23──魔王のための企画
一夜開けての朝。
姉より一足先に起床したラヴィは、何時ものように身支度を整え、作業部屋へと向かった。そこはルキファスの部屋でもあるのだ。
──コンコンッ──
「ルキファスさん。起きてますか?」
『ああ』
ラヴィが扉を開けると、ルキファスは机の前に座り込んでいた。地図帳が広げられている。
「お早いですね。またお勉強されてたんですか?」
「そんなところだ」
地図に目を落としたままのルキファス。
その妖しく整った横顔を、ラヴィは不思議な気持ちで見つめた。
ラヴィはリヴルに比べれば神経質で、不安を抱きやすい。一言で言えば心配性なのだ。双子とは言え、二卵性故なのか姉妹は性格や気質が随分と違っていた。
そんなラヴィにとって、ルキファスはまさに不安の種その物であった。もっとも、年頃の女子の家に見知らぬ若い男が上がり込んだ時点でラヴィでなくとも不安になるのは当然であるが。
しかし、ルキファスは単に見知らぬ男だからというだけでは済まない存在であった。
身元不明、記憶喪失、そして自分を古代の魔王ルキファスだと思い込んでいるという、厄介な属性を融合して現れたかのような人物。
社会常識すら欠如し、まともな会話すらままならない事もある。横柄で尊大な態度はまるで本当に魔王か何かのようだ──
と、本当に魔王である事を知らないラヴィにとっては厄介な不審者でしかないのがルキファスなのだったが、その認識は僅か一日足らずでだいぶ変わっていた。
ルキファスを配信に出演させてみると、想像以上の反響があった。
姉妹が試行錯誤してもなかなか達成出来なかったバズを軽くやってのけたのだ。
目標ラインの登録者1万人の数字を見た時のラヴィの心境は、自身でも驚くほどに喜びに満ちていた。何より、姉の嬉しそうな姿が見られた。
そういう意味では、ルキファスには感謝の気持ちのような念を抱いているのだ。
「もう少ししたら朝ごはんです」
「そうか。カップラーメンは無いのか?」
「え、えっと。朝からカップラーメンはあまり良くないかと······」
「何故だ」
「なんでって······そういうものじゃないですか。健康面的な理由で」
「魔王に健康など関係ない」
しかし、やはり話が噛み合わずに時々困るラヴィでもあった。
「見て見て見てっ、ラヴィ! 今朝起きたらまた500人増えてた! ほら!」
「私もさっき確認したよ」
「やばくない?! あたしら今乗りに乗りまくってない?! このビッグウェーブ、水平線の彼方まで乗らない訳にはいかなくない?!」
「よく意味が分かんない」
朝食時。リヴルはマイホで自身のチャンネルを開いて大騒ぎしていた。
「やばっ、マジでやばい! ふ、震えてきたわ。まさかラブリブチャンネルがこんな伸びるなんて。もう学校辞めてダイバーに専念した方がいいんじゃ?!」
「駄目! 将来何があるか分かんないだから、学業はちゃんと修学するの!」
「も~、お堅いなラヴィちゃんは。いざとなっても、あたしらには魔王様が居るんだから~。世界征服でもしてもらってさ、世界の半分くらい貰えばいいじゃん」
「冗談に聞こえないよお姉ちゃん······」
「ねっ、魔王様。こんだけ至れり尽くせりのお世話してあげたんだからさ、いざって時は世界の一部くれるでしょ?」
リヴルの冗談交じりな言葉にルキファスは真顔のまま『考えておいてやる』と返した。
朝食が終わると、ラヴィは何時ものごとく渋々に後片付けにかかり、リヴルは早速次の配信の計画をルキファスに提案した。
「てな訳で! ルキファスさん、また今日も配信しない?」
「また別のダンジョンに行くのか?」
「ううん。今回は違う。家で配信するよ。それでね、どんな配信が良いかな~って考えたんだ。じゃーんっ」
安物のノートを出して見せるリヴル。表紙には『機密書類・魔王プラン!』と、カラフルなマジックで書かれていた。
「これ、作ったの! かわいくない?」
「なんだそれは」
「これは魔王ノート。ルキファスさんの配信者としてのライブプランを記した物よ! ま、見てよ」
横に座り、ルキファスへとノートを開いて見せるリヴル。
「ルキファスさんメインのはまだ挨拶配信くらいしかしてないでしょ? だから、色々企画考えてみたのよ。とりあえず、今日の夜に配信する予定だから、どの企画やりたいか聞かせて」
「企画?」
ルキファスはノートに書かれた文に目を通した。
そこには、リヴルの考えた企画が箇条書きになって幾つも並べられていた。
(何だこれは。『魔王様とまったりオンライン飲み会』? 『魔王様の雑談配信』? 『魔王様、激辛焼きそばに挑む』? 『魔王様の昔話朗読会』? 『魔王様のASMR』?)
