40──平穏の終わり
「今日もガルムヘルドは輝いておるな」
高層ビルの一室。その窓から見えるビル街。高度に繁栄した都市の景色を肴に、ワイン(魔族専用の劇薬)をゆっくり味わうロン社長ことオルグロン。
「ふうー。こんな平和な日々が何時までも続くといいなー」
──コンコンコン──
と、そこへ。ノックの音がした。
「入りたまえ」
「失礼します」
入ってきたのは秘書。定時報告の時間だ。
「おはようございます社長。定時報告に参りました」
「うむ」
そのまま窓の外の景色を眺めながら報告を受けるオルグロン。
「まず、例の聖剣ですが──」
神話に語り継がれる聖剣。それの所在から始まり、聖剣や魔王に関する歴史的研究などの最新の論文。書籍の情報など。
魔王ルキファス回りに関するあらゆる文献、資料など。それらを詳細にリサーチした情報。
何度となく受ける報告にオルグロンは半ば上の空で聞いていた。
(やはり、手がかりは無し、か)
もう魔王は完全に消滅したのではないだろうか。封印の地とかいうのも決して人類が到達出来ない場所に作られたのではないだろうか。
そんな予想。それはオルグロンの願望でもあった。
約二千年前。
魔王亡き後、魔王軍の大半は敵討ち、もしくは魔王の亡骸奪還のために戦闘を継続させた。
しかし、魔王ルキファスが破れる直前の時点で既に魔王軍は劣勢であり、抵抗は長くは続かなかった。残党軍は次々に蹴散らされ、各地に蔓延っていた勢力は殲滅されていった。
残った僅かな魔族達は正面から人間と戦っても勝ち目が無い事を悟り、解散した。事実上の敗北である。
しかし、まだ野心が消えた訳ではなかった。彼らは折を見て魔王を復活させる事を目論んでいた。
魔族にとって、魔王とは単なる支配者ではなく、自分達の頂点に立つ最強の戦士でもある。その魔王を復活させる事が勝利の大前提であると考えた。
諦めて下野したと見せかけて、秘かに封印の地を探しだして魔王ルキファスを復活させる······そして魔王軍を再建して再び人間どもを支配して世界を我が物にする。
魔族達はそんな野望を抱えたまま、辺境の深淵に閉じ籠ったり人間に化けたりして身を隠した。
さて。
そんな中、オルグロンはと言うと、他の魔族と同じように魔王封印の地を探しながらも潜伏する事となった。
ただ、彼が封印の地を探す理由は他の者とは違い、誰よりも先に見つけ出して二度と手出ししないようにするためであったが。
だが、いくら探そうとも結局封印の地は見つからず、やがて『大厄災』と呼ばれる自然災害が世界を襲った。惑星規模の災害である。
この災害は世界中の生きとし生きるものに甚大な被害をもたらした。しかも、皮肉な事にその原因は魔王ルキファスが死んだ事によって起こったと言っても過言ではなかった。魔族が弱体化した事により、、世界の均衡を保っていた魔力のバランスが崩壊してしまったのだ。
人間は生き延びるために同族で争い、魔族はもはや魔王復活や人間との戦いどころではなくなった。
そして、しばらく混乱と衰退の時代が続き······現代に至るという訳だ。
もう魔王を復活させようという魔族も居なくなった。そもそもどうしても見つからないのだ。唯一の手がかりは『魔王のその命を絶った勇者の聖剣が、彼の魂を封じている』という噂に近い情報のみ。それだけでは探しようもない。
人々からも、魔王ルキファスは実在したという記憶は忘れ去られていき、“荒唐無稽な神話”の中の登場人物としてのみその名は生き続けた。
そんな魔王が今さら復活するはずなどない。ある訳がない。オルグロンの願望に近い結論であった。
それでも、不安は正直なもので、今もこうして魔王ルキファスの痕跡を探しているのだ。『魔王は絶対に復活しない』という確信を得られない限り、彼はおちおち眠る事もままならない。
「──以上で聖剣探索の報告は以上となります」
「そうか。わかった」
今日も変わらない報告。やはり聖剣は見つからない。
(もう封印の地自体消滅したのではないか?)
そもそも魔王が封印されたという話自体デマだったのかもしれない。人間側が魔族を誘き寄せるために張った罠だという可能性も十分あり得る。
仮に、本当に封印されていたとしても、果たして聖剣で本当に封印したのかも分からないのだ。何もかも作り話。そんな可能性もある。きっとそうだ。そうに違いない。
オルグロンはそうやって自分に言い聞かせて無理矢理に安心を飲み込むのだ。
「続いて我が社のダイバー関連の報告です」
ダイバー活動の成果も重要だ。彼らの活動の中に何か魔王封印のヒントになる事もあるかもしれない。日夜ダンジョンに挑む人間達なら金もかからずに勝手に調査してくれるから。
それに、オルグロンは一応経営者なのだ。純粋に利益に繋がる実績は気になるところだ。
「最近、急に伸びているチャンネルが存在します。この週の間に登録者人数が8000人から3万人に増えました」
「ほう、それはバズというやつか? ふむ。結構な事だ。どこの事務所だ?」
「アレグリアですね。チャンネル名はラブリブチャンネル。双子の現役女子学生姉妹によるチャンネルです」
「ふうん。そんな二人居たかな」
抱えている事務所は四つ。所属ダイバーは百人近くになるのだ。下の方の新人など知らなくても当然であった。
だが、たった数日で3倍近い伸びをだしたのは興味深い事であった。
「どんな活動をしている二人だ?」
「はい。ゲーム実況や雑談、新商品のレビューにダンジョン探索生配信などです」
「そうか」
特筆すべき事はない。よくある活動内容だ。
「あ、でも。どうやら新しく入った三人目のメンバーが話題になってるようです」
「三人目?」
オルグロンはゆっくりグラスを傾けた。
「新メンバーか」
「ええ。まだこちらには申請が来ていませんが。後で連絡しておきます」
今日も窓の外は輝かしく栄えてる。それを見下ろすワインの味は格別だ。
オルグロンは美味を口に軽く含みながらなんとなしに尋ねた。
「その三人目とは何をして話題になったのだ?」
「はい。なかなか独特で面白いですよ」
グラスが傾けられる。オルグロンの口にワインが流れ込む。秘書が述べる。
「若い男性だそうですが、自身の事を神話の魔王ルキファスと名乗ってるようです」
「ブッフウウゥゥッ!!」
「きゃあっ!?」
口に含んでいた物を全て盛大に吹き出すオルグロン。窓にどす黒い液体がかかる。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ?!」
「しゃ、社長? 大丈夫ですか?」
慌てて駆け寄る秘書を手で制しすオルグロン。
「ゴホッ、ま、待て。その男は冗談で言ってるのか?」
「はあ。まあ、冗談でしょう。普通に考えて」
だって魔王なんか神話の創作物じゃないですか。と言う秘書。
しかし、当然オルグロンはそれで終わらない。
「そ、その男は赤い髪か? 見た目は二十代半ばほどか? 全身から凄まじい魔のオーラを出してるか?」
「お、オーラ? オーラは分かりませんが······」
秘書は持っているタブレットを操作して、画面をオルグロンへと見せた。
「この人物のようですよ」
そこにはラブリブチャンネルのアーカイブの映像が映っていた。
──ガシャン、ドタッ──
「しゃ、社長ー?!」
その映像を見た途端、オルグロンは泡を吹いて卒倒してしまった。
床では、粉々になったグラスの破片がキラキラと光っていた。
お疲れ様です。次話に続きます。




