42──懐かしき気配
駅のホームに降りた瞬間から、流石のルキファスも驚きを隠せずにいた。
「これは······」
それは人混みなどという言葉では生易しいとすら思えるほどの人間の波であった。
電車から降りる人間、そして入れ替わりに入っていく人間。
さながら、機械の怪物が呼吸しているようであった。人間という循環物を吸っては吐いて、吸っては吐き······そんなカオスな息遣いが行われているかのようであった。
流石の魔王ルキファスも、これほどの人の行き交いはほとんど見た事はなかった。あったとしても、それは軍勢が押し寄せてくる時くらい。日常という一枚絵の中で混ざり合う人間の群れは見た事がなかった。
そんな混迷の中を小娘二人に手を引かれて歩く魔王の姿も、また誰も見た事がない光景であった。
駅から出て、都会の入り口に立つ魔王。降り立った途端に巨大な建造物達が一斉に見下ろしてくる。
「さ、タクシー乗るわよ~。おっ、ちょうど良いとこにっ」
広い道路の向こうから、派手な黄色い車が走って来て、リヴル達の近くに止まった。車体の屋根には小さな表示版が付いており『空いてます』という文字がピコンっと浮かんだ。
「ささ、乗りましょ乗りましょ」
その車に近づくと、後ろのドアが独りでにゆっくりと開いた。リヴルが先に乗り込み、ラヴィが続く。
「ルキファスさんは前の席ねー」
と、リヴルが言うと、前のドアがゆっくりと開いた。ルキファスは珍しそうにドアを触って首を傾げた。
「この馬は変わった体をしているな。陶磁器か何かで出来てるのか?」
「馬じゃなくて車。タクシー。前に乗ったバスみたいなもんよ。ちなみに、これは最先端のA.I.タクシ~」
運転席は無人となっており、代わりにシートの上には花瓶のような機械が設置されていた。
『ご利用ありがとうございます。座席に着き、シートベルトを装着してください』
機械から発せられた優しげな声にルキファスが驚く。
「ほう。今のはこいつが喋ったのか? 未来の世界にも妖精のような小人が居たとは。しかし、こいつは何故こんな塔のような鎧を着ているのだ?」
「それは妖精じゃなくてA.I.! 人工知能! ロボットさんよ。ほら、早く乗ってよルキファスさん」
まだ珍しげにドアや車内の内装を見回していたルキファスであったが、とりあえず中へと入って助手席に座った。
『三名の乗車を確認いたしました。この人数で出発して構いませんか?』
「はーい。オッケーです」
『了解いたしました。それでは、料金設定をご確認の上、目的地を設定してください』
ドアがゆっくりと閉められ、鍵がかかる。
しげしげと機械を眺めるルキファスを余所に、リヴルはフロントガラスを見つめた。
そこは一時的なスクリーンとなり、料金表が表示されていた。
前と後ろの座席の間にあるタッチパネルにマイホを近づけるリヴル。ピッという音と共にスクリーンに目的地までのルートと料金が表示された。
「えーっと、目的地まで大体1000エイスね。やっぱA.I.タクシーは安めね~」
マイホをタンっとタップすると、フロントガラスのスクリーンが消え、A.I.の声がした。
『目的地の設定を確認いたしました。全てのシートベルトの装着を確認。出発いたします。目的地まで時間もありますので、どうぞごゆっくりお休みください』
後方の安全を確認してからソロソロと発進するタクシー。静かな滑り出しはそのままスムーズな運転へと進化していった。
「ふむ。馬も無い。それに御者も居ない。こんな馬車があるとはな」
「確かに運転手の居ない車は凄いわよねー。あたしも二、三回くらいしか乗った事ないけど、近未来~って感じよね」
タクシーからも、やはり窓の外の景色を眺めるルキファス。洗練されつつも、混沌に喘ぐ大都会の中は奇妙な世界その物であった。
「これが未来の人間界、か」
魔王はポツリと呟いた。
20分かそのくらいして、タクシーは目的地に止まった。
『目的地に到着いたしました。またのご利用をお待ちしております。お忘れ物なきようお気をつけ下さい。では、良い一日を』
タクシーから降りる三人。そこはとあるビルの目の前であった。
見上げて感嘆の声を上げるリヴル。
「ひょえ~。凄いビル。200ランスあるんだっけ?」
「うん。そうらしいよ」
「いや~、こんなビルにオフィスを構える会社の持つチームの一員とはね。あたしらもなかなかの大物じゃない」
「別に私達が凄い訳ではないけど······」
「なーに言ってんの! 今アレグリアで一番勢いのあるチャンネルのダイバー姉妹なのよ? ここは大股で歩いて堂々行くわよ!」
「大手を振ってだし、天狗にならないのっ」
三人でビルの入り口へ向かうと、守衛が声を掛けてきた。
「カードの提示をお願いします」
「あ、いえ。あたし達はここの人間では無いです。けど、ここにあるリ・バースフィアプロダクションに用があって来ました」
リヴルがマイホを取り出し、招待コードの画像を出すと、守衛が小さなスキャナーにかけた。
「はい、確かに。どうぞ」
「どもー」
「失礼します」
異様な雰囲気のルキファスはジロジロと見られたが、三人は何事もなく中へと入れた。
エントランスはリヴル達の住んでいるプロロル町駅の改札口よりも広いほとで、高級なスーツなどに身を包んだ人間が闊歩していた。
「うわぁ。大人の世界って感じ」
「私達、浮いてるね」
ポップでカジュアルな二人の私服は少し目立った。が、それよりも。
「······ほう、この砦は巨大だな。なるほど、貴様ら姉妹の家とは比べ物にならん」
「当たり前でしょうがっ」
物珍しそうに辺りを見回す魔王の方がさらに目立っていた。その纏う雰囲気もそうだが、美麗でありながらも殺伐とした野性味のある容姿は特に女性の目を引いていた。
「じゃ、ルキファスさん。あたし達はお仕事済ませてきちゃうか、ルキファスさんはその辺りのソファで休んでてよ」
「あ、あの。出来れば動かず、無言のまま待っててくださいね」
姉妹は受付カウンターの方へ行き、そのままエレベーターへと消えていった。
姉妹を見送った後、ルキファスは辺りをゆっくりと見回した。
(流石に未来の建築物なだけはある。これほど巨大で精巧な物を建てるだけでも信じられんが、内装までもが洗練されている)
人間その物を見下している魔王にとっても、これ程の技術は感嘆に値した。
「ん?」
と、そこで。
ルキファスはある事に気がついた。
(この気配は······)
魔王の感覚に馴染んだ独特な気配。それは、長い間忘れていた懐かしき記憶でもあった。
そう、人間から感じるのとは全く異なる魔力の気配を察知したのだ。
「これは、魔族の魔力······」
ルキファスは辺りを見回した。魔王であれば、例え変身していたとしても一目見ただけで同族かどうか見分けられるが、周囲に該当する者は見当たらなかった。
しかし、その感覚は同族が存在する事を確信させるものであった。それも、近くに。
「······上か」
ルキファスはゆっくりと天井を見上げ、次いで近くを通りかかった女性に目をつけた。
奇しくも、その女性はリ・バースフィアプロダクションで社長秘書をしている人物であった······。
お疲れ様です。次話に続きます。




