15──誰も知らぬ古都
───首都“リンテーラ”──
大きく開いた港と、南北を繋げるように伸びた大河に隣接したこの地は文明の発祥地として古代より栄え、人間の都として長い間発展を続けてきた。
しかし、そんな古都でさえ二千年前の大厄災では壊滅的な状態に陥り、ついには一度棄てられた土地になった事はほとんど知られていない。近年、古代文明の都市だっただろうと考古学が予測して判明したに過ぎない。
ましてや、かつて魔王の統治時代に『ガルムヘルド』などという全く別の名前であったとは誰も知りようがないだろう。
人間は。
「ガルムヘルドがこれほどの都市になるとは昔の人間どもも想像出来なかっただろう」
薄暗い一室の窓から夜景を眺めながらその人影が独り言を呟く。
リンテーラの中枢からやや外れたビル街。ビジネスや経済の中心、その一角。
およそ200ランス(1ランスが大体1メートル)の高層ビルの上層階。そこからは眠らない不夜城を眼下に定める事が出来る。
そんな都心の摩天楼の一室で、その人影は部屋の明かりも点けずにグラスを傾けて外を眺めていた。
「あれほどの天変地異を生き抜いて、今や自然その物を自由にしてしまう程の力を得た人間ども。潰える間際であった種が、ここまでの繁栄を見せるとは誰も思わなかったろう」
その人影は、一見すると人間の男性のようであった。
高い背丈は、長身というよりその盛り上がった肩幅や太い胴回りからして大男と言った方が適切であろう。角ばった顎や、岩のような輪郭。そして、闇の中でも妖しく光る眼。
男はグラスを傾けた。見た目はワインであったが、人間にとっては毒である植物や動物の体液などで出来たカクテルだ。
それを美味そうに、あるいは名残惜しそうに舌で転がして味わう。魔力のみなぎる眼が恍惚に細められる。
そこへ、ノックの音が響く。
男が「入れ」と呼び掛けると、廊下の明かりと共に若い女性秘書が入ってきた。
「社長、また電気を消していらっしゃいましたか」
「ん。なんの用だ?」
秘書は電気も点けずに、廊下からの明かりを頼りに執務机の前まで歩いて書類の束を置いた。
「全事務所から集めたダンジョン報告書です。表にして纏めてあります」
「ご苦労」
男は外へ目を向けたまま言った。
「最近、我が社の抱える事務所のダイバーの伸びが芳しくないな」
「はい。今はダンジョンライブ活動はどこもやっておりますから。目新しさがないのでしょう。かと言って、本当に危険で刺激的なダンジョンの大半は我が社が私有化しており、立ち入りを基本的に禁止しておりますし」
「そうだな」
男が頷く。
「禁止ダンジョンには誰も入ってないだろうな?」
「はい、もちろん」
秘書が苦笑する。
「もっとも、身内、外問わず多くのダイバーが不法侵入に近い行為を行っていて、問題は後を断ちませんが」
「明確な罰則は存在しないからな。炎上系ダイバーは懲りずに挑戦するだろう」
男が小さく唸る。
「まったく。もしあのお方が封印されている場所をこじ開けてしまったらどうしてくれるのだ」
「は?」
「い、いや。何でもない」
男は咳払いし、秘書へ振り向いた。
「報告は以上か?」
「はい。今週の活動報告は明後日に上がります。リーブレとアレグリアの方では新人も続々とデビューしておりますし」
「うむ」
他にも細かい報告を二、三やりとりした後、秘書は出ていき男がまた一人となる。
「······」
『ひいいいいいっ! 魔王様っ、お許しを~!』
『黙れ。勇者でも何でもない人間どもに負けておめおめと逃げ帰ってきただと? 貴様には魔族としての誇りが無いらしいな』
『で、ですがっ、人間どもも中々に手強く······』
『ほーう。では貴様に与えた重臣という肩書きは何のためだ? ん? そんな手強い人間どもを叩きのめす尖兵として与えたのだぞ?』
『そ、それは~······』
『知ってるだろうな。俺の方針を。“強者には尊厳、弱者には罰を”だ』
『ひ、ひええぇ~! お助けー!』
「ブルルルッ······」
男は激しく肩を震わせると、グラスを一気にあおった。
「巨大で主要なダンジョンは全て押さえてある。あのお方が封印されているのはいずれかのはずだ······早く調査を進め、二度と復活出来ないよう何とかせねば······」
男はまた一つ身震いしてからため息を吐いた。
お疲れ様です。次話に続きます。




