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四族世界のレガリア  作者: 烏妣 揺
2/10

第一話「旅人と少女」(Ⅰ)


□■□


――■■、ねぇ■■!

 誰かが、俺を呼んでいる。今の俺とは違う名前で俺を呼んでいる。ひどく懐かしい声だ。

――■■、もう朝だよ?

 知っている、知っているんだが、もう少し寝かせてくれ。なんだか疲れているんだ。

――……、どりゃー!!

 ……わぶっ! 急に覆いかぶさって来るなよ!

――へへっ、おはよう■■

 眼を開けるとそこにはいつも通りの彼女の笑顔があった。綺麗な赤い髪が朝日を反射してキラキラと輝いてる。

 ……おはよう。

 そういって彼女の名前を口にしようとするが不思議と出てこない。

――どうしたの?

 いや、何でもないよ。

 だがそうはいったものの、こんな大切なことを忘れるなんておかしい。

 そう思った瞬間、ふと冷たい風が頬を掠める。

 そして気が付くと景色は一変していた。

 刃のように鋭利な枝葉を伸ばす黒々とした木々が生い茂る森の中、吹きすさぶ吹雪が叩きつける中で俺は血まみれで雪の上にはいつくばっていた。

 忘れもしない、故郷――黒剣の杜の光景だ。

「あなたには死ぬ権利はありません」

 そして顔面を思いっきり蹴り飛ばされる。

 消えた彼女の代わりに目の前にいたのは――師匠。

「さぁ、剣を構えなおしなさい」

 俺はそこで剣を握っていたことに気付く。

 自分を奮い立たせる為に大きく叫びながら、起き上がりと共に低い姿勢から突き上げるように刺突を首元に放つ。しかし、師匠はそれを軽く軸をズラすだけで躱し、カウンターとして剣の柄で俺の鳩尾を強く打ち付ける。

 その衝撃で肺の空気が全て放出され、口の端から血の泡が吹き出る。そして二、三歩程後ろに後ずさりまた地面にうずくまる。

 剣を杖のように地面に突き刺して起き上ろうとするも、師匠はその剣に足払いを掛ける。

「剣は杖ではありません。貴方にはまだ剣に対する真摯さが足りません」

 ばたりとまた地面にぶつかる俺に対して、師匠は冷酷に告げる。


「さぁ立ちなさい、ナナシ」


 □■□


「!?」

そして、ヒューイは飛び起きた。心臓はバクバクと脈打ち、汗は止まらない。

今まで見たものが、夢だと認識するまでに数十秒を要した。

「ゆ、夢か……」

 そう考えてほっとしたのもつかの間、今自分がいる場所に気が付く。

 そこは掃除の行き届いた、質素ながらも綺麗に片付いた部屋だった。ヒューイはそこのベットに寝かせられていた。

「俺は確か、橋から落ちてそれで……」

 そこまで考えたところでふと自分の頬に触れる。

「あ、仮面!?」

 慌てて顔をぺたぺたと触って確認すると、そこにあるはずの仮面は確かに存在していた。そのことにほっと胸をなでおろす。

 わざわざ助けてくれた人を口封じに……なんて後味の悪いことを考えずに済んで安心する。

 ――そう、助けられた。助けられたのだ。

 そのことを思い至ったヒューイは助けてくれた人の人物像を探ろうと改めて部屋を見渡す。

 部屋には自分が寝ていたベッドの他に、反対側にも同じベッドがある。二つのベッドの横には机や箪笥などの最低限の家具が二つずつ置いてあり、部屋の真ん中から対照的な配置をしていた。

 この感じは、普通の家ではない。それでもって宿屋の部屋とも違う。

「しいて言うなら、寮室か?」

ヒューイは共同生活を送る部屋という印象を抱いた。

つまりこのことから把握できる人物像は――

「全くわからん」

 さもありなん。

 もともと半年前まで故郷である黒剣の杜しか知らなかったヒューイには、この少ない情報から推察できるわけなかったのである。

 その時、ガチャリと扉が開く音がして、咄嗟にヒューイは身構える。

 視線の先にいたのは、荷物を抱えた十歳くらいの獣人の少女だった。

 この辺では珍しいふわふわとした白い髪、翡翠色の丸い瞳、その容姿は幼いながらも整っており、あと十年もすれば、美しい女性に成長するであろうことが想像できる。身長はヒューイの胸より少し下くらいだろうか。服装は紺色のスカートに白いシャツといった質素だが質は悪くないものに思えた。

