第七話「感謝祭と影」(Ⅱ)
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「――さて、こんなもんかな」
時刻は陽刻の十一(午後二時)。
気持ちのいい秋晴れの空の下、ヒューイは完成した自分の露店を見てひとりごちる。
収穫感謝祭はいよいよ明日、その為主な舞台となる大通りや広間では各人による露店の設営が始まっていた。
あちこちで響く金づちの音や、活気のある人々の声が、否が応でも祭りが近づいてきていることを感じさせる。
こういった祭りに参加するのは、実は人生初体験のヒューイは内心かなりわくわくしていた。
「料理の材料は多めに仕入れておいたけど、早く店じまい出来たらマリアと回るのもいいかもしれないな」
早く終わらなくても祭りは二日間ある。二日目には出店の予定はないので、その日はマリアに丸一日付き合う予定だ。
ならばと、今日の残りの時間は祭りの下見に当てようか、と露店街に繰り出そうかと考えた。
だがしかし――
「……こんな奇麗な秋晴れもそうそうないよなぁ」
空を仰ぎ見てそんなことをつぶやく。
確かに見事な秋晴れだ。気温も暖かで心地よい微風も吹いている。これはさぞ――昼寝をしたら気持ちがいいに違いない。
ライオネルは今回出店しないし、セリアは祭りの最終調整を任されているらしく手伝える感じではないし、他にこれといって知り合いはいないし、と心の中で着々と理論武装を始めるヒューイ。
そして出した結論は――
「よし、昼寝をしよう」
早々にそう結論付けたヒューイは、昼寝によさそうな場所を探してその辺をふらつくことにした。
あちこちで人が世話しなく動き回る姿を横目に、祭りの中心地から徐々に離れる。
あの露店は衣類を、あの店は菓子を、といった具合に露店の下見もついでに兼ねる。二日目にはマリアに付き合いつつも、旅に必要なモノも買いそろえなければと思う。
村中を歩いてみると、今までと比べて人が増えているのが分かった。
村人が普段よりも活発に動いているから多く見えるというのもあるだろうが、近隣の村からの出稼ぎや、親戚の手伝いで来ている人も多いのだろう。
「山賊がいなくなったことも大きいかな」
感謝祭本番の夜には、この村特産のシードルがふるまわれるらしいから、更にこれから増えるだろう。
ギムも、ただ酒目当てで来たと言っていたから、おそらくこの辺では有名なのだろう。
そんなことを考えていると、いつの間にか教会の近くまで来ていた。
「確か庭にいい感じの木陰があったな」
そう言ってヒューイが教会に近づくと、そこには見慣れない人影があった。
その人影は、やたらと体格がいい男――ギムであった。
「ギム、どうしてこんなところに?」
そう思い近づくと、こちらの接近に気が付いたギムが振り返る。
「お、丁度いいところに来たな」
「ってことは俺に用か?」
「応、今暇か?」
そう言ってにかっと笑うギムに対して、嫌な予感を感じたヒューイ。
「暇じゃない」
「マジか、何の用だ? なんか手伝えることあったら言ってくれ」
「いや、これから昼寝するという大事な用があるから帰ってくれ」
「――ふざけてんのかテメェ」
怒ったように語気を強めるギムに対し、ヒューイは真顔でこういった。
「いたって真剣だが?」
「ちぇ、友達の頼みぐらい聞いてもいいじゃねぇか」
「友達、って誰の事だ?」
「――お前、本気で言ってる?」
その図体に似合わぬ、拗ねたような言い方に、思わずヒューイはクスリと笑ってしまう。
「冗談だよ、どんな用だ?」
ヒューイは観念したように、ギムに要件を問う。
「いやなに、暇ならいつかの約束を果たしてもらおうかと思ってな」
「約束?」
はて、何か約束などしただろうかとヒューイは内心首をかしげる。
その様子に不穏な予感を感じたギムは、慌てたように続ける。
「忘れたとは言わせねぇぞ、手合わせだよ、手合わせ」
「――あぁ、そんなことあったな」
それはあの山賊退治の夜。その場に突然現れたコイツと、そんな口約束をその場の流れでしたっけな、とヒューイは思い出した。
「この祭りの前に是非ともと思ってな、今来た」
「別に今じゃなくてもいいだろう?」
この感謝祭が終わったら、ギムと一緒に馬車で北都に向かう予定になっている。
その間は三日も、否が応でも顔を突き合せなきゃならない。その時でいいじゃないかと感じたのだ。
「――いや、今がいい」
そう言うギムの表情はかつてないほどに真剣だ。
何か事情があるのか?
