第二話「旅人と少女」(Ⅱ)
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ヒューイの朝は早い。
陽刻の一(午前四時)に起床。使える部屋がないという理由で同室となったマリアを起こさないように着替えて、そっと部屋を出る。
そのまま返してもらった剣を持って外に出て、早朝特有の静謐な空気を思いっきり吸い込む。朝の空気の清々しさは故郷もここも変わらないなと、ヒューイはひとりごちる。
教会の裏手にまわり、小さな庭に着くと、そこで井戸から引いた井戸水でこっそり仮面を外して、手早く顔を洗いまた仮面をかぶる。そのあと軽くストレッチをし、そしてトレーニングを始める。
腕立てと腹筋、屈伸運動などの基本的なモノを各二百回。師匠に弟子入りしてからどんな時も欠かさずに行ってきた習慣だ。
『人は日々衰えるものです。故に日々鍛えることが重要です』とは師匠の弁。またそのあとに『貴方は常人以下の虫なのですから、それ以上に努力しないと虫けら並みどころかそれ以下の芥になりますよ』と続くのも師匠の弁。含蓄のある言葉と罵倒は基本セットで吐かれているのが当時の日常であった。
ヒューイはそれを不器用な師匠なりの愛の鞭だととらえていたが、実際はその鞭に愛など微塵もなかったことを彼は知らない。
そうやって各種トレーニングを完遂した後は、愛剣を抜刀しての素振りと型の確認。これらを更に二百回行い、戦いがなくても、その技を身体に染み込ませる。
そうすることで、ようやく日課が終わるのだ。
そうこうしているとヒューイの鼻をいい匂いが掠める。朝食の匂いだ。
時刻は陽刻の三になっていた。
「よし、マリアを起こしてご飯にしますか」
部屋に戻ると、まだ少女は心地よさげにまどろんでいた。
これを起こすのは正直気が引けたが、この情けのせいで彼女が朝食を食べ損ねることのほうが悲劇なのでここは心を鬼にして起こす。
まぁ、鬼にするといってもたたき起こすのはかわいそうなので、優しくゆすり起こすことしかヒューイにはできないのだが。
「マリア、朝だよ」
「――ん、んにゅぅ」
そういって寝ぼけながら身を起こしたマリアにヒューイは濡れた手ぬぐいを渡す。
ここに来る前に庭の冷たい井戸水に浸してきたものだ。
「これで顔を拭いて、着替えたら来なさい。先に行ってるから」
「ん、わかったのです」
未だうつらうつらとしているマリアをほほえましく思いながらも部屋を後にし、食堂に移動する。
食堂の扉を開けると、ふわりとスープの匂いが香った。
「あ、おはようございます」
「おはようございます、セリアさん」
食堂ではセリアさんが鍋をかき混ぜていた。
ウィンプルを取ったセリアさんは、波打つ金の髪をなびかせながら料理を用意していた。
すでに食卓にはパン、今が旬の野菜を使ったサラダが人数分並べられていた。
「何か手伝うことはありますか?」
「いえ、特には――あ、そうだマリアを起こして来てもらえます?」
「あ、それはもう――」
そんなことを話していると、ヒューイの後ろからふらりとマリアが現れた。
「いい匂いがするのです」
「マリア、おはようございます」
「おはようです、お姉さま」
そして三人で食卓を囲む。
「それでは、森王様の治世に感謝して、いただきます」
「「いただきます」」
スープを一口飲むと野菜のうまみがゆっくりと広がる。具はシンプルにキャベツときのこだけだが、きのこがいい味をだしていてなかなかうまい。
「ヒューイさん、今日はどちらに?」
セリアさんがスープを一口飲んでからそう問う。
「陽刻の八までに薪割りを終わらせて、それからマリアと――」
「マリアが村についていくのです!」
ヒューイの言葉を、隣に座るマリアが笑顔で遮る。
マリアにとっては悪気のあった行動ではなかったものの、セリアは少々ご立腹だ。
「マリア、人の話を遮るものではありません」
「ご、ごめんなさいなのです」
マリアは一転しょんぼりとした声と表情でヒューイに答えた。
「いや、気にしていないから大丈夫だよ」
ヒューイは優しくマリアの頭を撫でる。
マリアを見ているとヒューイは微笑ましい気分になる。姉はもしかしたらこんな気分で自分を見ていたのかもしれないと思う。師匠は――、うん。
