第15話 神杉家の運命
今回は字数多め、会話多めです。
よろしくお願いします。
一誠の視線の先にはマスター、ナユユさん、そして担任の先生。そしていつの間にか銀世界と化した外の様子。
6年2組の教室にいた3人は驚いていました。かういう私も驚いていました。私の内心にそういう思考が少なからずあったことに。
「九山君……。」
「一誠君、聞いていたのか。」
「君は、隣のクラスの九山君。だめじゃないか、まだ大事な懇談中というのに入ってきては。」
ナユユさんの担任のいうことは最もです。
「すみません、でもいてもたってもいられなくて。それで、さっきの推薦の話は……。」
「本当だよ、これは奈湯も了承済みだ。」
マスターが代わりに答え、ナユユさんは黙っています。
「どうして、今頃推薦なんか……。」
「失敗させたくないからだ。私や妻のように。」
マスターの言葉に一誠は沈黙しました。当然です。一誠はマスターの過去を知らない。
「本当に推薦受けるのか、ナユユ。トーモと三人で近芽台中いこうって話だったじゃないか。」
ナユユさんは黙ったまま、暗い表情でうつむいています。
「言ったろう、話はついてると。」
「俺はナユユ本人に確かめたいんです。」
なぜでしょう。私の口も動きます。
「『本当にそれが自分の意思なのかどうか。』」
その言葉を聞いたマスターは何かを察したのでしょう。
「先生、この子と少し長い話をしたいのです。おそらく次の人を待たせてしまうので、私たちの懇談は後回しで構いません。どこか空き教室はありませんか?」
「空き教室、ですか。ちょうど予備で開けてる教室が奥にあります。暖房は完備していませんが、そちらでもよろしいですか?」
「十分です。ありがとうございます。」
ナユユさんの担任に会釈したマスターは一誠のほうを向きます。
「一誠君、お母さんを待たしているのではないかね?」
「あっ。」
「お母さんも一緒に来てもらうといい。重要な話だ。」
マスターはすべてを話すつもりのようです。
一誠は五月さんを連れてきて、九山家と近田家の親子がそろいました。
「それでは、案内しますね。」
ナユユさんの担任を先頭に2つの親子は歩き出します。
「九山君、この前病院で〝イセノ〟をしたらしいね。」
「ええ……その、ご迷惑でしたか。」
「いや、面白かったのならそれでいいんだ。ただ、あまりのめりこまないことをお勧めするよ。実際、君はそれで事故にあったようなものだからね。」
「は、はあ。」
なぜその話をするのか、一誠にはわかりません。それでも、マスターは声を低くして続けます。
「私は、あのゲームが嫌いだ。」
何かを一誠に重ねるように。
「着きました、この教室です。」
ナユユさんの担任はそういうと、電気をつけました。
「ここは。」
マスターは驚いていますね。
「つい去年までは現役の教室だったんですが、少子化の波には逆らえませんで。クラスの数が一学年2クラスになってからは使われていない教室です。そうだ、寒いでしょう。この部屋エアコンついていませんので、確かそこに予備のストーブが……。」
「これですか。」
マスターが指さしたのは、学校で見るのも珍しくなった白い円柱型の石油ストーブです。
「今時、まだあったんですね。」
「非常時のために、まだ残しているんですよ。それは学校にある中で、一番古い型ですね。今つけます。」
「いや、つけ方は知っています。燃料は入ってますか?」
「え、ええ。まだありますが。」
そういうと、マスターは手慣れた手つきでストーブの小窓をあけてつまみを回し、着火したのを確認して小窓を閉めます。
「で、では私は懇談がありますので、お帰りの際に声をおかけください。」
「ありがとうございます。」
マスターは礼を言うと、ナユユさんの担任は元の教室に戻っていきました。
一方の一誠はというと、あたりを見回し、瞬き。
「見渡す限り端に物が寄ってるだけで、あとは俺が授業受けてる教室と同じだな。近田先生が驚く要素あったか?」
一誠は教室を見たときのマスターの反応が気になったようですね。一誠の言うとおり、視界にとらえられるのは黒板、机の上にひっくり返して載せられた椅子がいくつか、後ろのランドセル置き場に掃除道具入れといたって普通です。それにストーブも担任の先生に言われてから気づいてましたしね。
しかし。
『マスターがみていたのは窓の景色ですかね。』
「窓、に何かあったのか?」
「ここの教室からしか見えないんだ、あの神社の杉はね。」
一誠の声、マスターに聞こえたみたいですね。
