第三話「旅人と少女」(Ⅲ)
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時刻は陰刻の二(午後八時)。
ヒューイとライオネルを含めた村の若い衆は、宵闇に紛れて山賊たちが潜んでいるであろう山道付近に来ていた。
「――で、あんちゃんなんでこんな時間に?」
「ライオネルさん、やつらが潜んでいるのはこのあたりなんですよね」
ヒューイはライオネルの問いには答えず、そう聞き返す。
「あぁ、このあたりで多発してっからな」
「じゃあ、問題ないですね。山賊の住処をあぶりだすのは」
「あん?それは――あ」
そこでライオネルは遠くの岩場の陰から明かりが漏れていることに気が付いた。
「夜なら明かりつけないわけにはいかないですよね」
あっさり隠れ家をあぶり出したヒューイにライオネル達は唖然とする。
「なんでこんな簡単なことに俺達は気が付かなかったんだ」
「そりゃ、山賊が潜む山道に夜行こうとする人なんかいないでしょう」
確かに。そんな声が若い衆から上がる。
「でもうかつなのは違いないですね」
「そりゃどうしてだ?」
ライオネルの問いにヒューイはあっさりとこう答える。
「この時間に山賊を探そうとする奴なんて、自分らを狩ろうって輩だけだというのにです」
その恐ろしいまでのヒューイの冷静な思考にライオネルは少し身震いする。
この仮面の青年は、本当に駆け出し冒険者なのかと疑念が脳裏をかすめる。
「じゃあ、あそこまで行きますよ」
そうして道すがらで、簡単に作戦の説明をするヒューイ。
「ライオネルさんは光源を頼りにほかの出口を探してください」
「了解だ。で、探したらどうすればいい?」
「探し出した出入口から、合図したら同時に煙を焚いて流し込んでください。それで一つの出口に誘導します」
「誘導してどうするんだ?」
「その出口で待ってた俺が、殺すか戦闘不能にするかします。若い衆は俺が取りこぼした奴を捕まえてください」
「――あんちゃん、真顔でおっそろしいこと言うな」
「そうですかね?」
黒剣の杜では、不法な密猟者に対しては皆殺しという厳しい制裁が当たり前だった。その為、ヒューイは無法者に対しては殺すことを厭わない。
ただ、命をむやみに散らせるものではないこともわかってはいるから、成るべくなら殺したくないという気持ちもあるが。
「さて、それじゃあ指示通りにお願いします」
「おう」
こうして隠れ家周囲に到着したヒューイたちは、そそくさと配置につく。
岩場の洞窟を利用した隠れ家の出入口は三つ。裏に隠れるようにあったのが二つ、表に大きなのが一つ。
剣を振り回すことを考えた結果、ヒューイたちは表の出入り口に誘導することに決めた。
そして合図が下りる。
さぁ、山賊狩りの始まりだ。
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まず最初に異変に気が付いたのは頭目である鉱人の男だった。
男性の平均身長が百五十センチの鉱人にしては大柄(それでも百七十センチはない)なその男の鼻に、焦げ臭いにおいがした。
「おい、なんだこの匂いは?」
「え、お頭なにを――ごげ臭っ!?」
ともに飯を囲んでいた数人がざわめきだす。
「落ち着けお前ら! まずは原因を――」
事態を収拾するために声を張り上げる頭目。しかしその声を奥から来た仲間の言葉が遮る。
「お頭大変でさぁ、奥から煙が!!」
タイミングが悪い、と頭目は内心舌打ちをする。
「お前らいったん外に出るぞ、蒸し焼きにされちゃかなわねぇからな!」
そういってぞろぞろと出口を目指す。
そして最初に出口から外に出た一人の男が唐突に消えた。
「――あん?」
異変はそれだけではない。その男が消えた場所に別な男が立っている。
フードをかぶったその男の顔には白い仮面が、隠れ家の明かりに照らされて不気味に光っていた。
そして消えたと思っていた仲間の男。彼は消えてなどいなかった。
仮面の男のその足元、そこに血を流し倒れ伏していた。仮面の男の手には無論、血に濡れた刃が――。
その時点で、彼らの反応は迅速だった。
「てめぇ何者だ!」
頭目の声と同時にその場にいた全員が武器を構え、近い仲間から仮面の男に突貫していく。
仮面の男――ヒューイとの実力差も知らずに。
