38──トレジャーパニック
「あー、疲れたー······」
帰りの電車の中、リヴルとラヴィの二人はぐったりとしたようにシートに座り込んでいた。
「そんなに長く潜り込んでた訳じゃないのに······」
「あんな危機感あるダイブ配信は久しぶりだったからね······」
体力というより、思わぬアクシデントからの気疲れに近い疲労によってぐったりとする姉妹を、ルキファスは奇妙な目で見ていた。
あの後。
三人はダンジョンから出た後、結局そのまま配信を終了して帰る事にしたのだ。落盤の危険性を危惧したリヴルの安全面を最優先しての判断であった。
「ふぅ~。視聴者の皆にも心配かけちゃったからな~。これは反省ね。次からは気をつけないと」
「うん。明るく、楽しく、平和に、が私達の配信のモットーだもんね」
立ったままのルキファスをリヴルが見上げて尋ねる。
「ルキファスさんは怪我とか無い?」
「ある訳無いだろう。何で負傷などするのだ」
「だって崩落の時に間近に居たじゃん。よく慌てなかったわねー。魔王キャラ守るためにとは言え体張りすぎじゃない?」
ルキファスは何とも言えない妙な表情をしたまま、何も言わなかった。
「それにしても······」
リヴルは思い出したようにポーチを開けて、中から拳大ほどの赤みを帯びた塊を取り出した。クランベリーのような色合いをしたそれは、確かな重量感を与えてくる。
「これ、何だろう? 石にしては形が変だし、かと言って骨とかではなくて石っぽいし」
「さっきルキファスさんはルビーだって言ったけど······」
「まっさかー。こんな大きなルビー見た事ないわよ」
カラカラっと笑ってルキファスを見上げるリヴル。
「でも、あの変な頭蓋骨はヤバかったわね。冷静になって考えてみると、あれは大バズの予感のする発見だわ。さっきはテンパってついつい逃げてきちゃったけど、また明日に行ってみるのも良いかも」
「えーっ、また~?」
露骨に嫌がるラヴィに姉がガハハッと笑ってみせる。
「心配ない、心配ないっ。今度はもっと安全に気をつけて行くから! ね、ルキファスさん」
「なら今から戻ればいいだろう」
「んー。今日はいいや。明日にしよ、明日に。骨は逃げたりしないからねー」
そうして家に戻り、昼食を摂り、次の配信の計画を立てて夕飯を楽しみ、また配信の企画を立てて姉妹の一日は慌ただしくも平和に終わった。
ところが──
「な、な、何よこれえ?!」
翌朝。何時ものように朝食を楽しんでいたリヴルが突然大声を上げた。
またもや椅子から転げ落ちたラヴィがムスッとした顔で這い上がる。
「だからさ~。いきなり大声出さないでよ!」
「そんな事より! 大変よラヴィ! ちょっとこれ見てよ!」
ズイっとマイホを突き付けてくるリヴル。ラヴィは苦い顔のままそれに応じた。
「またバズったの?」
「似たようなもんだけど、違うの!」
「んー? えっ!?」
画面を見たラヴィも声を裏返した。
「ツフォールダンジョンにダイバー殺到?! それだけじゃなくて何人も大挙して押し寄せてる?! 警察出動?!」
ユークリのダンジョンタグが付いた今日の投稿は、昨日赴いたツフォールダンジョン関係の情報によって埋め尽くされていた。ショート動画を始め、今現在のライブ配信まで流されている。
愕然としてそれらの情報を見続ける姉妹。
横ではルキファスが涼しい顔でラーメンをすすっていた。
「うむ。美味い」
朝の驚愕からおよそ一時間足らず。三人は昨日のツフォールダンジョン渓谷前に来ていた。が──
「うわぁ······」
「押さないで! 押さないで! ここは立ち入り禁止になりました! 皆さん帰って下さい!」
「警察の指示に従ってくださいっ! ここから先は封鎖されました! 入らないでくださいっ!」
「何で入れないのか説明しろよー!」
「警察は義務を果たせ!」
「こんな時だけ早く動くな税金泥棒!」
「いきなり禁止だなんて聞いてないぞー!」
現地は警察と、どこから来たのか分からない大勢の人間でごった返していた。渓谷への入り口には何台ものパトカーが止まり、一帯にトラテープの規制線が張られていた。
その境目で警察と民衆が押し合ってるのだ。
「ま、まさかこんな事になっていたなんて······」
リヴルとラヴィは顔を見合せ、今朝見た情報を思い出していた。
昨日のツフォールダンジョン配信。ルキファスが発見した謎の骨は視聴者達の間で大きな話題となっていた。
特に、ルキファスが『ルビーだ』といった石などは『本物だったらすげえよな』という半信半疑でありながらも、多くの人間の興味を引いた。
そんな中、たまたまリヴル達の配信を見ていた同業者が居た。所属事務所が違い、登録者数もかなり上の人物で、主にダンジョン内でのトレジャーハントを中心に配信活動している。
興味のある内容だったので『行ってみるか』となったのだ。
彼が例の坑道に行ってみると、特に崩落や落盤の跡はなく、骨はそのままで残っていた。
トレジャーハンターをしているだけあって、彼は鉱石などにも詳しく、最初その骨を見た時は苦笑いした。
──こんなに巨大な原石が母石もなく存在する訳がない──
第一、動物の骨の形をした原石などある訳がない。
きっと骨の形をしたガラス細工か何かだろう。そう思っていた。
ところが、その場で硬度を調べてみると、確かにガラスやただの石の硬さではなかった。
配信を終えた青年が、持ち帰ったサンプルを詳しく調べてみると、驚愕の事実が明らかになった。
彼が持ち帰った骨の破片はなんとコランダムを始めとし、ジルコンやトパーズなど、様々な貴石類によって構成されている事が分かった。部位によって質が違ったのだ。
これには流石に驚き、すぐにツブヤイターにてこの事実を公開した。
そこからはあっという間であった。多くの視聴者の間で『めちゃくちゃでかい宝石の原石が見つかったってマジ?』と、情報が錯綜した。
そして、夜になったにも関わらず、多くのダイバーやダイバーリスナーの人間が押し寄せ、その宝石骨へと殺到した。
頭蓋骨だけではなく、その他の骨も全て宝石で出来ており、しかも土を掘ってみると金や銀に銅などの鉱物までザクザクと出土したのだ。
当然、そんな物をそのままにしておこうという殊勝な人間が居るはずもなく奪い合いが始まり、乱闘へと発展して現場は騒然となったのであった。
深夜になっても続いた騒動は、通報を受けた警察の介入により、今朝になってやっと収拾の目処が立ったところである。
「まさかこんな事になってたなんて······」
未だにメガホン片手に怒鳴り続ける警察官と、押し通ろうとする群衆。
その異様な光景を前に、リヴルとラヴィはただ立ち尽くすしかなかった。
その横では、当の騒ぎを産み出した元凶でもある魔王が実につまらなさそうな顔をしていた。
「ふん。人間はどれほど時が経とうとも、愚かさの質は変わらんのだな」
姉妹は無言のまま、魔王に振り向いて、やはり無言のまま互いの顔を見合せたのであった。
騒ぎの現場から隠れ逃げるように、三人は何もせずに自分達の町へと帰っていった。
そして、午後となった。
お疲れ様です。次話に続きます。