「……了解、仕方ないな」
ギムのただならぬ雰囲気を察して、ヒューイも覚悟を決める。
「恩に着る」
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二人は教会の庭で、間隔を取って向かい合った。
「ルールは、どうする?」
ヒューイは、腰に佩いた剣を抜きながらそう問う。
「先に一発有効打を当てた方が勝ちでいいだろ」
その問いに、ギムは両手に籠手をはめながら答える。
「寸止めでいいか?」
「できるか?」
「――舐めるなよ」
二人の間に先ほどまでの気の抜けた、打ち解けた空気は既にない。
もし仮に、第三者がこの場にいたとしたら卒倒していたかもしれない。
――それほどまでの、濃密な殺気がその場を支配していた。
ヒューイもギムも、感づいている。
ヒューイは故郷の師匠以来の強敵の予感を、ギムは銀の一等級に昇格してからしばらく出会ってない同格以上との闘いを感じ取って。
愛用の左右でデザインの違う籠手をはめ終え、拳を前に出し半身に構えるギムに応じて、ヒューイも愛剣を両手で構える。
そして、教会の庭を静寂が支配する。
二人とも動き出さないが、二人での間でのみ、既に戦いが始まっていた。
どこをどう動けば、相手はどう動くか。お互いの間でチェスのような頭の中での駆け引きが続いていた。
そして、その静寂を最初に破ったのはヒューイ。切っ先を前に構え、姿勢を極限まで低くしてギムの間合いに突っ込む。
間合いに入った途端に鋭い突きが首元を狙って放たれる。
それをギムは左手の籠手を使って防ぐ。
ガキンという音がしてヒューイの剣が弾かれ――ない。
ヒューイは直前に刃を引き返す――フェイントだ。
そしてそのまま姿勢を更に低くし、ギムの足元に滑り込み、右足を鎌のように伸ばして足払いをかける。
その足払いが完全に不意打ちだった。たまらず地面に転がるギムに対し、ヒューイはそのまま馬乗りになって勝負を決めにかかる。
馬乗りになったヒューイの顔に向かってギムは右手の拳を突き出す。
突き出した拳――いや籠手の先からカチリという音。
まずい、そう感じて飛びのくヒューイの頭があった部分に、籠手から飛び出した刃が突き刺さる。
「――手甲剣か、仕込み式の」
ギムの右手の籠手飛び出した幅の広い剣をみて、ヒューイはひとりごちる。
手甲剣とは、文字通り手甲と剣が一体化した攻防一体の剣だ。
ギムの籠手のデザインが左右で異なっていたのは、右側が仕込み式の手甲剣だったからであった。
「まさか、こんなに早くネタ晴らしすることになろうとは思わなかった」
ギムが、まさしく想定外だという顔をしてつぶやく。
彼にとっての隠し玉が、あっさりと不発に終わったことが信じられないといった顔だ。
「ていうかテメェ、殺す気だったろ! 容赦なく急所を狙いやがって!」
「本気じゃない方が失礼じゃないか?」
「そりゃそうだがなぁ!」
そういってまたお互い構えなおす。
そして二人は駆け出して、再び数度打ち合う。
攻撃と防御は何度も反転し、しかして有効打もまた出ず、打ち合う激しい音が周囲に響く。
その中でヒューイがとうとう師から授かった技を繰り出そうと、再び一度距離を取ろうとしたその瞬間。
「チェックメイトだ!」
その隙を逃さず、ギムは腰から筒状のモノを取り出し、左手でそれをヒューイの頭の方へ差し向けた。
「―――俺の負けだな」
その瞬間、ヒューイは動きを止め、己の負けを認めた。
「―――驚いたな、抜いてみたものの、これが何かわかるのか?」
「銃、だろ?」
それは紛れもなく銃であった。
かつてこの世界の前任者たちが使ったといわれる武器の一つで、その製法は彼らの絶滅とともに失伝したとされていた。
「……いや、正しくはそのまがい物だがな」
「まがい物?」
「最近、一部の鉱人達が、銃の研究をしているようでな。で、これはその失敗の産物」
確かに、ヒューイの知っている銃と比べると幾分簡素なつくりに見えるが、それが失敗作?―――そうヒューイは思った。
「射程は弓以下、攻撃力は剣以下、そして一発限りの使い切りでコストも高い。どうだ、失敗作以外の何物でもないだろ?」
「確かに」
「知り合いの鉱人から譲ってもらったんだが、使いどころが今までなくてな」
「―――それが今だったな」
しかしそんな劣化銃でも剣の外の間合いで急所を狙うのなら、それは必殺だ。
「こんな幕引きで悪いな、これ出さないと負ける―――ってかほんとに殺されそうだあと思ったからよ、出してる殺気的に」
「いや、奥の手切らずに済んでこちらも助かった―――、とっさにやろうと思ったものの、寸止めする自信はなかった」
「おいこら」
二人はさっきまでの殺気はどこへやら、その姿は普段の気さくな友人同士のように戻っていた。
しかし、そんな中でギムは気づいていた。
ヒューイは下手をすると弾丸を避け、こちらを仕留められたのではないかということに。
これは、本当に殺しあったら負けるかもな―――、そうギムは思い背筋を寒くした。
……to be continued
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