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ヒューイは自ら先手を打たない。全てをカウンターで仕留めるつもりだからだ。
一人目の男が鉈を持つ手を振り上げると、その腕ごとヒューイは切り落とし、そのまま流れるような円運動で剣の柄で人中(鼻と口の間。人体の急所)を突き砕く。
その動きのまま二人目の攻撃をいなし、背後に回り込むと足の腱に向かって剣をふるい、それを切断。立てなくなり前のめりに倒れる彼の首を後ろから空いている片手でつかみ、続こうとした三人目に向かって投げ飛ばす。投げ飛ばされた仲間を受け止めた三人目は、手に持った槍をふるうことができずにいるところを、ヒューイが剣の腹で脳天をカチ割って黙らせる。
瞬く間に三人を仕留めたヒューイを見て、山賊たちは二人がかりで襲い掛かっていく。
一人がナイフを持って首を狙おうと右から近づき、もう一人は反対側から斧を振りかぶる。
ナイフを持った男を、ヒューイは右手に持った剣で空を切りはらい牽制し、その隙に左手で腰から鞘を抜き、鞘で斧を持った男の手を打ち据える。その男が斧を取りこぼしたその時に、牽制に使ったその動きそのままに右手の剣で太ももを浅く切りつけ姿勢を崩させ、位置が低くなった顎にもう一度鞘を叩きつけ意識を刈りとる。
残ったナイフの男はその動きに動揺し一瞬動きが止まる。それはヒューイには致命的な隙に見えた。がら空きのみぞおちに鞘を突き放ち黙らせた。
そこまでやって残りの山賊たちの動きが止まる。
一様にその表情から読み取れるのは怯えの感情だ。
短期間に無傷で五人もの仲間を仕留めた事に加え、仮面で表情が見えないことが不気味さに拍車をかけて山賊たちに威圧感をかける。
山賊たちはじりじりとヒューイを囲んだまま後退を始めるが、背後には煙。
彼らの額に汗がにじみ始めたその時、ヒューイが初めて口を開く。
「武器を捨てて投降して下さい。しなかった場合、次の人からは命を取ります」
「な!?」
山賊たちの間に動揺が走る。
「何言っていやがる!お前はもう仲間を――」
そこまで言って山賊たちは気づく。仲間は皆、まだ死んでいないということに。
最初に刺されて倒れた仲間ですら、急所を外して刺されたからか、まだ息がある。
――そう、ヒューイはまだ手加減していたのだ。
この瞬くような短い時間で、丁寧に、細心の注意を払って殺さないでいたのだ。
それほどまでの、実力の差。
数の利すら物ともしない、圧倒的な個の実力。
それを見せつけられて、彼らの心はまさしく折れかけていた。
彼らは一塁の望みをかけて、自分らの頭目を見る。
自分たちの信じた、ついてきた頭目なら何とかしてくれると信じて。
その頭目は、目の前のヒューイを見据えて、こういった。
「わかった、投降する」
山賊たちの間に失望の色が広がる。
「ちっ、あんな依頼受けんじゃなかったなぁ」
そういって右手に持った大斧を地面に落とし、頭目はヒューイに近づく。
そして両手をヒューイに差し出す――ふりをして思いっきり彼を殴りつける!
頭目は、圧倒的な実力差を目の当たりにしてもあきらめてはいなかった。
不意打ちでヒューイを仕留めようとしたのだ。
しかし現実は――ヒューイは非情だった。
体幹の軸をずらすだけの最低限の動きで迫りくる拳を躱し、その腕に沿って鞘を握りしめた拳を頭目の顔面に叩き込む――クロスカウンターだ。
カウンターをまともに食らってよろめく頭目の顎に、半月を描くように蹴りが放たれる。
奇麗に顎に吸い込まれた蹴りのあと、反対側の角度から鞘による一撃がまた顎をとらえる。
蹴りで脳震盪を起こした頭目は、鞘の一撃で完全に意識を刈り取られ、白目をむいて地面に崩れ落ちる。
そうして伏した頭目を見下ろしてヒューイは残った山賊たちに問う。
「まだやる?」
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そのあとは比較的スムーズだった。
頭目があっさりやられたあと、残った数人はすぐに武装放棄した。
それもそうだ。頼みの綱の頭目があっさりやられたのだから、心が早々に折れたのだ。
そのあとは村の若い衆が持ってきた縄などで拘束して、村に連行され、空き倉庫にぶち込まれることになる。
一仕事終えたヒューイは隠れ家の外で、岩の上に腰掛けその様子をボケっと眺めていた。
そんなヒューイの元へライオネルが近づいていく。