「今残っているのは、昔の半分くらいだが。」
工事中の神杉神社、そしてその周りにある雪化粧に身を包んだ杉を見つめながら、マスターは言います。確かにこの三階建ての校舎で北側の窓がついているのはこの一角のみ、そして一、二階はちょうど視界を遮るようにそびえたつ体育館が邪魔をして見えないでしょう。
「ちょうどこの教室だったよ。私が由多と一緒に授業を受けていたのも。そのころから由多は新しいものを求めていた。」
「あのー、話したいこととというのは?」
しびれを切らした五月さんは質問しました。
「ああ、すみません。話というのは、一誠君が私たちの懇談に割り込んだ件で。」
この言葉を聞いた五月さんは一誠がしたことを瞬時に理解したのでしょう。
「それは申し訳ありません。うちの一誠が。こら、人の懇談の邪魔をしちゃだめじゃない。」
五月さんは、一誠に頭を下げるように促します。
「ご、ごめんなさい。」
「いいんです、そのことは。それで、奈湯の進路のことと、一誠君の手術のことについて本当のことを伝えるべきだと思いまして。お詫びもしなくてなりません。」
「お詫びというのは?」
ストーブの小窓が赤く染まりきることを確認して、マスターは語り始めます。
「単刀直入に申し上げると、一誠君の頭の中に人工知能のチップを埋め込みました。」
「えっ、えっと。そう、なんですね。」
五月さんは混乱している様子。
「一誠君の手術後、後遺症で正常な思考ができなくなるかもしれないという話をしましたね。」
「ええ。実際一誠も目を覚まさずにずっと……。」
「そのリスクを少しでも下げるために入れたのが、人工知能のチップです。このチップの人工知能は人のように思考でき、一誠君の悩みを聞いたり、夢の中で一緒に遊んだりもできる、1人の人間に近しい存在です。一誠君の手術後、目を覚ますまでに一誠君を導くカウンセラーの役目を持たせて入れました。伝えるのが遅くなってしまいすみません。」
マスターは頭を下げました。
「どんな手段であれ、一誠を助けてくださったのならいいのです。顔を上げてください。」
五月さんはうろたえつつも、そうマスターをなだめます。マスターも顔を上げました。
「でも、なぜ手術したその日ではなくて、今頃伝えるのですか。」
「それは、あのチップが特別なものだからです。」
マスターはそこで一息ついて、おもむろに続けます。
「一昔前ですがね、とある研究が話題になりました。人間と同じように思考できる人工知能を作ろうという研究です。当時はさかんにÅⅠだの騒がれていました。」
「そういわれたら、5、6年前でしたっけ。ニュースでやたら取り上げられていましたね。」
「そう、2025年、あの年は私にとって忘れられません。」
「5年前、2025年――。」
五月さんは思い出したかのように、一誠はどうやら別のことを考えているようですね。
「機械ベースの人工知能というのは所詮みてくれ、人がインプットした動作をアウトプットするだけのものです。だから、人間と同じように思考できる人工知能を作ろうと多くの研究者が模索しました。その結果、生きている人に直接埋め込んで一定時間体になじませ、その人の一部となった人工知能ならそれが可能ではないかと考えたのです。」
「でも、その研究って大変なことですよね。一歩間違えれば……。」
「命の危険もあります。実際、臨床実験しようにも国の許可などが必要で、この時のことがマスコミで取り上げられ議論になったのです。」
「たしか抗議デモが起こったくらいですしね。でも今では、取り上げられることもなくなったので消滅したものかと。」
「いいえ、その研究は国の許可もありひそかに進められています。もちろん実験の被験者は病弱か、もしくは死期が近い人間が厳選されるという条件の下ですが。そして、その被験者の中の一人に私の妻、由多もいました。」
「由多さん、ノーデを作ったっていう。」
「ノーデ、前も言っていたね。ああ、君の中の人工知能の名前かな。」
一誠のつぶやきにマスターは反応しました。
「そうです。俺がそう名付けたんですけど。」
「なるほど、だがさっきの、ノーデを作ったというのは正確ではない。君の中の人工知能は由多をベースに、いや生前由多の頭の中にあったものだ。由多の分身といってもいい。」
「『えっ……。』」
「えっと、話が読めないんですが。」
五月さんもまた混乱しています。無理もない、情報量が多すぎます。
「どうやら由多のことについて説明しておかなければなりませんね。」
マスターは一呼吸おいて話を再開します。
