21──ダンジョンマップ
パラッとテーブルに広げられる地図を、リヴルがタンッと叩く。
「ルキファスさんっ、これを見て!」
「何だこれは」
「これはダンジョンマップ! この西側の地方に点在するダンジョンを示した地図よ!」
マンションにて。
ダンジョン配信を切り上げて帰還した三人が居間のテーブルに集う。その上にはリヴルが用意したダンジョンマップが広げられている。
ダンジョンマップとは、普通の物よりも簡略化された地図に、ダンジョンの位置を示した物だ。一般的な需要は無いが、ダイバーなどのような輩には重宝される。
「ほう。深淵の位置を記した地図か」
(ふん。小賢しい事をしてくれるな人間ども。そんな物があるとはな。戦略的ではないか)
地図はこの町から西の沿岸区へかけて示された物であった。
「ルキファスさん、この中でオススメのダンジョンあったら教えてよ! そこへ遠征しに行くからさ!」
「オススメ?」
地図に目を落とすルキファス。
(これは······かなり精巧な測量によって作成された地図のようだ。しかし、この図はどこかで見た覚えが······)
そして記憶を呼び起こしたルキファス。
(うむ。これはトリドスの沿岸部と似ている。恐らくその一帯だろう)
思い起こされた記憶をつなぎ合わせていき、目の前の地図に重ねていく。
流石に二千年先の最先端技術によって測量と作成をされた地図は、ルキファスの知る物より遥かに高精度であったが、おおよその地形や特徴は一致していた。
「なるほど。おい小娘。我らが居るのはどの辺りだ?」
「あたし達の町? ここ、プロロル町よ」
「プロロル? ここはデルンタだろう」
「はい?」
ルキファスは指を滑らせて位置を確認していった。
「と言う事は、この上がハニールか」
「アルタだけど」
「そして、こっちがメーネラスか」
「デュコだよっ」
「なるほど、この下がドトリトか」
「セリークリバ!」
二人の地名の認識は全て違っていた。
「勝手に命名しないの! こっちがこんがらがるでしょ?!」
「それはこちらのセリフだ。訳の分からん名前をつけるな」
「······それじゃ、ここは?」
リヴルが首都を指差す。
「この都市の名前は?」
「ほう、ガルムヘルドか。まだ都市として機能していたのか」
「リンテーラ! もうっ、ここまで設定を作ってるなんて、本物顔負けね!」
呆れ半分、感心半分といったように、怒っているのか笑っているのか分からない姉をラヴィがじっと見る。
「お姉ちゃん、楽しそうだね」
「どこが! 振り回されてるのよこっちは」
「でも、ルキファスさんの演技力って本当に凄いよ。実は本物の魔王だったりして」
「ないない。本物だったら今頃あたしらは復活の儀式の生け贄よ」
リヴルが気を取り直して地図をもう一度示す。
「まあ、ルキファスさんのやりやすい名前でいいや。ルキファスさん、ここのダンジョンなんかどうかな? 何か面白い物ある?」
「貴様の言う面白い物が何かは知らんが、俺も一々覚えている訳ではない」
「そんな事言わずに~。ほら、こことかどう? 大きなダンジョンで有名なんだけど」
「ああ、そう言えばあったな。確か、ここは食糧供給源として他のエリアに繋がるように改築されていたな」
「お~、よく知ってるじゃん。その食糧供給源とかいう設定はともかくとして、ここは周辺のダンジョンと繋がってる坑道が無数にあるの。でも、ほとんどが落盤の危険があるから閉鎖されちゃってるけどね」
会話の中で少しずつ記憶を取り戻していくルキファス。
(ふむ。そう言えばこの辺り一帯には人間どもの反乱を防ぐための監視基地が無数に掘られたな。もっとも、それを電撃作戦でほとんど潰されたから奴らの攻勢を許した訳だが)
苦い思い出であったが、その顔には懐かしさによる微笑が漂っていた。
