45──価値無き世界
「どういう意味だ?」
ルキファスの気配がゆらりと変わる。殺気に近いものが室内を縛り上げる。
「この俺の命令には従えん。という意味か?」
「め、滅相もございません! そのような意味ではなく、言葉の通りでございます! 例え、魔王様が再びこの世を支配してももはや我々魔族には何の得にもならないのです!」
「······」
しばらく、重苦しい空気がその場に漂ったが、ルキファスからスッと殺気が消える。
「まあいい。話してみろ。詳しくな」
「はい。実は──」
オルグロンはルキファスに、この二千年間のこと。変貌した世界の事を語り始めた。
ルキファスが倒された後。そこからの事。
「実は、魔王様が封印された後、我々魔族にはもう勝ち目はなく、人間どもによって追い詰められ、魔王軍を解散したのです」
しかし、魔族による世界の支配そのものを諦めた訳ではなかった。必ず魔王ルキファスを復活させ、覇権を取り戻す。その野望を抱いたまま魔族達は身を潜める事になった。
「それから僅か数年の後でしょうか」
自然環境の急激な変化が起こり始めた。
「気温、気候といった物から水質、土壌に至るまでのあらゆる環境要素に劇的な変化が現れ始め······」
「······」
それはルキファスもチラリと耳に挟んだ話であった。自身の滅亡とほとんど時を同じくして、この世界を襲った大厄災。
それはあらゆる天候の変動、地震や火山噴火、それに伴う生態系の激変。そして疫病などの流行。
世界──というより、人類は安住の地や食料、限られた資源を奪うために互いに争った。
「その結果、人間どもは文明崩壊まで追い込まれました。ある意味では我々が再興するチャンスでもあったのですが······」
だが、ここで一つ問題があった。世界を襲った厄災は想像以上のものであり、人類は社会崩壊どころか、絶滅する勢いで衰退し始めたのである。
しかし、人間が絶滅すると魔族が困るのだ。
それは何故か。
魔族にとって人間は『上質な魔力の供給源』に他ならないからである。
もっと分かりやすく言えば、人間は卵を産むニワトリであり、乳を出す牛。つまり、家畜なのだ。
なぜ、ルキファスのような残酷な魔王が人間を滅ぼすのではなく、支配していたのか。
それは優しさや寛大さからではない。
人間は、魔族にとっての食糧のような物であったからだ。彼らを飼い殺し、一定の魔力を奪い続け、自分達のエネルギーにしていた。
人間はモンスターとはまた違う種類の魔力を持っており、これは他の生き物からはほとんど摂取出来ない。
故に、魔族は人間を支配するのだ。支配そのものに固執してるのではない。人間の魔力を貪るために彼らを服従させるのだ。
そんな人間が消えれば、魔族もその内衰退していってしまう。少なくとも、本来の強大な力を維持する事は難しくなってしまう。
「これには我ら魔族も困り、一度集まって重臣達で話し合いました」
人間は敵であると同時に家畜なのだ。何とか種の存続が出来ないものか。
「そこで、我らは人の姿になり、人間達の存続を手助けいたしました」
幸い、魔族達は劇的な環境の変化の影響をほとんど受けないし、食糧が無くても魔力さえあれば死にはしない。
彼らは人間の代わりに開拓を行い、薬を作り、何とか人間の生命維持に必要な物を整えていった。
が、それでも人口の減少は止まらなかった。
「ご存知のように、我らは人間の姿になってる間は本質が人間に近くなります。そこで──」
なんと魔族は人間と交わる事にした。繁殖の手助けである。前例が無い訳ではないが、人口維持のための交配はもちろん初めてであった。
「結果、少しずつですが人間の数は回復していきました。さらに、環境も段々と落ち着きを取り戻し始め······」
千年ほどして、やっと人類はかつての繁栄レベルまで回復した。
ひとまず、家畜の絶滅は防げた。しかし──
「実は思いがけない事が判明しまして······」
なんと、肝心の人間達の魔力が急激に低下していってる事が分かったのだ。世代を一つ重ねるごとに保有魔力がおよそ半減する事が分かった。
「色々と原因を探ってみたのですが、結局その原因は判明しませんでした」
最も有力な説は、魔族の血が交じった事によって人間の魔力が変質してしまい、弱体化してしまったのではないかという、本末転倒な物だ。
「おそらく、我々の魔力と人間の魔力は相互作用があり、反発しあうような形で魔力を打ち消し合ってしまったのではないかと」
結果、せっかく増やした人間達には家畜としての価値が失くなってしまったのだ。
今の人間達はいわば雑草のようなもの。利用価値がなく、支配しても何にもならない。かと言って今さら滅ぼしたりする理由もない。
さらに。
「人間の魔力が弱まると同時に、共鳴するように我々魔族やモンスターの魔力も弱まっていきました。これも原因は不明ですが、おそらく我々魔に属する者と人間どもの魔力はある意味共生関係にあったのでしょう。反発しあい、高めあうような······その人間どもの魔力が弱まるにつれて、モンスターどもも弱く、小さくなっていきました」
ルキファスは思い出した。ダンジョンに入った時、あまりにも弱々しいモンスターらと遭遇した事を。
あれは一部だけの話ではなかったのだ。
「とは言え、我らのような古の時代より現存する魔族は、そこまで力が落ちておりません。人間どもの魔力や魔法のほとんどが消えた今。我ら魔族に敵う者など居ないでしょう」
魔族は魔力の宿った攻撃でしか致命打を与えられない。物理攻撃の大半は肉体を破壊する事は出来ても存在その物を滅する事は難しいのだ。
つまり、現代兵器の数々をもってしても魔族達を倒すのは難しい。
故に、戦えば勝算は大きいのであるが······。
「勝ったところで何を得られましょう? 支配する価値もない雑草を手に入れても何にもなりません。刈り尽くしたところで得る物も······」
そこでオルグロンの話は終わった。
結論を述べるならば、人間と戦う建設的な理由が何も無いのだ。
支配しても意味なし。滅ぼす理由も無し。
つまり、人間は魔族にとっては得にもならなければ害にもならない。
「幸いな事に、我々も人間という一大供給源を無くしたにも関わらず生き永らえております。もちろん、全ての魔族が現存してる訳ではありませんが、私含め一部の重臣などは人間としてこの社会に溶け込んでおります」
「······」
全ての話を聞き終えたルキファスは、流石に言葉を失っていた。
長い眠りからやっと復活したというのに、目覚めた世界には自身が戦う目的が残されていなかったのだ。
支配。それだけが魔王の役目であり、望みなのだ。
だが、その支配そのものに意味が無くなった。
そう。
魔族が──魔王が存在する理由が無いのだ。
「············」
ルキファスは、しばらくの間窓から外の景色を眺めていた。
オルグロンの話は戦いを避けるための詭弁ではないかとも考えた。
しかし。
その可能性は無いだろうという事は、ルキファスにも薄々と分かっていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




