44──再びこの世を我が手に······?
何時も自身が愉悦に浸って座る高級な座椅子。
さながら現代の玉座とも言えるその席に座り、妖しい目の光をたたえて睨みつけるような視線を送る人物──いや、魔族。
血のように赤い髪を揺らし、瞳には凍てつく氷のような光を宿らせ、その薄い唇からは冷めきった言葉を吐く。
「誰かなど覚えておらんが······まあ、いい。貴様、少し話を聞かせろ」
「は、は、は、は······」
そう、それは二千年経とうとも忘れられなかった恐怖の支配者。
「ははーーーーっ!! 魔王様ー!!」
オルグロンはもはや本能的にその場に伏して、額を床に擦り付けた。
ルキファスはつまらさそうな表情のまま、床にへばりつく同族を見下ろした。
色々と聞きたい事はあるが、まずは──
「おい、貴様」
「は、はっ!」
「名前は何と言う?」
「えっ!?」
オルグロンは驚いた顔を上げた。
「オ、オルグロンでございます。あの、地方平定将軍を仰せ預かった······」
「オルグロン? 地方平定············ああ」
そこでルキファスはやっと思い出した。
「あの図体がでかいだけで益体無しのオルグロンか。そうか、貴様も生きていたとはな。どうやら逃げ足の早さが役立ったようだ」
「ははーっ! もったいなきお言葉······!」
「褒めてなどない。愚か者が」
「ももも、申し訳ありません!」
その言葉一つ一つ、声の抑揚。それらによって甦っていく記憶。オルグロンの心のふかーくにこべりついていた恐怖心が色褪せたセピアから段々と鮮やかな色彩を取り戻していく。
すでにオルグロンの背中は脂ぎった汗でびっしょりと濡れていた。
「し、しかし、魔王様。どうして私めの所在が分かったのでございますか?」
「知ってて来たのではない。訳あってここへ来たら魔力の気配を感じてな。それでそこの女に道案内させた」
そう言ってルキファスが目線を向けた場所には秘書の女性が立っていた。彼女の表情には意思や感情はなく、ぼんやりと虚ろな目をしているだけであった。
魔眼によって催眠状態にかかってる状態である事をオルグロンはすぐに悟った。
「さて、オルグロンよ。知ってるだろうが俺は勇者によって滅せられ、封印されていた。そして、ほんの数日前にその封印が解かれた。なぜ封印が解かれたかまでは分からんが、ともかくこうして復活した」
──それはあのクソ人間の小娘どもの仕業です──
と、つい言いたくなるのを堪えて頷くオルグロン。
「ははっ! 復活まことにおめでとうございます! 我ら重臣一堂どれほどこの日を待ちわびていた事かっ! 魔王様もすこぶるご快調のようで──」
「そんな下らん世辞などいい。黙って俺の話を聞け」
「もも、申し訳ありません!」
再び額を床にキスさせるオルグロン。
ルキファスは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。
「しかし、問題がある。どうやら俺は自分の想像以上に長く封印されていたようだ。おおよその見当はついているが、今は二千年後の未来という事で間違いないか?」
「は、ははっ! 流石は聡明なる我が支配者! いや、全くもって仰る通り──」
「世辞など無用と言ったろう」
冷たい声にオルグロンは全身に鳥肌を立たせた。
「黙って聞け」
「ははー!」
ルキファスは話を続けた。
「問題はいくつもあるが、今はとにかく情報が欲しい。つまり、我が魔王軍の現状だ。それと人間どもの繁栄ぶり。二千年経った後の勢力図が知りたい。重臣はお前含めて何人生き残ってる? 今は何をしている?」
「は、はっ! え、あ、いや。その······」
と、歯切れが悪くなるオルグロン。
「え、えっと。魔王様。その前に私めからお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
ルキファスの目がスッと針のように細くなる。
「俺の問いよりも大事な質問だろうな?」
「い、いえいえっ! 決してそのようなっ······あっ! いえっ、そう、大事! 重大な事でございます!」
言葉の一つ一つがいつ魔王の逆鱗に触れるかも分からない。オルグロンは正に針の上を歩くような心地であった。
「あ、あのー。魔王様は復活されて何を成されるつもりでありますか?」
「下らん質問だな。分かりきった事だろう」
ルキファスの全身から魔力のオーラが沸き立つ。
「もちろん支配だ。人間どもを今一度恐怖によって震え上がらせ、今度は二度と反抗出来ぬよう徹底的に服従させる」
「······」
分かりきっていた答えであったが、オルグロンは返答に詰まった。
「もっとも、今は俺も力を失っているからな。まずは魔王軍の再建と、我が力の回復を優先するが」
「なるほど······」
たしかに、今のルキファスから感じられる魔力は、オルグロンの知るそれよりも大分弱かった。
かつての全盛期。二千年前のルキファスは正に無敵。何もせずともその全身からほとばしる魔力は側に居るだけで身がすくむような程であった。
──今なら私でも勝てるかもしれない──
そんな考えがオルグロンの脳裏によぎる。
しかし、彼はすぐに否定した。
魔王に逆らってはならない、と。
事実、オルグロンの考える通り、純粋な魔力なら二人はほとんど変わらない程ではあった。
しかし、それでも魔王には他の魔族には無い“何か”があるのだ。
それが何かはオルグロンにも分からない。が、本能が告げる。『逆らってはならない』と。
それに。
オルグロンはこう思った。『もしかしたら、魔王様の考え自体を変えられるかもしれない』と。
それならば、リスクを犯してまで反抗する必要などない、と。
「······」
そう。
実はルキファスはまだ知らない重大な事実があるのだ。
正しくは気づいていない。とでも言うべき事か。
「······ま、魔王様。魔王様のお望みは再びこの世を我が手に収められる事でございますね?」
「当たり前だ。それ以外に興味など無い」
「そうですか······。あのー、その。魔王様」
オルグロンは恐る恐ると魔王を上目遣いで仰いだ。
「その、申し上げにくい事なのですが、実はその件に関する事で重大な事が······」
「何だ」
ルキファスの双眸に怒りの色が僅かに滲んだ。
「貴様のその遠回しな言い回しは俺の神経を逆撫でにする。さっさと言え」
「ひいっ?! わ、分かりました! 結論から申し上げます!」
オルグロンは今にも泣き出しそうな表情のまま、ルキファスに告げた。
「魔王様っ、世界を支配しても······今の人間どもを支配しても何の価値もございません!」
「······なに?」
ルキファスが目を丸くする。
お疲れ様です。次話に続きます。




