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四族世界のレガリア  作者: 烏妣 揺
1/10

プロローグ


 この世界は平和だと、彼――森人の青年ヒューイ・A・ブラックソードは思う。

 ここ三百年、戦らしい戦は起こっていない。森人、鉱人、獣人、竜人の四種族とそれを束ねる四人の王からなる四族同盟がしっかりしているおかげで飢えるヒトも無く、奴隷制度も廃止され、金はかかるが医療もおおよそ万人が受けられる。

 まぁ、そこに行きつくまでには様々な苦難があったが、前任者がとんでもない反面教師だったからこそという部分も確かにある。

 兎に角、今の時代は前任者の時代より遙かに平和で、安全ということだ。

 ただ、それにも限度というものがある。

 例え豊かになろうとも、災害や犯罪は無くならない。それらがもたらす突然の不幸によって散る命というのも少なくはない。

 そういう不幸が万人に平等に降りかかるものだと思ったら大間違いだと、かつて故郷で師匠に散々扱かれた際にヒューイはそう言われた。

 それは確か、弟子入り三日目でスチールウルフを狩って来いと群れのど真ん中に叩き出されるという修行のあとだったか。

 師曰く、星のめぐりが悪いヒトとやらがこの世界には存在していて、その人らは何もしなくとも不幸の方から寄ってくるのだという。

 そして、お前は確実にそちら側だとも。

 故郷から旅立って半年が経った今日。小雨が降る旧街道をフードを目深に被って、次の街へ急いでいた。

「おい、兄ちゃん。ちょっといいか?」

 そこの途中の寂れた橋の上でヒューイの前に現れたのは、見るからにガラの悪そうな三人の男。顔の横から黒いふさふさした毛が覗いていることと、腰から延びるこれまた黒い毛におおわれた尻尾が見えることから三人とも獣人。