自分より年下の少女と向き合うのはこれが初めてのはずだが、とても懐かしい気持ちになる。これはもしかしたら――
(――妹とか、いたのかもしれないな)
内心で、今は遠い彼方にある自身の記憶に思いをはせる。
故郷から旅立ってから、あまり考えなくなった――大変で考える暇がなかったそんなことが、今脳裏を過るのはそれだけヒューイがリラックスしているということか。
今この瞬間をヒューイは楽しむことにして、朝食を食べ進めた。
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陽刻の九になり、薪割りを終えたヒューイは、マリアとともに村を訪れた。
この村は林業が中心のようで、あちこちで赤い実をつけた木々がある畑が見える。
教会は村はずれにあり、ヒューイは今日までは教会の中での仕事しかしてこなかった為、村人との交流は今日が初めてである。
この国の北部にあるこの村は、北部西側にあるようで、周りにはこの村のような小規模な村々が点在しているだけのようだ。冒険者組合があるような大きな街の最寄が北都アルタイルだというのがまだ幸運か。
この国には四つの首都とその中央にある大都市カノープスがあり、それらを中心に発展している。
とりあえずのヒューイの目的地が北部の首都である北都アルタイルだった為、道筋的にはロスはあまりない。
そのことを知ったヒューイが、こっそりガッツポーズを取ったのも三日前の話。
「あ、おじさん。お久しぶりなのです!」
「おう、教会の嬢ちゃんじゃねぇか」
最初にあった村人は、収穫作業の休憩中だった体格のいい獣人のおっちゃんだった。
「お兄さん、この方がライオネルさんといって、お兄さんを教会まで運んでくれたのです」
「あ、そうですか。その節は助けていただいてありがとうございます」
「あぁ、この仮面のあんちゃんはあの時の奴か!」
そういってライオネルはバンバンとヒューイの背をたたく。
ある程度鍛えているとはいっても、体躯では劣っているヒューイはそれだけでつんのめりそうになる。
「それにしたって、変な仮面してンな」
「これは外せない事情がありまして……」
「まぁな、この多種族社会じゃどんな事情があったって不思議じゃないからな」
この国は、いわゆる多種族社会で成り立っている。鋭敏な五感を持つ獣人、器用な鉱人、長命な森人、屈強な竜人の四種族だ。
四種族に対応する四人の王が東西南北の四つの領土を分割統治し、国自体の方針は四人で集まって決めるという治世を行っている。
「ライオネルさん、なにか手伝えることってないのですか?」
そうやってマリアがライオネルに問うと、彼は腕組みをしてうなる。
「収穫期なんだから、人手がいくらあっても足りないんだがな――、あ」
「どうしましたか?」
「いや、あんちゃんは冒険者だろ?」
ライオネルはそう言ってヒューイの腰に佩いた剣を指す。
「ランクはいくらだ?」
冒険者にはランク制度がある。
大きく分けて金銀銅の三種、細分化すると十五等級。最下位は銅の五等級で最高位が金の一等級だ。
「銅の三等級です」
「う~ん、銅の三かぁ」
ライオネルはそういって首をひねる。
半年前に登録したにしてはヒューイの銅の三等級というのは十分高い値なのだが、そんなことは知らないライオネルは、ヒューイを駆け出し冒険者ととらえた。
「いやなに、実はここから少しした山道に山賊が居ついているようでな」
「――ほう?」
ヒューイの脳裏には先日襲われた五人組が過っていた。
「収穫した荷を売るために来る行商も来れないし、近隣の村から感謝祭目当てで来る観光客も来れないしで、ほとほと困っていたんだが」
「なるほどそいつ等を何とかすればいいんですね」
「いやいやいや!!」
そこでライオネルは慌ててかぶりを振る。
「仲間がいるならともかく、あんちゃん一人であいつ等は無謀だって」
「そうですか?」
「――古森人が世間知らずってのは本当みたいだな」
「失敬な。じゃあこうしましょうか――」
こうして今晩の約束を取り付け、ライオネルのもとを後にする。
「お兄さん、あれでよかったのですか?」
「ん、大丈夫だよ」
自身のことを心配してくれたマリアの頭をヒューイはくしゃくしゃと撫でた。
……to be continued




