16──姉妹の喜び
───ピロロリン、ピロピロ、ピロリ~ン───
「う~ん······」
爽やかな音楽を流し続けるマイフォン。
布団からにゅっと生えた手がそれを求めてさ迷う。
迷走していた手はやっと音源をキャッチして、そのまま布団の中へと吸い込んだ。
音楽がこもった音になるが、すぐにフッと消えた。
「ん~······」
丸く膨らんでいた布団がモゾモゾと芋虫のように動いて、むくりと起き上がった。
下から、眠け眼のラヴィが現れる。
起き上がったまま、ぼんやりとしていたラヴィであったが、ゆっくりと動き出してベッドから下りる。
薄暗い部屋。カーテンから漏れる光が白い。
──シャーッ──
カーテンを一気に解放するラヴィ。朝の眩しい光が部屋に沈んだ眠りを切り払う。
「······眩し」
全てが明るみになった寝室を振り返る。
「くか~っ······か~っ······ずび~······」
「······」
脱け殻になったラヴィのベッドの横にあるもう一つのベッド。
その上では大の字になってよだれとイビキを盛大に口から垂れ流す姉の姿があった。
「ぐか~っ············ぐへへ······あたしたちがびじんだいばーしまい、らぶりぶだ~······」
「はぁ······」
床に落ちた布団をかけ直し、同じく落ちていた姉のお気に入りのウサギのぬいぐるみを顔の前に置くラヴィ。
ついでに目覚まし時計も置く。二十分後に大音量でなるようにセットされていた。
──パシャ、パシャッ──
「ふう」
洗面所で身支度を整えるラヴィ。冷たい水が眠気を拭ってくれる。
鏡を見ながらラヴィはぼんやりと考え事をしていた。
──あの人、何者なんだろう?──
ドタバタしながらも、代わり映えの無い平穏な姉妹の日常。しかし、そこに現れた謎の男。ラヴィはその人物ことルキファスが気になって仕方なかった。
「······まったく。どうかしてるよ。夜中に襲われたりしたらどうするんだろう」
双子の姉妹ながら、二人の性格は正反対と言っていいくらい違った。
姉のリヴルは楽観的過ぎ、妹は心配性であった。
とは言え、うら若き乙女達の家に見知らぬ男が居れば不安になるのは当然であるが。
いずれにせよ、ラヴィの気掛かりは胸の内でどんどん大きくなり、それは心配から不安に進化するまですぐであった。
──機材とか盗まれてたりして──
そんな不安に駆られ、ラヴィはルキファスが寝ている部屋に向かった。部屋には高価な機材が多く置かれているのだ。そこによく知らない人物を置くのは不用心であった。
──ガチャッ──
ノックもせずに中へと入ったラヴィ。
「あっ」
そして驚きの声を上げた。
なんとルキファスは起きていた。と言うより、昨晩寝る前に見た時と全く同じ格好で窓際に立っていた。
「ん?」
ルキファスがチラリと振り向く。
「なんだ小娘。何か用か?」
「あ、いえ。す、すみません。ノックもせずに······」
ラヴィが床に目を落とす。敷かれた布団に使用された形跡はなかった。
「あ、あの。もしかして寝てないのですか?」
「ああ、まあな」
ルキファスが口元を歪める。
「二千年も眠っていたのだ。寝る気になどならん」
「は、はあ」
ラヴィは生返事しか出来ない。
念のため部屋の中の様子を見回したが、何かが盗まれたりしている感じはなかった。
「それじゃあ······あの、朝ごはんはどうしますか?」
「飯か」
また外を睨んでいたルキファスが振り向く。
「まあ、食わんよりはマシか。カップメンを百個持ってこい」
「そ、そんなには用意出来ません。それに、昨日あなたが全部食べちゃったんで、この家にカップメンは残ってません」
「どこならあるのだ?」
「えっと、コンビニとか?」
「ならば、そのコンビニとやらに早く行って持ってこい」
「横暴過ぎますよ······」
姉もなかなかの横暴っぷりであったが、魔王はそれとは比にならない。
「買ってきてもいいですけど、その代わりお金はくださいね」
「金? ああ、金が必要なのか。人間社会のくだらん風習は今も健在か」
ルキファスが鼻で笑う。
「欲しい物は奪う。力で全て解決する。それが自然の摂理だ。金などというまやかしの仲介など挟んだところで何になる」
「そんな事私に言われても······」
返答に困っていたところで、隣の寝室からやかましいアラームの音が鳴り響いた。
「ほう、これも悪くはないな」
「感謝してよね魔王様。これは本来あたし達のお昼ご飯だったんだから」
オーブンで解凍、温められた冷凍ピザを満足げに貪るルキファス。
食卓には三人分のピザとインスタントスープのセットが用意されている。
「ふむ。凍結させる事による保存と、それを僅かな時間だけで元に戻す技術。なるほど、人間どもにしては上出来な技だ」
「たしかに、改めて考えると凄い技術よね」
「あああーーっ!?」
「わあっ!?」
突然大声を上げて飛び上るラヴィ。それに驚いたリヴルが椅子から転げ落ちた。
「いっつつ······いきなり大声上げないでよ!」
「お、おねおねっ、お姉ちゃん!」
「はいはい、なによ」
「ここここ、これっ!」
ひどく興奮してマイフォンをリヴルにズイッと押し付けるように見せるラヴィ。
「なによ一体。あたしらのチャンネル? ············!? えっ!!? うっそーー?!」
「ね?!」
画面を見ていたリヴルがすっとんきょうな声を出して妹と同じく飛び上がる。
「と、登録者が一万人越えてる?!」
「昨日の放送がバズったみたい! ほらっ、ツブヤイターから来ましたってコメントもついてる!」
「え、えっと、一万二千八百十四······マジっ?! 昨日まで8500人だったのに、一日で4000人くらい増えたって事?!」
目を最大に見開いて震えていたリヴルであったが、その表情が深い喜びにじわりと溶けていった。
「や、やった! バズった! こんなに一気にっ、簡単に!」
そしてその喜びのマグマはすぐに耐えきれずに吹き出した。
「やったーーー! バズった、バズったー!」
「やったねお姉ちゃん!」
二人は手を握りあってその場でピョンピョンと跳ね回った。
そんな姉妹を、ルキファスは奇妙な小動物の謎ダンスを見るような目で見ていた。
「登録者とかいう者の数がそんなに喜ばしい事なのか」
「喜ばしいも何も、最高よ! もう身体から星が生まれるくらい!」
「奇妙な例えだな」
「そんな事より魔王様!」
冷蔵庫を開けて、中から自分のために取っておいたプリンやケーキを差し出すリヴル。
「あんたのその完璧な魔王キャラのお陰よっ! ほらっ、遠慮せずにじゃんじゃか食べて!」
「そうか」
なぜ献上品が出されたのかイマイチ分かりかねるルキファスであったが、一口食べてみた。
「ほう。変わった食物だな」
「ルキファスさん、コーヒーですっ」
ニコニコと笑ったラヴィからもコーヒーが出される。
ルキファスには二人の心理的変化と行動が全く理解出来なかったが、心から服従したかのような二人の貢ぎ物には満更でもない気になった。
(ふむ。まあ、俺に平伏して従う者ならば粗末にはせんでやるか)
「リヴルとラヴィとか言ったな。このピザとやらはもう無いのか?」
「あるあるっ! ありますわ魔王様!」
「今用意しますね」
四人前のピザをルキファスは一人で平らげたのであった。
お疲れ様です。次話に続きます。