「あ、お兄さん目が覚めたのですか!」

 少女はベッドから起き上がっていたヒューイを見てそう言った。

「あ、あぁ」

 予想だにしなかった恩人?の姿に呆気に取られるヒューイ。

「お兄さんの着ていたモノは今乾かし終わったので持ってきたのです」

 そう言った彼女が抱えている荷物の正体はヒューイが着ていた服だった。

 そのことに気がついたヒューイは同時に今の自分が肌着姿であることにも気づく。

「申し訳ないのです。この教会には女の人しか住んでいないですので、男の人が着る物がそんなものしかなくて……」

「――ここは教会なのか?」

「なのです」

 修道女たちが住み込みで働いているのなら、寮室に似た雰囲気があるのは納得だ。

「そうか、助けてくれてありがとう」

 そう言うと少女は照れたようにはにかむ。

「いえ、マリアはお兄さんを見つけて皆んなに知らせただけですので」

 この少女の名前はマリアというらしい。

「いや、それでも充分だよ」

 見つけただけと彼女は言うが、濡れた服を着た男性を運ぶのは大の大人でも骨が折れる。

 一人でなんとかしようとするのではなく、大人達を呼びに行ったマリアの判断は正しいと言えた。

 そのことを考えて、年の割には聡い子なのだろうという印象をヒューイは抱いた。

「ありがとう。取り合えず着替えるから、着替え終わったら責任者のもとへ案内してくれ」

 そういってヒューイは彼女から服を受け取り、着替える。

 着替え終わったヒューイは、部屋にあった姿見の前に立ち、格好を整える。

 その姿見に映っていたのは、若草色の外套を羽織った、身長百八十センチくらいの細身の青年。外見年齢は十八歳くらいと思われるが、仮面によって顔の大部分が隠れている為、詳しい年齢感はわからない。仮面は儀礼用と思われる豪奢なもので顔の上半分と、森人特有のとがった耳を覆い隠すメット状のデザイン。外套の下の服装は白いYシャツの上に上下黒を基調とした服を着ている。ただそれは普通の服ではなく、裏地に鋼色のスチールウルフ――黒剣の杜の固有種で、生半可な剣を弾き返すほど強靭な体毛を持つ狼――の毛を編み込んだ、いわば隠れた鎧だったりする。

 つまり、いつものヒューイが映っていた。

「よし、こんなもんかな?」

 そういって服の襟を正したヒューイは、マリアへ向き直る。

「じゃあ、案内頼めるかな」

「はいなのです!」

 元気に返事をしたマリアに連れられて、ヒューイは部屋を後にする。

 部屋を出て廊下を進んでいく二人は、ほどなくして大き目な扉の前につく。

「この時間なら、お姉さまは大体聖堂にいるのです」

「お姉さまっていうのがここで一番偉い人?」

「そうですね……もっとも、この教会にはマリアとお姉さましかいないのですが」

 そういいながらマリアは扉を両手で開ける。

 中はこじんまりとした木造の聖堂だった。

 いかにも田舎の教会といった質素なつくりではあったものの、掃除はよく行き届いており、備品も高価なものはないが手入れが行き届いており、そこからきちんとした信仰心が垣間見れた。

 聖堂の奥に鎮座するのは、この教会の信仰の対象である仮面をかぶった優しげな男性――森人の王である森王の像があった。

 今のこの世界では神を祀る文化がない。神を祀るのは野蛮な前任者達の文化だからだ。

 その代わりに各地で信仰されているのが森王ジューダスだ。森王ジューダスは四族同盟設立された当時から四人の王の内の一人として存在している古森人で、不死である古森人の中でも最も長命で神に限りなく近い。そして神とは違い実在してより良い治世という形で、人々に目に見える結果を出していることから神の代わりに信仰の対象となっている。彼を祀る教会自体はこの国全域にあるが、彼が直接治めるこの北方では特に信仰が強い。