「小娘。ここら一帯には無数に深淵があるはずだが、地図には記されていないぞ」
「あー、それはね。確かに沢山あるんだけど、ほとんどが地盤が不安定だとかで入れないんだ」
「そうか。まあ、簡易的に作った基地だ。仕方あるまい」
そもそも最初の襲撃でほとんどが埋もれてしまったのだったなと納得する魔王。
「ん?」
と、ここで。
ルキファスはある違和感に気づいた。
地図上に無数に記されたダンジョン。
それら全てを記憶している訳ではないが、巨大な物や要所となる主要ダンジョンはおおよそ覚えているルキファス。
しかし、彼の記憶にある主要ダンジョンのいくつかが印されていなかった。
「小娘」
「リ、ヴ、ル! ちゃんと名前で呼んでよ」
「ここには俺が居としても使っていた深淵がいくつかあったはずだ。何故無い?」
「え? どこ?」
ルキファスがトンっと指で叩く。現在地から北西へ行った場所。
「ここだ。シュラマーヤ全域に張り巡らした深淵があったはずだ」
「そこはシュラヤ。ちょっと似てるけど。でも、地図に無いって事は無いんじゃない?」
そう答えたリヴルの裾をラヴィがクイッと引っ張った。
「ん? どうしたのラヴィ?」
「たしかさ、この地図ってあくまで一般の立ち入りが許可されてる所だけ記したシンプルマップでしょ?」
そう言いながら、ラヴィは本棚から地図帳を取って広げて見せた。
「こっちが正式なダンジョンマップ。一般人の立ち入りが禁止されたのも含めて記されたやつ」
それは基本の地図は同じものの、記されたダンジョンの数が違う物であった。一般人にも入れるダンジョンは黒字で、立ち入り禁止ダンジョンは赤字で記載されている。
「ルキファスさんが言いたいのはここのダンジョンじゃないかな」
ラヴィの示した辺り一帯には赤字で書かれたダンジョンが四つほどあった。
そのマークされたポイントを確認して頷くルキファス。
「ああ、そうだ。ここだ」
「へー。ルキファスさんったらこんな細かいとこまで知ってたなんて。ほんと魔王設定めちゃくちゃ凝ってるじゃん」
と、ここでリヴルが首を傾げる。
「でも、禁止ダンジョンって何で入れないんだっけ?」
「そんな事も知らずにダイバー活動してたの?」
呆れたように言うラヴィ。
「崩落の危険性があったり、有毒ガスが充満してたり、複雑過ぎる構造とかで行方不明者が出るようなダンジョンは安全面から禁止されるの。他にも、独自の生態系がある場合はその保護とか、考古学的に貴重と判断されたダンジョンは立ち入り禁止になるんだよ」
「へー、よく知ってるわね」
「······お姉ちゃん、私と一緒に事務所で講習受けたよね?」
「昔の事は覚えてないわ」
ラヴィの話を聞いて一人考えるルキファス。
(ふむ。立ち入り禁止か。俺を阻めるものなど存在しないだろうが、何も無理やり侵入して騒ぎを起こす事もあるまい。ここらには後々赴くとしよう)
そして、そこを本拠地にして魔王軍を再建する。ルキファスの頭にはそんな野望の青写真が描かれていた。
「どうしたの? なんか考え事?」
「ああ、まあな······」
「ふっふ~ん。分かったわよ~。人間世界をどうやって制圧しようか~って考えてたんでしょ」
「ほう、よく分かったな。貴様、抜けてるように見えて洞察力はあるようだな」
「あははは! ノリ良いじゃ~んっ。ん? 今もしかして馬鹿にされた?」
「ルキファスさんが言うと冗談に聞こえないんだよね······」
その後、三人はコンビニで買ってきた食事を摂りながらダンジョンマップにあーだこーだと印を付けていった。今後の配信スケジュールのための目印だ。
気がついた時には既に夕方になっており、ルキファスはこれまで経験した事のない一日の過ぎ方に、奇妙な感覚を覚えたのであった。
お疲れ様です。次話に続きます。