「???」
「ねー、どれがいい? ルキファスさん的にはどの企画やってみたい?」
他にもいくつかあったが、どれもルキファスにはよく分からなかった。企画の良し悪しはもちろん、そもそも何を指しているのか分からない内容も多かった。
「どれも興味ない」
それが率直な感想であった。
「あたっ! もーう、こんなに考え出してあげたのに~。我が儘なんだから魔王様は」
不満げにノートを閉じるリヴル。
「じゃあどんな配信にしたい?」
「興味ない」
「それはナシ! はいっ、封印! 興味ないという言葉は使用禁止になりました!」
「ほう、そんな事が出来たのか。呪言の類いか?」
「いや、真面目に返さないでよ。あ~、とにかく!」
再びノートを開き、ペンを取るリヴル。
「何でもいいわ。ルキファスさんがやりたい事を言ってみてよ」
「やりたい事······」
ルキファスは少し考えてから答えた。
「支配だ。この世を再び我が手中に収め、我が意によって統べる」
「いきなり魔王らしいのきたわね。えー、じゃあ世界征服ってとこかしら」
そんな突拍子のない事でも真面目に記していくリヴル。
「他には?」
「ない」
「もーう! それじゃあ駄目なんだって!」
「なら、どうすればいいのだ」
「え? うーん······」
そう言われてリヴルも少し考えてみたが、良い案は浮かばなかった。
「うー! あたしって企画能力無いのかも······」
「また何か癇癪?」
片付けを終えたラヴィが二人の座談に加わった。
「今度は何をやらせようとしてるのお姉ちゃん」
「それが思いつかないから困ってんのよ」
「え?」
事情を聞いたラヴィが頷く。
「なるほどね。確かに難しいかも。ルキファスさんは記憶喪失だからやりたい事があっても思い出せない可能性だってあるし」
「でしょー?」
姉妹はうーんっと揃って頭を抱えたが、当の悩みの種であるルキファスはそんな事お構い無しであった。
「おい。それよりも、俺はあのカップ麺とやらを食いたい。用意しろ」
「魔王って暴君よねー。こっちが悩んでてもお構い無しで」
「ごめんなさいルキファスさん。カップ麺は今無いんです。買ってこないと」
「なら早く買ってこい」
「暴君過ぎる······」
しかし、そこでふとラヴィが何かに気がついた。
「あ、でもこれって······」
「ん? どったの」
「ねえ、お姉ちゃん」
ラヴィは今しがた閃いた思いつきをリヴルに言ってみた。
それを聞いたリヴルは、やる気なくテーブルに投げ出していた体を起こして目を輝かせた。
「それいいかも! うん! さっすが我が血を分けた優秀なる妹! それでいこう!」
元気を取り戻したリヴルはそう言って立ち上がり、ラヴィの手を引いてオフィスへと駆け込んだ。
「あっ、ルキファスさんは夜まで適当に過ごしてて。お昼は冷蔵庫の中にある物を適当に食べて。でも、お腹は空かせておくように!」
パタンっとドアが閉じられた。
お疲れ様です。次話に続きます。




