第六話「感謝祭と影」(Ⅰ)
感謝祭を明日に控えたその日の朝、ヒューイが日課をこなしていると、ふと視線を感じた。
気になってそちらに目を向けると、そこには物陰からこちらを見つめる幼い瞳があった。
「――マリア、おはよう」
「わわっ、ばれてたのです!」
話しかけられたことに驚いたマリアが、慌てて飛び出してきた。
「――あの、邪魔するつもりはなかったのです」
少し気を落とした様子のマリアに対し、ヒューイは優しく語り掛ける。
「大丈夫、丁度今切り上げようとしていたところだったから」
「そうなのですか?」
「うん。だから朝ごはんまでの間、少しお話していようか」
そう言ってヒューイは、近くの段差に腰を下ろす。
「はいなのです!」
それを見たマリアも、ヒューイの隣に嬉しそうに座る。
「さて、何を話そうか」」
そう試案するヒューイに、マリアがこう話しかける。
「あの、お兄さんはなんで毎日特訓してるのですか?」
「……特訓、特訓か」
マリアの中では、ヒューイの日々のトレーニングは特訓に見えたらしい。
確かに普通のヒトから見たら特訓といっても差し支えのない量の鍛錬かもしれない。
「そうだな、これ以上弱くならないためかな」
「やらないと弱くなるのですか?」
「うん。弱くならないようにするのって実は意外と大変なことなんだって、俺は教わったな」
ヒューイはなるべくマリアにわかりやすい言葉を選ぶように気を付けて話す。
遠くで登りはじめた赤い朝日に目を細めながら、ヒューイは続ける。
「弱いままでいるっていうのは、すごく悔しいことなんだよ」
「悔しい、ですか?」
「そうだね、例えばマリアがお菓子を食べたくて、お菓子の上がってる棚に手を伸ばす。けど身長が足りなくて届かないときどう思うかな?」
「……すごく悔しいです」
「でしょ?弱い時っていうのは、そういうもうちょっとに届かないことなんだ」
もう少し強ければ、勝てた。もう少し強ければ、勝ち取れた。――そして、もう少し強ければ、守れた。
「そういう気持ちにならないために、特訓するんだよ」
「――よくわかんないです」
ヒューイとしてはわかりやすい言葉と表現を使ったつもりだったが、なかなかそう上手くは伝わらなかったらしい。
子供ってのは難しいなと、ヒューイは思う。
「まぁ、今はわからなくてもいいさ。マリアが大きくなった時に思い出してくれればそれでいい」
「なのです?」
そう言ってかわいらしく小首をかしげるマリアに、ヒューイは微笑む。
「あ、あとですねお願いがあるのです」
「ん、なんだい?」
そう言って問い返すと、マリアは少し遠慮がちにこう言った。
「お兄さんの剣、触ってみてもいいですか?」
これにはヒューイも少し驚いたが、年頃の子供ならそんなものかと勝手に納得する。
ヒューイにとっては、年頃の少年も少女も同じような位置づけなのだ。
「いいよ。けど危ないから鞘からは出さないでね」
そう言って腰に佩いた剣を抜き、マリアに差しだす。
マリアは少し緊張した面持ちで受け取ると、困惑した表情をした。
「あ、あれ?」
「ん、どうした?」
「この剣、思ったより軽いのです」
剣とは通常全部が鉄でできている為、その重量は生半可なものではない。
なのにこのヒューイの剣は、軽い――いや、確かに重くはあるのだか、全部鉄でできているにしては、不自然なまでに軽いのだ。
マリアでもぎりぎり振れるくらいには。
「あぁ、実はこの剣には秘密があってね。なんだと思う?」
「う~ん」
「じゃあ、ヒント。柄をよく触ってみて」
「柄?」
そう言ってマリアはその黒い柄の方をよく触ってみる。
「柄と刃は同じ素材だよ」
「う~ん」
マリアにわかったのは鉄ではないこと、ひんやりしていること、肌に吸い付くような感触があること。それらを統合しても正体がわからない。
最終的に一番近そうな素材の名をマリアは告げる。
「もしかして、木ですか?」
一番近そうだが、近そうなだけでたぶん違うであろう素材の名前をいう。