「ちょいと悪いが、俺たち金に困っていてね。悪いが金目のモン置いてってもらえないか?」

 これはあれだ。いわゆる山賊と言う奴だ。

 そう思ったヒューイは咄嗟に逃げる算段を立てようと後ろに視線を送る。

 しかし、そこにも奴らの仲間と思わしき獣人の男が二人、立っていた。

 ここは逃げ場のない橋の上、完全に嵌められた形だ。

 こんなことなら旅費をケチらないで、安全な街道を馬車の定期便に乗って行くべきだったなと後悔しても、もう遅い。

「申し訳ないが、先ほど財布を落としてしまってね」

 もしかしたらと思って、正直に申告をする。

 旅費が入った財布は、運の悪いことに紛失してしまい、さっきまで途方に暮れていたのだ。

「じゃあ、しょうがねぇなぁ」

そこで手前の山賊は、ニタニタと笑う。

まるでここまでの会話が予定調和だった、とでも言うように。

「殺して身ぐるみ剥ぐっきゃないじゃないか!」

「――そうなるか」

 不幸、不幸だ。

 どうしてこう不幸は重なるのか、俺が一体何をしたというのだ。

 そうやってヒューイが自分の不幸を嘆いている間に、一番手前にいた男が使い古された山刀を引き抜いた。

「死ねやゴルァ!!」

 こちらに向かって走り寄り、振りかぶった山刀が煌めく。

「まぁ、不幸はお互い様か」

「――、が、ごフっ?」

 煌めいた山刀はそのままヒューイに向かって振り下ろされることはなく、だらりとその腕が垂れ下がる。

 その山賊の首には、ヒューイのスローイングダガーが深々と差し込まれていた。

 唖然とした奴らが正気を取り戻したのは、その山賊が崩れ落ちた後だった。

「まず、一人」

「――て、てめぇ!!」

 後ろにいた一人が激高し手斧を握り、突進するように迫る。

 その瞬間にヒューイは腰に佩いた剣を抜刀する。

金属に近い、だが金属とは異なる奇妙な光沢を帯びた、鍔が無く柄と刃が一体化した奇妙なつくりの黒い両刃のバスタードソード。

バスタードソードは片手半剣といわれる両手剣と片手剣の中間にあたる剣で、その中でも刺突と斬撃の両方を行うことができる複合性能を持った剣だ。

その汎用性は極めて高いが、その汎用性と剣自体の独特な重心バランス故に厳しい訓練なしでは扱うことすらできない剣としても有名である。

故に、そのバスタードソードを好んで使ってるヒューイの技量も推して知るべし、といったところか。

 彼に向かって横なぎに振るわれたその斧を、右手に持った剣で弾きいなし、自由な左手で掌底を相手の顎に叩きこむ。

 直接脳を揺さぶられ脳震盪を起こし、ふらつく山賊のみぞおちに、深々と切っ先が差し込まれた。

「二人目」

 二人目を殺した瞬間、奥に控えていた三人目が弓を引き絞り、矢を放つ。

「――!」

 放たれた矢が目深に被ったフードの裾を掠めて飛び、端がめくれ上がりヒューイの顔が山賊たちにあらわになる。

「なんだてめぇ!?」

 彼の頭の上半分を覆うメット状の仮面を見て山賊たちに動揺が走る。

 ソレは豪奢な装飾が施された儀礼用の仮面。そんなものをつけている人種はこの国では一つしかないのを山賊たちは知らない。

 その人種とは古森人。寿命という概念がほぼ存在しない森人の上位種にして、神に等しき者たち。只人と接する際には仮面を被り、その素顔を晒すことが無い。そしてその全てが有り余る時間を武の研鑽に費やした達人であることなど、学のない山賊たちは知る由もない。

 続けて放たれた二発目を刺したままの山賊の死体を盾にして防ぎ、盾にした死体で左手を隠す。

 隠した左手で近くに倒れ伏した一人目の山賊の手から山刀を引き抜き、投擲。

 投擲した山刀は、次の矢を番えようとしていた山賊の額に吸い込まれ、そのまま絶命させる。

「これで、三人だ」

 慣性の法則に従って仰向けに倒れた三人目を見て、残り二人の反応は劇的だった。

「ひ、ひぃ!」

「な、なんだよ畜生!!」

 そう言って、橋の反対側へ脱兎のごとく逃げ出した。

 瞬く間に仲間三人が殺されたのだからその反応もやむなしと思われるが、ふとここでどうしようかという考えがヒューイの頭をよぎる。

 無益な殺生は望まないから、このまま逃げてもらって全然構わない。だが、もしもこれ以上仲間がいて呼ばれてしまうと困る。

 このまま二人を始末してしまった方がトータルとしてみると人数殺さずに済むのではないか。

 そんなことを考えてしまった、その隙に奴らはとんでもないことを始めた。

「――あ、やべ」

 逃げた二人はあろうことか橋の対岸でつり橋を支えるロープを切断しようとしていた。

 それだけはまずいと、急いで奴らのもとへ走る。

 ――が、彼がたどり着くより先に片方のローブが切れた。

 ガタンと橋が斜めに傾き、切り捨てた三人分の死体が谷底を流れる渓流に落ちてゆく。

 ヒューイはバランスを崩し、咄嗟に剣を橋板に突き立て流れ落ちるのを防ぐ。

 だがこれは悪手で、詰みだ。

 こうなってしまったからには、再び走り出すことは叶わず、この後に待っているのは――。

「死ねや、仮面野郎!」

 ――とうとうもう片方のローブは切られ、橋が落ちる。

 重力に従って落ちた橋は、彼を乗せたまま片側へ吸い寄せられていき、ヒューイを対岸の壁に叩きつける。

「がはっ!」

 対岸に叩きつけられた俺はその衝撃をまともに受ける。その反動で刺した剣は抜け、自由落下に身を任せることになる。

 財布落とした上に、山賊に襲われ、挙句谷底に落ちるとか。本当についていない。

「――師匠にこの無様がばれたら殺されるな」

 こうして彼は、谷底を流れる渓流にドポンと落ちたのであった。


……to be continued


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