 ヒューイは、その森王の像の前で手を組んで祈りをささげている女性を見つけた。

 修道服に身を包んだ美しい女性だ。

「お姉さま、お兄さんが目を覚ましたので連れてまいりました」

 マリアの声に彼女がゆっくりと振り向き、紫水晶のような瞳がヒューイを映す。

「まぁ、旅人さん。無事目が覚めたようで何よりですわ」

 彼女はそう微笑みながら言った。

「いえ、此方こそ助けていただいて感謝します」

 ヒューイがお礼を述べると彼女はいえいえとかぶりを振る。

「私たちこそ、古森人の方を助けられて光栄ですわ」

 ニコニコと笑顔でそう答える彼女に対してヒューイは少し苦い顔をする。

「やめてください、そういう貴族扱いは好きではありません」

 古森人は森人の上位種であるから、森人達からはほかの種族社会での貴族と同等かそれ以上の扱いを受けることがままある。

 黒剣の杜では自分以外に住んでいるのが姉と師匠のみだったため最下位カーストだったヒューイは、外の世界で自分がどういう扱いをされるかを旅立つまで知らなかった。

 故にこういった扱いを受けることに酷く抵抗を感じるのだ。

「そうですか、わかりました。そこまで仰るならこれからは普通に接させていただきます」

「そうしてもらえると助かります」

 その言葉を聞いてヒューイは少しホッとする。

「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたわね。私はセリア・H・ルークス、森人です。こちらが――」

 彼女――セリアに促されてマリアは自分も自己紹介がまだだったことに気が付く。

「あ、マリアはマリア・ルークスなのです。獣人です」

「ん、ルークス?」

 ここでヒューイは種族の異なる二人の苗字が同じことに気が付いた。

 そもそも、種族ごとに名前の法則は違う。獣人は苗字にあたる部分が家名であるが、森人は出身地を表す。

 だからこそ少し不自然を感じた。

「あぁ、ルークスはこの教会の名前で、元々は孤児院も併設していたのですよ」

「……なるほど」

 つまり、この二人は孤児院時代から、ここにいたから種族は違えど同じ名前なのか。それなら家名と出身地が同じでも問題ないなとヒューイは思った。

 さて、問題はここからである。

 この流れからしてヒューイ自身も名乗らなくてはならないのだが、相手が森人である場合は少々面倒なことになるのが予想された。

 しかし助けられた手前、偽名を使うのも憚られた為、仕方なしにヒューイは素直に名乗ることにした。

「ヒューイ・A・ブラックソードです」

 その名前に――より正確ならばその苗字にセリアは反応した。

「ブラックソード? 貴方はあの“聖域”黒剣の杜出身なのですか!?」

 ほーらやっぱりこうなったとヒューイ内心うんざりした。

 “聖域”。それはこの世界に魔法というおとぎ話の中でしか存在しないと思われたモノが存在したとされる三つの証拠のうちの一つ。

 普通の自然法則から逸脱した不可思議な現象が、まかり通る七つの場所のことである。その希少性と危険度から只人は決して踏み入ることができず、四族同盟に認められた管理者たる巫女と守り人だけが住むことを許される。

