22──人間の一日
夕飯の時間。
「ラヴィ~。まだ~? もうあたしお腹ペコペコベーコン~」
「そんなにお腹空いてるなら少しは手伝ってよ」
「無理~。お腹空いてるのに食べ物なんか触ったら餓死する~」
「意味が分からなさすぎる······」
キッチンに立って調理するラヴィ。リヴルはテレビの前に寝転がっていた。しかし、画面から目を離してポータブルゲーム機器に集中していた。
「今日の献立はなに~?」
「ハンバーグとパスタ」
「いいね~! デザートは?」
「プリン」
「最高じゃないの~! ラヴィ、早くね~」
「まったく。自分がご飯担当の時はいっつもレトルトとかで済ませるくせに、私にはそれなりの物ばっか要求して······」
ブツブツと文句を言いながら、パックされたハンバーグをそのままボイルしていくラヴィ。少しすれば煮込みハンバーグが出来上がる。
そんな姉妹の様子を不思議そうに横目で眺めつつ、テーブルに一人着いて地図をめくっていく魔王ルキファス。
それはリヴルが学校で使う地図帳であった。
「ルキファスさんさ~、そんなの眺めて面白い?」
コロンっと仰向けになって逆さにルキファスを見るリヴル。
「もしかして学校とか行ってなかった系?」
「ないな」
「そっかあ。まあ、たまに居るよね行かない人も」
ゴロゴロとその場で転がり始めるリヴル。
「分かるよー。あたしもパパやママに行けって言われなかったら多分行ってないもん。ダイバー活動に専念してたなー」
「私達は現役女学生って言うのも売りの一つなんだよ?」
鍋に火をかけてからラヴィが姉の元へとやってきた。ポフっと雑巾を落とす。
「なあにこれ?」
「どうせ床を転がるならついでに拭いてよ」
「こらこらっ。姉に掃除させる妹なんて不良だぞー!」
「妹を給仕係みたいに扱う方が不良!」
リヴルの背中に馬乗りになって無理やり雑巾を握らせるラヴィ。
「ほら、早く拭くっ」
「ぐうぇっ。卑怯よラヴィっ。て言うかおもーい!」
「重くないしっ。お姉ちゃんみたいにゴロゴロしたりしてないし。体調管理は出来てるし」
「それはどうかな? あたし知ってるよー? この前だって一人で夜にコンビニ行ってスマチキ(スマイルマートと呼ばれるコンビニのフライドチキン。揚げたてジューシー、衣はカリカリのピリ辛。人気商品)買って食べたでしょ? 太るわよー?」
「な、なんで知ってるの?」
「匂いで」
「犬じゃないんだから······」
ダラダラと床拭きをするリヴルと、呆れながら姉の髪をいじるラヴィ。
そんな姉妹の様子をルキファスはまた不思議な目で見ていた。
「貴様らは姉妹だと言ったな」
「え? 今さら?」
「ずいぶんと親密な間柄のようだが······」
「いや、別に。普通っしょ」
「そうですよ。別に······」
子供のようにじゃれ合う二人。ルキファスはその昔に見た人間の姿を思い出していた。
魔王たるルキファスはその力によって人間の王族なども全て支配していたが、家族愛らしい愛はほとんど見た事がなかった。
特に姉妹や兄弟間の仲は後継争いなどによって荒んでいるのがほとんどであった。
ルキファスにとって、唯一人間に共感出来た思想は自己中心的で貪欲である事。そんな一面のみ魔族も人間も変わらないのだと認識していた。
「ルキファスさんには兄弟とか居ないの?」
ラヴィの足をくすぐりながら尋ねるリヴル。
「一人っ子?」
「ああ、まあな」
魔王は生まれてすぐにその素質を試される。
親によって産み出された魔獣と戦うのだ。
ルキファスには上に三人の兄が居たが、全てすぐに死んでいる。彼だけが“魔王として生きる価値”が認められたのである。
