43──再会せし下僕
「君達に聞きたい事は山ほどあるが、まず最初に聞かなくてはならん事がある」
その圧のある声に、流石のリヴルも怯えたように肩をすくめた。ラヴィなど、ずっとリヴルにくっつくようにして身を小さく縮めている。
目の前で苛立たしげにあっちへこっちへと歩き回る巨体に対しての恐怖心からだ。
「あの魔王を名乗る青年。彼とはどこで会ったのだ? どんな経緯で出会った?」
「は、はい。え~っと······」
リヴルはしどろもどろに答え始めた。
ビルの上層階。その一角にある小会議室。その部屋にリヴル達姉妹は居る。テーブルと椅子、プロジェクターなどの機器があるのみで、簡素で清潔感ある色彩──もっと言ってしまえば殺風景──の部屋だ。
そこは、少人数の重役同士などが話し合いや企画の発表などを行う場所だ。社員などの従業員との面談や面接を行う時にも使用される。
今その部屋はダイバー二人と代表取締役であるオルグロンの三人が面談に使用している。
リヴルとラヴィが室内に入るや、オルグロンは『登録者が伸びてるようだね』や『デビューして間もないけど不便は無いかい?』のような労いの言葉は一切なく、開口一番『君らには問いたださなければならない事がある』と言って座らせたのだから、姉妹が萎縮するのも無理はなかった。相手の苛立ちは空気でヒシヒシと伝わっている。
「えーっと、彼と出会ったのはあたし達のお祖母ちゃんが住んでるデュコの山中で······」
「デュコ? ネーメラスか。ふむ、あそこに深淵はなかったはず······」
「???」
オルグロンの呟きに戸惑うリヴル。
「ん? ていうか、今の地名どっかで聞いた事あるような······」
「それで!」
オルグロンはさらに苛立たしげに問い詰めた。
「ネーメラス、いやデュコのどこに居たんだ?」
「え、えっと。あの、南西の山村地帯あるじゃないですか。あそこにあたし達のお祖母ちゃん家があって、そこから山に少し入った所に······」
「そこに居たのか?」
「い、いえ。その山の中にダンジョンがあって、その入り口でうろついていたのに出くわしたんです。あたし達はその前にダンジョン配信していて、変な呪文とか紋様みたいなのがある神殿みたいなダンジョンと、変な剣を見つけて······」
「何だと?!」
オルグロンが慌てたようにタブレットを取り出す。
「君らのチャンネル名はラブリブチャンネルだったな?」
「は、はい」
ユークリを開いてすぐに姉妹のチャンネルを開くオルグロン。そして、アーカイブを開く。
「どの動画がその時のだ?」
「えっと、これです」
示された動画を再生し、画面に食い入るようにして穴が空くほど視聴するオルグロン。
下部バーを送っていき、ダンジョン内部の廊下などを見ていく。
そこに映し出されている文様の意味などを知るオルグロンの顔はみるみる青ざめていった。間違いなく、賢者や聖女が施したであろう最高の術式や魔方陣の類いなのだ。
「ま、まさか······」
オルグロンの中に小さくあった希望が音を立てて崩れ始める······。
『もしかしたら、ルキファスコスプレの別人かもー』
なんていう、現実逃避じみた彼の願望が、ロジックによって崩壊を始めたのだ。
昨日。
ユークリに上げられた動画を見たオルグロンは、二千年ぶりにルキファスの姿を見て思わず失神した。
しかし、意識を戻してからオルグロンは冷静になって考えた。
(本物ではなく、勝手に名乗ってるイカれた人間ではないか?)
確かに顔はルキファスそのものであったが、復活したてのせいで痩せて色白になり、髪が伸びまくり、なおかつ現代人の服を着ている様は大分イメージが変わっていたのだ。
(そ、そうだ。そうに違いない)
第一、なぜ復活した魔王が世界征服を始めずに小娘どもの配信になど出ているのだ。そんなのおかしい。
オルグロンは願望を多分に含めた自己完結的結論を出して納得した───
という訳にもいかず、いても立ってもいられなくなった彼はリヴル達を呼びつけて詳細を聞く事にしたのであった。
そして、その結果。今。
ついにオルグロンは決定的なシーンを見る事となった。
『えっ?! 何コレ?』
『け、剣?かな······』
『あ、あれ? この剣、錆びてない······』
そして──
『あ』
『あっ』
『──ジャキインッ──』
動画の中で、聖なる光を小さく瞬かせ、台座から抜けて床に転がった剣。
──ドタッ──
「わ、わあっ?!」
「ど、どうしたんですか?!」
その聖剣が抜け落ちたのと同時に、オルグロンの体も床に倒れた。
「な、なんて事を······こ、このぉ······」
次の瞬間、オルグロンは鬼の形相となって、室内を破裂させるような大音声で怒鳴った。
「この愚か者どもおおおおお! 何て事をしでかしたのだああああ! 今すぐ出ていけええええ!」
リヴルとラヴィは弾かれるようにピューッと部屋から出ていった。
「はぁ、はぁ、はぁ······」
(な、何て事だ、な、なんという······で、では、やはりあの魔王様は······)
本物。オルグロンはそう確信した。
と、なれば。彼のやるべき事は一つ。
(は、早く逃げなくては!)
我に返ったオルグロンは慌てて部屋から出て、小走りにエレベーターへと向かった。
(なんという事だ。あれほど、あれほど、あれほどっ! 聖剣を見つけたら触らずにそのままにしてすぐ報告するようにと通達しておいたと言うのに!)
オルグロンの傘下にあるダイバー事務所の所属ダイバーは、例外なくある業務命令を受けている。
それは『ダンジョン、あるいはそれに類似した遺跡において剣、もしくは剣に近い形状をした遺物を発見した場合は、現状維持のまま直ちに所属事務所へ連絡する事』という物だ。
もちろん、リヴルにもこの連絡がlaneによって送られていたが──彼女はロクに読まずに『あっははは! 伝説の聖剣とかかなあ!』と笑い、すっかり忘れていた。
エレベーターに乗り込んだオルグロンは自分の事務室のある階のボタンを押した。
(と、ともかく。重要書類の類いを持ち出し、家に戻って、そ、そうだ、引っ越し業者の手配をしなくては! 魔王様が見向きもしないような僻地へと移住してっ······)
──ピンポーン──
大股でズンズンと廊下を歩いて自身の執務室へと向かうオルグロン。彼の頭の中は魔王への恐怖でいっぱいであった。
(せっかくここまで平穏で贅沢な暮らしを手に入れたのだ。また、あの奴隷のような日々に戻るのだけはっ······)
オルグロンは執務室のドアを開けた。
もし、彼がもっと冷静でいたら。あるいは魔族としての感覚が鈍っていなければ。
室内にて待つ禍々しい魔力に気づけたかもしれなかったが······。
「はぁ、はぁ、はぁ。ふぅー。とにかく、早く荷造りせねば──」
「ほう、やはり魔族か」
「──へ?」
その瞬間。オルグロンはピタリと固まった。
身体の芯から凍りついたような感覚。
彼は、操り人形のような動きで声のした方を見た。
「ずいぶん図体がでかい奴だが······俺のしもべにこんな奴は居たか?」
「······ま、ま、ま··················」
オルグロンは喉から心臓がせり上がるような顔で叫んだ。
「魔王様?!!!」
お疲れ様です。次話に続きます。