果たして正解は――
「正解。木だよ」
「え!?」
まさかの正解にマリアの方が驚く。
今持っているソレは確かに鉄よりは軽いが、木材として考えると驚くほど重いし――そして何より色が違う。
マリアはこんなに黒い木を見たことがなかった。
そのマリアの驚きを知っているヒューイは、詳しいことを続けて教える。
「それは、『剣樹』っていう木でできているんだ」
「剣樹ですか?」
その問いにうなずくヒューイ。
「剣樹は黒剣の杜固有の植物で、剣みたいに重く硬く鋭いって性質があるんだ」
補足するなら、黒剣の杜がそう呼ばれる最たる理由がその剣樹だ。
黒く重く鋭い剣のような枝葉を無数に伸ばす、漆黒のこの木が無数にあることが名前の由来だといわれている。
黒剣の杜に自生する木々のおよそ九割がこの剣樹――いや、剣樹になるのだ。過去に実験として外界の植物を黒剣の杜に植えてみたところ、発芽したその芽は黒く変色していたのだ。苗を植えた場合でも、ある程度成長すると黒く鋭く変化し、どの植物も全てやがて剣樹になってしまう。杜が、生態系を支配・コントロールしてしまうのだ。
そして、その剣樹はとても生命力が強く、剣として加工されていてもなお生きている。
水分と日光さえあるなら、些細な損傷は自力で修復してしまうし、地面に刺して三日放置すると根が生える。
その性質は、ある意味“魔剣”といっても差し支えはないだろう。
だが、そんな剣が多く流通していいわけがない。
黒剣の杜の固有の動植物には厳しい輸出制限がかけられていて、多くのものは滅多に、一部のものは全く流通しない。
ヒューイのこの剣も、市場には一切流通していない希少なもので、一部が森王の近衛騎士団に称号とともに贈られるにとどまっているという貴重なモノであったりする。
「珍しい剣なのですね!」
「あぁ、修業時代から使っている相棒だ」
――最も今ここにいる二人はその価値について全く分かっていないが。
そうして話し込んでいると時間はあっという間に過ぎ、丁度いい時刻になっていた。
「さて、そろそろ朝ごはんだ。話の続きはまた今度にしよう」
そう言って席を立つヒューイだったが、その時マリアの顔に暗い影が下りる。
「――“また”って、いつくるのですか?」
「……マリア?」
そのマリアらしくない暗い声に思わずヒューイが振り向くと、俯いて唇をかむ少女の姿があった。
「お兄さん、もうすぐ行っちゃうんですよね。それまでにその“また”はちゃんと来るのですか?」
普段のマリアからは考えられないほどのか細い声だった。
その声を聞いて、ヒューイは思わず頬を掻く。
(やれやれ、どうしてこうも懐かれたかな)
うれしいやら、恥ずかしいやら、申し訳ないやら。
色んな気持ちがあふれてくるが、不思議と悪い気はしなかった。
「大丈夫だよ」
そう言ってマリアの前にしゃがみ込み目線を合わせる。
「大丈夫、出発までにちゃんと時間は作る。約束だ」
「……ほんとですか?」
そう言ってマリアは顔を上げる。
「本当だ」
それに対してヒューイは優しく答える。
「なら、ついでにもう一つ約束してください」
「……また、会いに来てくださいなのです」
マリアがすがるような視線をヒューイに贈る。
この視線はだめだ、とヒューイは思った。断ることなんてできないと。
「――あぁ、約束する」
だからこそ、ヒューイはマリアに嘘を吐く――優しい嘘を。
この旅の終わりに何が待っているのか、ヒューイには想像もついていない。ただ一つ分かっているのは、旅がどれだけ長くかかるかだけだ。もしかしたら終わりなんてないのかもしれない、ということも。
故にヒューイは、一度訪れた場所に再び戻ることはないだろうと感じている。
だからこそ、嘘を吐いた。少女を傷つけないために。いつか時が流れて緩やかに自分のことなんかを忘れてくれると願って。
……to be continued
次回、第七話「感謝祭と影」(Ⅱ)、7/2更新




