41──首都リンテーラ
「あ、忘れてた」
と、声を上げたリヴル。ルキファスがチラリと見やる。
「どうした突然に」
「うん。あたし達の所属するアレグリアってさ、けっこう色々とあれこれ報告しなくちゃいけないんだ。それで、その定期報告の連絡入れんの忘れてたわ」
床の上をコロコロと転がり、テーブルの上のマイホを求めて手を這わせる。
「あれ、ない。ねえ、ラヴィ。マイホ取ってー」
キッチンに立って夕飯の支度をしていたラヴィが怒った声を返す。
「そんくらい自分で取りなさい! 私はご飯作ってるの!」
「ケチー」
かったるそうに起き上がってマイホを発見するリヴル。
「ふいー。このくらいの事もやってくれないとは。怠け者の妹を持つ姉は大変だわ」
「まったくっ、どの口が言うんだろうっ、どの口がっ······」
呪詛のごとく聞こえてくるラヴィの悪態には構わずにリヴルはマイホを天井に掲げるように操作し始めた。
「えっとー、事務所用のlaneで、と。あー、ルキファスさんの事は何て書けばいいんだろう? 新メンバーって事にすればいいんだけど······」
事務所への報告に関して迷ったリヴルであったが、夕飯前のやる気が出ない時間帯だからか
「いっか、適当で」
と、無責任な方針を決定した。
「えーっと、ルキファスさんは名前はそのまんまにしておいて、問題は住所ね。んー、あたし達の親戚って事にでもしとこ。で、今はここにホームステイ。うん、これで住所の記述もパスね。で、えーっと、送信っと」
とりあえずのデータを送れば、後日に事務所から書類が届くのだ。それを書いて正式にアレグリアに所属となる。
「小娘。何をしてるのだ?」
「んー? ルキファスさんの登録手続き。ほら、これからあたし達のチャンネルで配信するんだから、何時までもゲストって訳にはいかないからさ。だからアレグリアに正式に所属しとかないとね」
「所属? この俺がか?」
魔王は面食らったように言った。
「この俺が人間どもの支配下に置かれるという事か?」
「いや、別にそういう事じゃないけど。ただ単に事務処理とかに必要な事ってだけよ」
ルキファスは何か考え込んでいたが、興味を無くしたようにテレビへと視線を戻した。
「これでOKね。さーて、もう一度チャンネル見に行こうっと。また増えてるかもしんないしね。うっふふっ!」
──ピロン──
「ん?」
と、自身の動画チャンネルへアクセスしようとした時だ。laneに連絡が入った事を告げる着信音がした。
「あれ、もう返事が?」
それは所属しているアレグリアからの連絡であった。
「何だろう? ん?」
マイホを見ていたリヴルはキョトンとした顔になった。
「明日すぐに本社へ来い?」
翌朝。
「ねー、ルキファスさんも行こうよ~」
「何故だ」
外出の準備を済ませた姉妹が玄関先に立ち、魔王を誘っていた。
「だってさ、せっかくなんだから皆で出掛けようよ」
「興味ない。貴様らだけで行くがいい」
「むむっ。実は防犯上の面でも心配だから連れ出したいというあたしの思惑が······」
「口に出しちゃダメだよお姉ちゃん······」
昨日。リヴルの元に所属事務所のアレグリアから業務連絡が入った。アレグリア含む複数の事務所を保有する親会社リ・バースフィアプロダクションのオフィスへ行けとの指示であった。
かつてはアレグリア含む複数のダイバー事務所があったが、それらが買収されリ・バースフィアプロダクションの傘下になっているのだ。今では百人以上のダイバーを保有する会社となっている。
そんな会社から直々に“面談”の要請があったのだ。
「ねー、ルキファスさん。外に出たくないの?」
「なぜ俺が外に出なくてはならんのだ。お前の言う撮れ高やら配信やらのある外出ではないのだろう? ならば俺が同行する理由は無い」
「可愛い姉妹が誘ってあげてるんだよー。もっとよだれ垂らしながら二の返事で来てもいいんだよ?」
「興味無い」
「はいNG! あたし達の魅力を否定する言葉は禁止です!」
そのあまりにも合理性の無い言い分は魔王をも困惑させるほとであった。
「あっ、そうだ。リ・バース、バーズビア······何とかプロダクションはリンテーラにあるの。首都だよっ、首都~。凄い楽しいよ~?」
「首都?」
ルキファスが振り返る。
「リンテーラ? ガルムヘルドの事か?」
「だから~、そのガラムマサラとかいうのじゃないってー。とにかく大都会だよ大都会。楽しいし、美味しい物も沢山だよ~」
「ふむ······」
かつてのガルムヘルドへ行くと分かると、少しばかりの興味も湧く魔王。
「なるほど。首都となれば人間どもの小賢しい叡知とやらの結集した地だろう。そこの様子を見るというのも悪くはないな」
「でしょー?」
「お、お姉ちゃん。大丈夫かな?」
「何が?」
「だって、ルキファスさん来てもオフィスには入れないんじゃ······」
「あー。まあロビーでくらいなら待たせて貰えるでしょ」
「いつも本当に適当なんだから······」
多少の問題や不安こそあったものの、ルキファスも首都リンテーラへと同行する事となった。
何度か利用している駅に向かい、電車に乗る。
魔王は相変わらず窓の外ばかり見ていたが、流石に見慣れてきたのか興味は薄いようであった。
「リンテーラはこのまま終点まで乗れば着くわ。本当ならそこで乗り換えてもう一本電車に乗った方が良いんだけど······今日は特別、タクシーで行っちゃおう!」
「えっ、タクシーで? いいの? お姉ちゃん」
「登録者も増えたしね~。これからは収益もガッポガッポよー。まあ、それに」
リヴルは横のルキファスには気取られないように小声でこう言った。
「駅を下りたり変えたりしてるとルキファスさん迷子になりそうだし」
「それはあるかも」
三人を乗せた電車はしばらくゆっくりと揺れて目的地へと向かった。
40分ほどした頃だろうか。
窓の外に見える光景が段々と様変わりしてきた。
「ほう。建物が変化してきたな」
その変化にルキファスが真っ先に気がつく。リヴルとラヴィも外に目を向けて頷いた。
「そ。ここが首都リンテーラよ」
「人口三百万の大都会です」
太陽の光を受けて輝くビル群。あちこちに張り巡らされた道路。天をも貫くようなタワー。町のあらゆる面に散りばめられたような電子掲示板。
それは“町”という言葉はむしろ相応しくない、もっと無機質で機械的。電子機器の部品の迷路とでも表現した方があるいは趣があるかもしれない。
人が主役の、人が住むための“町”ではない。人の作った“物”の結晶地。それが都市であった。
それはルキファスが今まで見てきた光景とはまた別世界であった。
「なるほど。見た事もないような物で溢れかえってるようだな」
「ね、都会は凄いでしょー。あたし達ももっと一流ダイバーになったらここに住むの」
「家賃が別次元に高いから、当分は無理だと思うけどね」
「······」
ルキファスはその目まぐるしい街並みを眺め、どこか妙な気分になっている自分に気が付いた。
恐れている訳ではない。人間の技術に驚いてはいるが、気後れしてる訳ではない。
ただ。
何故か彼の脳裏にはかつての素朴な古代の町並みの姿と、そこを行き交う人間らの姿がいやに穏やかに思い起こされていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




