39──姉妹の不安
「うーん······」
「むむ······」
姉妹邸。
帰ってきてからの二人はずっと考え込んで唸ったりしていた。
そう。今、悩める姉妹には見向きもせずに、テレビを興味深く眺めているルキファスについて悩んでいたのだ。
『オーノーッ! キャアアアアッ!』
『ブシャアアッ』
「ほう、ククク。人間のくせにしては良い殺し方をするではないか。いいぞ、もっとやるがいい」
たまたま放送していたスプラッタホラー映画を愉悦に浸って鑑賞するルキファス。その横顔は残忍に、そして心底愉快そうで、激辛ラーメンをゆっくり味わいながら舌なめずりしていた。
そんなルキファスを少し離れたテーブルから観察する姉妹。二人はルキファスに聞こえないように、くっついてヒソヒソと会話した。
「ねえ、あたしさ。ルキファスさんって実はちょっとヤバい人のような気がしてきたんだけど」
「ちょっとどころじゃないと思うよ······」
ラヴィは横目で常にルキファスを警戒しながら言った。
「初めて会った時から危ない人だとは思ってたけど、今は危ないっていうより、こう、普通じゃないっていうか······ともかく、なんかただの記憶喪失不審者お兄さんじゃないような気がしてきたよ」
「そうねぇ······」
「ねえ、お姉ちゃんはどう思う?」
「どうって、何が?」
「いや、だからさ······」
ラヴィは戸惑うようにチラチラとルキファスを伺っていたが、さらに声のトーンを落として言った。
「あのさ、本当に、本当に馬鹿な事言うようだけどさ。その、ね? もしかして、万が一、億が一の話なんだけどさ······ルキファスさんって、本物の魔王······だったりするんじゃないかって少しだけ思ったり、思わなかったり······」
あまりにも歯切れの悪い言い方であったが、それも無理はない。魔法の力や非科学的な力の大半が失われた現代では、“魔王”などという存在は完全に空想。ファンタジーでしかない。
それを『もしかしたら······』と言うだけでも憚られるのである。
しかし、この数日間共に行動しただけで、ルキファスからは何か普通でないものをリヴルとラヴィ姉妹は薄々と感じ始めていた。
言動などはもちろんであるが、そもそもルキファスが寝ているところや疲れているところを二人は見た事がない。あるいはカップ麺を一度に10個と菓子パンを何個も食べておきながら全く苦しむ様子も見せないなど、その生理的な面でも少し普通ではないのだ。
そこへ来て、ダンジョンでの二回立て続けに起こった予期せぬ発見。
偶然。と、一言で片付けるには不気味なものがあった。
ラヴィの中では漠然とした不安が膨らみ始めていたのである。もし、もし本当に。このルキファスという謎の人物が──いや、もはや人物ではなく、人外で、しかも魔王であったなら──
間違いなく今この姉妹の家は今世界で最も危険な場所になっているだろう。
「魔王ねえ······」
妹の言葉を反芻するようにポツリと呟くリヴル。何時もとは違い、どこか上の空でぼんやりとしていた。
そして、テーブルの真ん中に置かれた大きな赤黒い塊を触った。あのツフォールダンジョンでルキファスが渡してきた骨の一部である。
「あのダンジョンに行った他のダイバーが骨調べたら本当に宝石だったんだよねえ。てことは、これもマジのルビーな訳?」
「あの場に居た人達の分は全部没収されたって言ってたよね······。私達のは警察に届けなくていいのかな」
「ま、いいんじゃない? 名目としては『傷害事件の証拠品』って事で取り上げられてたみたいだし」
目の前にとんでもない大きさのルビーの塊と思わしき物体があるにも関わらず、二人はあまり元気がなかった。目の前の宝よりも、もっと気にかかる事があるからだ。
「ど、どうする? もし、ルキファスさんが本当に魔王だったら、宝と引き換えに魂寄越せとか言ってきたり······」
「それは無いんじゃない? まあ、引き換えにカップ麺は買わされたけど」
そう言いながら、リヴルはルキファスの方を見た。テレビの画面が血で真っ赤になると、彼の愉快そうな笑い声のボリュームも上がった。
「もし、本当の本当に本物の魔王だったら、か」
「ど、どうしよう。私達、時が来たら生け贄とかにされてこ、殺されるんじゃ······」
「んー······」
リヴルはルキファスの方をもう一度様子見てみた。当の本人は、いよいよ過激さを増してきたスプラッターシーンで感嘆の声を上げながら楽しんでいた。
「クハハハッ! いいぞ、人間。貴様は人間にしてはそこそこ見所もある。褒めてやろう」
「············ま、大丈夫じゃない?」
「えっ!?」
姉から返ってきた答えはあまりにも軽い言葉であった。
ラヴィが取り乱すように、リヴルの肩を掴んで揺する。
「だ、大丈夫って、本気で言ってんの?! だって、魔王だよ、魔王!」
「落ち着いてラヴィ。言いたい事は分かるけどさ、現実的に考えて魔王なんて居る訳ないでしょ」
「そ、それは、そうかもしんない、けど······けどっ、あり得なくはないでしょ?」
「二千年もの間、生きられる生物なんて居ると思う? 木とかなら話は別だけど、あたし達みたいな動物でさ」
「う。ま、まあ確かに······」
「何より、もし本物の魔王だったら、こんな所でのんびり配信活動なんか手伝わないわよ。そんな事よりさっさと人間滅ぼしに行くか、支配するかでしょ? あたし達なんて真っ先に殺されてたはずよ」
「そ、それは······確かにそうかも······」
極めて冷静な姉の言葉にラヴィが面食らう。何時もの姉妹の発言のベクトルが完全に逆転していた。
「まあ、それに」
と、ここでリヴルは初めて何時もの豊かな笑みを見せた。
「本物だったらだったでラッキーじゃん。あたし達、もはや世界征服を半分くらい果たしたも同然じゃない」
「そういう問題じゃないよ······けど、まあ······」
諭されて冷静になったのか、ラヴィも落ち着きを取り戻して、もう一度、悩みの種である当人の方を伺った。
本人は実に愉快そうに高笑いを上げて、激辛スープをワインのように飲み干していた。
「······確かに。どこの世界にホラー映画見ながら激辛ラーメンを食べる魔王が居るのって話だよね」
「そっ。まあ、そんな魔王が居るならそれはそれで面白いけどね」
リヴルはそう言ってから、ラヴィのほっぺをつむつむと突ついた。
「ふふふ。ラヴィちゃんは怖くなっちゃったのかなー?」
「も、もうっ! やめてよっ」
「あたしにも少しはそういう畏怖の念があれば可愛いんだけどねえ。ま、世話の焼ける妹よ。おっほっほっほ」
「~~! いつも世話してるのは私なのに~!」
ラヴィは仕返しに姉の腹をつついた。
「ほらっ、だらけてるから少し増えたんじゃないの?」
「んなっ、な訳ないでしょ?! それに、そのネタは禁止カード!」
「そう思うなら少しは家事の負担を増やしてよ!」
「しょうがないじゃんっ、チャンネル運営とかで忙しいんだから!」
先ほどまで静まり返っていたのに、途端に騒ぎ始めて暴れだした姉妹を、魔王は不思議そうに見た。
「相変わらず、変な奴らだ」
二人を変わった人間の姉妹だな、と思う魔王であった。
お疲れ様です。次話に続きます。