殺伐とした生い立ち。醜悪な経験。
その二つを持った魔王ルキファスにとって、目の前の姉妹の姿は斬新であった。
その後。夕食の支度が整い、三人でテーブルを囲んだ。
「ルキファスさん、今日はまともな食事だよ。こう見えてもね、ラヴィの料理はそこそこイケるから期待していいわよ」
「ねえ、素直に褒めてないよね?」
「え? 褒めてんじゃん」
出されたハンバーグをフォークに突き刺して頬張るルキファス。
「ルキファスさん、そんな食べ方は行儀悪いわよ」
「······ほう」
目を丸くする魔王。
「うまい」
「でしょ? やったじゃんラヴィ」
「う、うん。でも、これは温めればいいだけの物だし。私が作ったのは上に乗ってる目玉焼きくらいだから」
「細かい事はいーのっ。どう、ルキファスさん。ラヴィは意外にも器量良しよ~? お嫁にどう?」
「な、何言ってんの?!」
キャーキャーと騒ぐ姉妹の間でルキファスは現代の食事に感嘆し、そして奇異な目で二人を見ていた。
「ごちそーさまー! あーっ、食べた食べた~」
夕食を終えた三人。
「ほら、自分の分は自分で洗ってよ」
「ん~。じゃあまたポリポリ君一つでどう?」
「む。またそうやって買収して」
食べ終えたらさっさと定位置であるソファとテレビの間にゴロンっと横になるリヴル。
おやつのチョコ棒と引き換えに文句を言いながら姉の分の皿とルキファスの皿を運ぶラヴィ。
「ふぃー。デザートは後で食べよーっと。ルキファスさん──って、また地図?」
食事を終えたルキファスはまた本棚から地図帳を出して広げていた。
「また地図なんか眺めちゃって~。面白いの?」
問いには答えずに眺め続けるルキファス。
(地形は把握したが、この訳の分からん記号や言葉では詳細までは理解出来んな)
「おい、小娘」
「リヴルっ。ちゃんと名前で呼んでよ」
「貴様は様々な知識を会得するための公共施設である学校とやらに行ってると言ったな。なら、ここに書いてある内容が分かるか?」
「え、地図の見方?」
リヴルが起き上がる。
「そっか。ルキファスさん学校行かなかったって言ってたもんね。もしかして地図の読み方知りたいの?」
「そうだ」
そう答えると、にんまりとした笑みが返された。
「タダって訳にはいかないな~。交換条件といきましょか」
「ほう? ククク。魔王相手に等価交換を求めるとはな。なかなか見上げた根性だぞリヴルとやら」
「あはっ! 変な褒め方!」
ニコニコっと笑ってルキファスの傍らに赴くリヴル。
「地図の見方教えてあげるから、次の配信も盛り上げてね」
「今日のような事をすればよいのだな?」
「そーそー」
「よかろう」
「んじゃ、契約成立! ふふ、これであたしも魔族になっちゃったのかな」
「馬鹿を言うな。貴様のような小娘を下僕にしても得などない」
「ちょっとっ、それは貶してるよね?!」
まあいいかと言って隣に椅子を置いて座るリヴル。
「で、どの辺の読み方が分からないの?」
「この記号と、この記号。こっちの固まってる物もだ。それにこの用語。こっちの数字が意味する内容」
「ほぼ全部やないか~い!」
叫んだ後に苦笑するリヴル。
「もう、しょうがないな~。基本から教えてあげるから配信の方は頑張ってよ?」
「ああ。さっさとしろ」
「態度わるっ」
その後、食後の休憩時間はルキファスの勉強時間となった。
リヴルは学校に通う者なら誰もが知る内容を基礎から教えていったが、その精密な学問の一端を垣間見たルキファスは感心しきりであった。
ほどよく勉強が捗った辺りで、ラヴィが二人のためにミルクティーを差し入れた。
お疲れ様です。次話に続きます。