「――いや、まさかあんちゃん一人で何とかしちまうとはな、正直見くびってたよ」
「どうも」
ヒューイがライオネルの声にそっけなく答えるのは、別に拗ねているからではない。
先ほど頭目が言った言葉が引っかかっていて、それについて考えていたからだ。
『ちっ、あんな依頼受けんじゃなかったなぁ』
依頼。そう依頼だ。
ヒューイの聞き間違いでなければ、彼は依頼といったんだ。
その言葉が事実なら、彼らは何者かの頼みでここを根城に山賊業をやっていたことになる。
それはいったい誰で、何の目的があったんだろうか。ヒューイはそんなことを考えていたのだ。
「――確かに、見事だった!!」
突然、ライオネルのいた方とは反対側から声をかけられ、振り向く。
そこには巌のような男が立っていた。
身長は2m近く、体重もヒューイとは比べ物ならないほどありそうな巨躯。しかし無駄な脂肪など欠片もないほど鍛え上げられた筋肉が、機動性を重視した皮鎧の上からでもよく見て取れた。武器らしい武器は帯刀していないが、その代わりに業物とわかる左右でデザインの異なる金属製の籠手を身に着けている。
しかし何よりも人目を引くのは、側頭部から伸びた一対の角。
その特徴を持つ種族は一つしかない。――竜人だ。
四種族中最も屈強で、戦闘に適した種族である竜人。その存在感は、ただの村人では収まるはずもない。
「誰だ、あんた? 若い衆の中にはいなかったよな?」
ヒューイがその竜人に問うと、彼は笑いながらこう返した。
「いや済まない。実はこういう者でな――」
そう言って首元から金属製のダグを取り出す。そのタグは、月光を反射して銀色に輝いていた。
「――銀等級の冒険者か」
そのタグは冒険者組合が発行している身分証だ。色と名前と同時に刻まれた数字で等級を示す。
「こう見えて銀の一等級なんだがな」
「一流じゃねぇか」
その事実にライオネルは驚きを隠せない。
一般的に銀等級になるにはそれ相応の場数を踏まなくてはならず、そのタグの輝きはベテランの証といえた。
基本、国家規模の有事などに投入される金等級と違い、普通のヒトが頼れる最大級の存在――それが銀の一等級だといえた。
それが、いきなり現れれば、誰だって驚く――俗世に疎いヒューイ以外は。
「その一流冒険者がどうしてこんなところに?」
「いやなに、北都の組合でこの辺の山賊退治の依頼が張り出されていたんで、オレが受けたのよ。そしたら――」
竜人は視線をヒューイに向ける。
「あぁ、仕事取っちゃったか。ごめん」
ヒューイはそう言って素直に頭を下げる。
「いいんだ。こういうのは早い者勝ちだろ?」
「そう言ってもらえると助かる」
そしてヒューイはホッと息を吐く。
もしかして因縁つけられると思っていたので、いいヒトそうでほっとしたのだ。
「ところでお前は、何等級だ?」
「ん?」
「あの動き、只者ではないだろう? まさか金?」
そう聞き返す竜人に対して、ヒューイはやや申し訳なさそうにその期待を裏切る。
「残念ながら、銅の三等級だ」
「嘘つけ! お前みたいな銅等級がいるか!!」
ところがどっこい、それが居てしまったのだ。
「……ん」
そういってヒューイが取り出したのは鈍い輝きを放つ銅色のタグ。そのタグにはきっちり三という数字とヒューイの名前が刻まれていた。
「まじか……」
唖然とする竜人に、ヒューイの背後でライオネルがうんうんとうなずく。
「――いや組合も皆、銅の五からスタートじゃなくて、実力者はそれ相応の等級からのスタートにすりゃあいいのに」
「組合にも考えがあるんだろ」
確かに、組合にもノウハウを学ばせ生存率を上げるためという理由はある。
しかし、もしヒューイが師匠からの紹介状なりなんなりを持って組合に行っていれば結果はたぶん違っていたであろうことは、無論この場にいる誰も知らない。
「お、そういえば自己紹介がまだだったな」
そういって竜人は、ヒューイに手を差し出す。
「ギム・ギュネル・ガスだ。ギムと呼んでくれ」
「ヒューイだ、よろしく」
「そちらの村には感謝祭目当てでしばらく滞在しようと思う。機会があったら是非手合わせを願おう」
そういって両者は握手を交わした。
……to be continued
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