34──魔王の家来
『俺が嫌いな物を三つ教えてやろう。一つは軟弱な者。一つは役に立たん物。そしてもう一つは使えぬ部下だ』
『お、お許しを魔王様っ! これでも精一杯やったのでございます!』
『俺が腹を立てるものを三つ教えてやろう。俺の邪魔をする者。俺に楯突く者。そして、泣き言を言う奴だ』
『ひ、ひえっ?! お、お許しを! どうかお情けを~!』
『そんな物は無い』
──ズガアッ──
「ギャアアアアアっ!? お、お許しを~! 魔王様~! どうかご慈悲を~!」
そんな悲痛な命乞いが部屋の中に響き、次いでベッドから巨体が転げ落ちる音がドッと響いた。
「··················」
ムクリと起き上がる大きな影。男だ。床の上に染み込むような間接照明に照らされた頬は青ざめていた。
「ゆ、夢か············いや······」
記憶だな。と、独り言を呟いて苦笑いする男。
冷たい水を顔に叩きつけ、身なりを整える男。時計の針は朝の8時頃を指していた。
──少し早いが事務所に行くか──
何時もなら9時ほどに起きる男であったが、もう一度寝る気分にもならなかったし、中途半端な時間だ。自分の持つ会社へ行く事にした。
「社長、おはようございます」
「うむ」
オフィスのあるビルに入り、自分の会社のフロアへと降りると、入り口の辺りで秘書の女性と遭遇した。
「今日は本当にお早いですね。何かありましたか?」
「いや······たまには早くに来るのも良いと思ってな」
執務室に入る二人。出社して最初に行う定時報告。今日は早めに行われる。
「それではダンジョン探索の件からです。我が社の所有する主要ダンジョンの内、新たに二つが完全に調査を完了致しました。こちらがその報告書になります」
「うむ」
提出された書類に目を通す男。そこには数多くのダンジョンの調査内容が詳細に記されている。
──やはり見つからん、か──
「しかし、ロン社長。どうしてそこまでして『神話の聖剣』を捜しておられるのですか?」
「いや、それはだな。考古学的に価値が高いからだ。ワシはそういう物に目が無くてな」
「はあ。骨董趣味、というものですか」
「そんなところだ」
「しかし、神話の剣ですよね? 実在するのでしょうか?」
「するかもしれん。だから捜すのだ」
そう言いながら、ダイバーグループを複数所持する事務所“リ・バースフィアプロダクション”の代表取締役であるロン・ビグスターこと、元魔王軍地方方面第三守備将軍“オルグロン”はため息をついた。
オルグロン。
それは『神話』と呼ばれる時代に実在し、今も存命中の魔族の一人。
魔王ルキファスが定めた地方平定将軍──平和的で現代的な言い方をするならば県知事などと呼ぶべきか──の一人であり、いわゆる魔王軍の重臣の一人であった。
彼の仕事はその役職名のとおり、任された土地を制圧し、治める事であった。
人間の国々の大半は魔王の圧倒的な力の前に降伏し、その国の王であった者が傀儡となって治めていたが、中には最後まで抵抗する国もあったため、そう言った国は一度制圧してから支配下に置かなければならなかった。
オルグロンも魔王ルキファスの命により、いくらかの国を制圧して統治していた。
ところが、人間側が勇者を筆頭にして一斉に武力蜂起し、魔王軍に宣戦布告した事件が起きた。いわゆるクーデターである。
このクーデターは大陸全土の各地でゲリラ的に起こり、それまで服従していた国々も一斉に反旗を翻した。
まさか脆弱な人間どもが今さら反抗などするはずがないと高を括っていた魔王軍は奇襲を受ける形となり、各地の平定将軍らは孤立、苦戦した。
オルグロンは何とか逃げ延びて魔王の住む深淵へと戻る事が出来たのだが、それを快く迎えるような魔王ではなかった。
「この腰抜けめ。よくも無様な面を下げて俺の前に出てこれたものだ」
魔王の怒りは相当なものであった。
こうしてオルグロンの受難が始まる。
人間の軍と戦う時、オルグロンは必ず最前線に立たされた。
元々、彼は統治や内政の能力はそれなりにあったが、魔族としての力はそれほど秀でていた訳ではない。
戦場では何度も命を落としかけ、逃げ帰る度にルキファスによる罰が待っていた。
「お、お許しを~!」
「命を取らないだけありがたいと思え」
正に生き地獄。それまで怠惰に過ごしていたオルグロンにとってはいっそ死んだ方が楽なのではないかとさえ思った程であった。
そんな苦難の日々であったが、その時間は突如として終わりを告げた。魔王ルキファスが勇者一行によって倒されたという報せが舞い込んだのだ。
その報による衝撃は凄まじく、ルキファスの部下達はみな狼狽して迷走した。
しかし、そんな中で一人歓喜の雄叫びを上げていたのがこのオルグロンである。彼はやっと終わった地獄の日々を思い返して涙を流し、心の底から魔王の破滅を喜び、勇者達に感謝した。
その後、ルキファスは死体ごとどこかのダンジョンに封印されたと噂には聞いたが、それがどこなのかはオルグロン達魔族にはついに分からなかった。人間側が秘密裏に葬ったので当然ではあるが。
そして時は流れ、人間社会に上手く溶け込みながら生き長らえてきたオルグロンは、その時代ごとに事業を立ち上げて密かに人生を謳歌していた。
特に目的もなく、野心も無い彼は(そういう所がルキファスの癇に障った)むしろ人間社会の方が適していたと言ってもいい。
あまり悪目立ちしないようにコソコソと名前や立場を変えながら生きたオルグロン。その平穏な日々に魔族としての矜持もすっかり失った。
しかし、この現代になってある問題が発生した。
それは、ダンジョンブームの到来だ。
ダンジョン、つまりかつての魔族の本拠地である深淵は人間達に忌み嫌われ、長い間ほとんど見向きもされなかった。
ところが、動画配信サービスやカメラなどの発達によって、このダンジョンを探索するというレジャーが流行ってしまったのだ。
オルグロンは慌てた。ダンジョンは未発見な物も含めて無数にあるが、このブームによって次々とダンジョンが発見、探索されていったのだ。
──このままでは、どこにあるかも分からない魔王様の封印地まで発見されるのでは──
そして、もし。もし。万が一。
誰かがそうとは知らずにうっかり封印を解いてしまったら──
そんな事はあってはならない。絶対に。
人間達がどうなろうと彼にはどうでもよかった。腐っても魔族だ。人間など所詮は害獣かそんな類いでしかない。
が、我が身がどうなるかと考えると居ても立ってもいられなかった。ルキファスが復活するとなれば間違いなく再び世界征服へと乗り出そうとするだろう。いや、世界征服はしなくても自分はきっとまた奴隷のように扱われるだろう。
オルグロンが取った行動は、ちょうど展開中だったダイバーのグループを使って、誰よりも早く封印地を見つける事であった。
そして、二度と誰も封印を解けないように徹底的に封印する──それが彼の目的であった。
「ふう······ともかく、急がなくてはな」
「はあ?」
「いや、何でもない。報告を続けてくれ」
何も知らない秘書は、淡々と報告を続けた。
お疲れ様です。次話に続きます。




