ元気を取り戻した。
帰り道から少し離れた所にその店はあり、リヴルとラヴィはルキファスを外に待たせて中へ入っていった。
その間、ルキファスは黙って町の景色を眺めていた。道を行き交う人々の魔力を探っていたが、やはりどれも全く無価値な程度しか保有していない。
それほど待たずして。姉妹が店から出てきた。両手に袋を持っている。
「お待たせーっ。ルキファスさんにはチリチリチキンバーガーと、ハバネロサンド買っておいたわよ~」
「帰りましょうか」
歩き出す二人の後についていく魔王。
(この二人も用無しだな)
ルキファスの当面の目的は情報を集める事であった。二千年経過した世界をどうやって攻略するか。そのために情報を集める。
そして、その隠れ蓑として姉妹の元に居るのが都合良かったのである。
しかし、もはやその必要は無くなった。そもそもの目的自体消えてしまったのだ。
「あー、お腹空いたー。一個食べちゃお~」
「あ、お行儀悪いよ」
「いーの、いーの。ハンバーガーってのはどんな時でもお腹を満たしてくれるように出来てるの。そう、何時でも人を幸せにするために生まれてきたのよ」
「全然意味が分からない」
ならば、今目の前に歩いている二人にはもはや用など無い。こうやって行動を共にする理由など何も無いのだ。
「······」
ルキファスは考えた。これからどうするべきか。
人間を支配したところで意味などない。得れる物が何も無い。
だが、そうなれば魔王は何をして生きていけばいいのか。
少し考えた挙げ句······ルキファスはこう結論付けた。
それでも、戦うのが魔王であると。
それでも、人間と戦い、服従させるのが魔王だと。
それでも、死や恐怖を人間に与える事こそ自身の生きる意味であると。
(ならば······まずはこいつらから血祭りにでもして、人間どもへの宣告とするか)
ルキファスの手がゆっくりと、リヴルへ伸びた。
「あ、そうだルキファスさん」
くるりと振り向くリヴル。ルキファスの手が止まった。
その手を見て首を傾げるリヴル。
「ん? どうかしたの?」
「······」
「あ、もしかして~」
リヴルは悪戯っぽくニヤっと笑った。
「お腹空いちゃった?」
「は?」
「も~、食いしん坊だな~魔王様は~。はい」
ガサガサっと袋の中を漁り、紙袋に包まれたハンバーガーを差し出すリヴル。
「チリチリチキンバーガーよ。辛さは最大で頼んであるから」
「······」
ルキファスは目を丸くしていたが、その手は自然に包みを受け取った。
開いてみると、どぎつい真っ赤なソースの染みだしたハンバーガーが現れた。
無言のまま一口頬ぼるルキファス。
「······ほう、美味い」
「でしょ? めっちゃ辛いもん」
カラカラっと笑うリヴル。
「魔王様は辛いのがお好きだもんね」
「······小娘。いや、リヴルとやら。お前は何のために生きている?」
「えっ、何そのいきなりな哲学?」
ギョッとするリヴル。
「ルキファスさん、辛さのせいで頭おかしくなっちゃった?」
「質問に答えろ」
「態度わるっ! ん~、そうねー······」
唐突な質問にも、リヴルは真剣に考えた。
そして、明るく答えた。
「楽しいからかな」
「楽しい?」
「うんっ。ゲームでしょー、マンガでしょー、可愛い服でしょー、新しいコスメでしょー、流行りの新商品とかも。そういうので溢れてる世界で、しかもあたしには夢がある! 超有名ダイバーになるって夢がね! でも、その道は険しいわ。だから日々努力して全力投球! で、疲れたら美味しい物で回復っ。めっちゃ楽しいじゃん」
「お姉ちゃんの哲学って軽いね」
「軽くないでしょっ、まあ、つまりあれよ!」
魔王にビシッと指差すリヴル。
「やりたい事だらけだから何で生きるかなんて考えた事ないわね。どっちかって言うと、この命尽きる前にやりたい事やったろー!って感じ?」
「······」
「人によるけどね。でも、美味しい物を食べたいからって人も居ると思うわよ」
魔王はしばらく静かな目でリヴルを見ていたが、何も言わずにハンバーガーを食べ続けた。
「美味いな」
そうして、三人は自分達の家に帰った。
お疲れ様です。次話に続きます。