「由多が近田の姓を名乗る前は神杉由多でした。」
「神杉ってあの、神社の名前と同じ。」
一誠が驚いたように声を上げました。
「そう、あの神社を代々守ることを運命づけられた一族の名前さ。でも、由多は基本自由人でして、一族のおきてとか縛りを嫌っていました。なので、由多の実家である神杉家のほうとはあまりいい関係ではありませんでした。」
「複雑な家庭事情だったのですね。」
「ただ、巫女としての才能はあったみたいで、少し先の未来が見えたりする言ってました。実際、神杉家の中で一番〝イセノ〟が強かった。」
「〝イセノ〟が……。」
「〝イセノ〟はもともと天候などを占うときに行われた儀式、十指占がもとになっている。それが争いごとが起こった時に、平和的に解決する方法として〝イセノ〟という名前で大衆化された。この神杉神社の祭りで〝イセノ〟の大会をやり始めたのも、そうやって一般化したからこそ、大会で勝ち抜いた猛者を巫女が倒すことで、神杉家の数人に一人が受け継ぐとされる予知能力を見せつける意味合いが強かったと由多から聞かされたよ。」
「知らなかった……。」
マスターの説明で一誠も納得したようです。
「でもそれはいつしか、神杉家が必ず勝たなければならないという縛りに変わっていたのです。そして、予知能力を持って生まれた子には徹底して、勝つことを強要した。由多はそんな一族に嫌気がさして、半ば強引に私と結婚しましたからね。」
「え、じゃあ、近田先生は由多さんのこと、好きじゃなかったの?」
「え、ああいや、好きだったさ。ただ、小学生の時の消極的なイメージと打って変わって、お見合いの時には由多のほうからぐいぐい来たから。」
「なるほど、ギャップ萌えというやつですか。」
「ええ、まあ、そういうことにしておきましょう。」
五月さんの言葉に、マスターはたじたじになっています。
「まあ、それで近田家に婿入りするかわりに、あの頃毎年開催されていた神杉神社の神戯、つまり〝イセノ〟の巫女役を引き受けるという条件を追加されたわけです。由多はその巫女役をかれこれ10年近くつとめ、無敗を誇りました。そしていつしか、無限に勝っていくその姿から〝無限の巫女〟と呼ばれるようになりました。」
「あの祭りの巫女さんが由多さんだったのか。」
「そして奈湯も生まれ、巫女としての役目も果たし、幸せな生活を送っていましたが長くは続きませんでした。由多を病魔が襲ったのです。」
「「そんな。」」
九山家の親子が唖然とする中、マスターは続けます。
「神杉家には不吉な言い伝えがあるのです。それは、神杉家を抜けて別の姓を名乗ったものには不吉な災いがあるというもの。それが実際に起こってしまった。」
「まってパパ、そんな言い伝えは私も初耳……。」
「奈湯にも言ってなかったね、すまない。でも、私も当時はそんな迷信を信じていなくて、今思い返せばそうとも言えるというだけだ。由多は6年前、病魔に侵され、余命一年と宣告を受け、入院しました。私や知人、もちろん神杉家の人たちも悲しみに暮れ、それでも当時の医療ならきっと治す方法があるはずだと、あの手この手を尽くしましたが解決法は見つからずただ、時間が過ぎていくだけ。奈湯には病気のことは伝えましたが、余命宣告を受けていることは伝えませんでした。」
「まあ、聞いていたら間違いなくショックが大きいですからね。」
五月さんの反応にナユユも肩を落とします。
「ただ当の本人である由多は、まるで私が出会ったばかりの時みたいになってしまった。驚くほど冷静で、余命宣告を受ける前から自分の命は残りわずかであると悟ってるようでした。」
「その、予知能力で、見えてたのかも。」
「今思えばそうだろうね。そしてある日、由多はどこから知ったのか、広王大学の人工知能チップ埋め込み手術の被験者に申し込んだのです。私の知らないところで。私がそのことを知ったのは被験者に選出された後、私は由多の病室に別の大学の研究員が来てることを不審に思い、問い詰めたら白状しました。手術日当日、手術直前でのことです。あの時の、最後の夫婦喧嘩は今でも鮮明に覚えています。」
そうして、マスターはありし日の由多さんとのやり取りを語り始めたのです。
この物語はあくまでフィクションです。
2030年ごろ、少子化が続いてたり、石油ストーブがなくなりつつあるだろうなあという前提で書いてます。
一応チェックしてますが普通に誤字、脱字ありそうなので
ご指摘などありましたらコメント下さい。
次回は3/20です。今後ともよろしくお願いします。