「まぁ、じゃあ旅人さんは守り人様なのですか!」

「い、いやまぁその見習いといいますか」

 一応、ヒューイが旅に出た理由は、“守り人の後継者になる修行の為”というのが表向きの理由となっている。

「お姉さま、お兄さんは凄い人なんですか?」

「えぇ、凄い方ですわよ!」

 ヤッベェ、なんか盛り上がり始めたとヒューイは思い。

「だ、だからそういったのは……」

「あ、そうでしたわね」

 そういって照れたようにセリアは笑う。どうやらセリア自身も堅苦しい性格ではないようだ。

「あぁ、そうだ。俺の荷物、あと剣はありますか?まさか――」

「いえ、剣はあります。ただ神聖な場所で武器をお預けするのは抵抗がありましてこちらで預からせていただいてます。なので後でお返しいたします。ただ――」

 そこで言い淀んだことで、ヒューイは嫌な予感を感じた。

「あの、ごめんなさいです。お兄さんを見つけた時に鞄は見つけたのですが、その、中身は殆ど流されたみたいで……」

「……不幸だ。財布だけでなく荷物も無くすなんて」

 ヒューイはがっくりと肩を落とした。

 荷物だけ、財布だけならよかった。いや、よくはないがまだマシではあった。片方だけならまだすぐ旅を続行できたが、両方はさすがにつらい。

 せめてお金を何とか工面しなければ。そうすればなんとか荷物も再購入して続けられるのだが。

「そうだ、冒険者組合!冒険者組合はありますか?」

 この国には冒険者という職業がある。その名称こそこの国が未開拓だったころの名残でしかないが、彼らの存在は未だこの国にはなくてはならない存在だ。

 彼らの業務は多岐にわたり、前任者達の残した遺跡などの探索などのその名に恥じぬものから、要人や商人の警護などの傭兵まがいのことや田畑の収穫の手伝いまで、言ってしまえば戦える何でも屋だ。

 特別な事情がなければ組合に申請すれば誰でもなれる上、仕事を選ばなければ食うには困らない稼ぎを得られて、かつ土地に縛られない故にこの国では大変重宝されている。

 ヒューイは以前大きな街に立ち寄った際に、旅費を稼ぐのと身分証の発行のために冒険者として組合に登録したため、ここに組合があればそこから稼ぐことができると踏んだのである。

 しかし、現実は非常である。

「あの、お兄さん。この村にはそんなのないのです」

「――村?ここは村なのか?」

「ハイです。冒険者組合がある街へは、馬車で最低三日かかるのです」

「……みっか」

 残念なことにその馬車賃すらも今のヒューイには、ない。

「詰んだんじゃないか、これ?」

 不幸は続くよどこまでも。

 いまさらながら師匠の言葉がヒューイの脳裏を過る。

『貴方はどうしようもない愚図で間抜けなのですから、どうしようもなくなったらさっさと命を投げ出すのがよろしい。さすれば来世は虫けらとして、虫けら並みの幸福を得られるでしょう』

 ……あれ、思い出す言葉間違えてない?そうヒューイは思ったが、師匠の言葉は辛辣で大体ヒューイに死ねと言っているようなものだったので、こういった危機を回避するアドバイス的なのは皆無であった。

 そんな中、セリアがヒューイに救いの手を差し伸べる。

「あの、ヒューイさんがよろしければ、しばらくこの教会に滞在しませんか?」

「え、でもお金が――」

「大丈夫です。もともと困っている人を助けるのが教会ですから」

 そういって天使のように微笑むセリアに対して、拝みそうになるヒューイ。

「旅費についても心配ないと思います」

「え、ほんとですか!?」

「もうすぐこの村で、秋の収穫感謝祭が行われるのです。そこで村の人たちの出店する店を手伝うか、あるいはヒューイさん自身が出店すれば、片道分の旅費くらいはたまると思います」

 そう、ここで旅費を全部稼ぐ必要はない。ちゃんと稼げる大きな街に行くための馬車賃さえ捻出できれば何とかなるのだ。

「そうですか!ありがとうございます!」

「あ、でも泊めてあげるかわりに教会の手伝いとかもお願いしますね?」

「それはもちろんです。大丈夫、そういうのは得意です」

「得意……?」

 一般的な古森人のイメージからだいぶかけ離れたことをいうヒューイに困惑した表情をするセリア。

 上位種たる古森人は基本崇め奉られている為、現世のことには疎い印象が強い。

 セリア自身は半ば冗談のつもりで言ったのだが、こうもいい返事をされるとは思っていなかった。

 実際のところ、ヒューイは修行中は、家事全般を師匠に任されて居た――もとい押し付けられていた為に、どれもそれ相応にできる。

 古森人は現世に疎いという言葉は、ヒューイには別の意味でよく当てはまる。

 黒剣の杜しか知らずに育った彼は、旅立って半年経った今でもだいぶ世間知らずだったのである。

 こうして感謝祭まで――一週間の間の共同生活が幕を開けた。

 森人の修道女と獣人の少女、そして古森人の旅人という変わった三人の過ごすこの一週間が、この四族世界の運命の歯車を回す最初のキッカケになるとは、この時はまだ誰も――この世を去った神々すら知らない。



……to be continued


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