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廃神様と女神様Lv1  作者: 井口亮
第一部『導入編』
52/296

進撃のデカマラ、陰毛は衰退しました。

 デンジャーカオスキマイラの咆哮が響き渡るや、大きく振り上げられた足が大地に振り下ろされる。

 衝撃が広がり、激しく揺れる大地に足を取られてキクが大きくバランスを崩した。

 そこへなぎ払うように振るわれた尾撃が伸びてキクを激しく打ち据える。

 大気を震わせて震われた尾の強力な一撃がキクの足下を大地から離す。


 「……くぅ」


 痛みに呻くキクはそれでもハンマーを振りかざし、続く獅子の牙を跳躍して避けると勢いよく回転しながら槌を振り下ろした。


 ――『ヘビースタンプ』を回避スキルとして扱う運用はヘビーナイトのそれと変わらない。


 即座にポーションを口に含み、ハンマーを引きずりながら『ステップ』で距離を取るキクだがデンジャーカオスキマイラは振り返ることなく頭の蛇を伸ばして追撃する。

 心配要らないと豪語していたキクだが、傍目に見ても劣勢だった。

 俺やキクのベースレベルが50レベルカンストとはいえ適正レベル40代後半フィールドに出現する大人数討伐を想定された巨大ボスモンスターだ。

 一人で相手をすることを想定されて作られた相手ではない。

 現時点での回避系スキルを充実させたうえで全ての攻撃を回避できるかどうかに設定され、その攻撃力もまた大人数で入れ替わり立ち替わり回復をしながらの戦いとなることを想定した強さなのだ。


 ――ましてやその耐久力は並大抵のボスモンスターの倍はあるだろう。


 キクはデンジャーカオスキマイラの手痛い一撃をもらってようやく正攻法を思い出したのだろうかその側面に回る。

 デンジャーカオスキマイラがその特性をプロフテリアの大剣を破壊することに特化していることから、途中、進行方向を変えることは無い。

 これは言い換えれば自分とデンジャーカオスキマイラの立ち位置で攻撃方法をある程度制限して戦うことができるということだ。


 ――真正面から戦うより、側面、あるいは後方から戦う方が攻撃パターンは少なくなる。


 当然、そうなれば足を止めて攻撃することが少なくなるからデンジャーカオスキマイラの進行速度は速くなる。

 だが、死んでしまえば元も子もないのだ。

 ポーションでHPが十分に回復するまでは比較的安全な地点から攻撃を加えようとする判断は間違っちゃいない。

 だが、真正面を向くことしかしないということは当然、側面や背面への攻撃手段も当然の如く有しているということだ。

 デンジャーカオスキマイラが周囲に毒を吐く。

 それらの間を縫って走るキクにゆるやかな放物線を描いて毒の塊が飛翔する。

 それに一瞬気を取られた最中、伸びた蛇がキクを打ち据える。


 ――ごっそりと持っていかれたHPにキクは流石に焦りを覚えたようだ。


 ステップを連続で使い距離を大きく離すと躊躇することなく霊薬を口に含む。

 その直後だ。


 ――デンジャーカオスキマイラの蛇達の目が一斉に輝く。


 ざわざわと蛇達がうごめいたかと思うと一直線に伸びる。

 吐き出すべき毒を頬に溜め、一斉に膨らんだ蛇たちがぐるりと頭をもたげキクを捕らえる。

 そして、飛翔する。


 ――ストレンジアクション『ヴァイパーストライク』。


 離れた距離に居る火力職やバフ職を狙う遠距離用のストレンジアタックだ。

 このストレンジアタックの厄介なところは自爆モブである『スラグヴァイパー』を大量に吐き出し、それらを殲滅しない限り延々と追いかけられるというところだ。

 飛翔した蛇は大地を這うとキクに肉薄して弾ける。

 弾けた蛇の頭が爆風で毒を散らし、周囲に毒霧をまき散らす。


 ――直撃をもらえば、毒と高威力の爆破ダメージで一気に死ぬことすらある。


 キクはステップとハンマーのスマッシュを繰り返し、一匹一匹の蛇の頭を潰してゆく。

 だが、それでも潰しきれなかった蛇がキクの傍らで爆発しその身体を毒で蝕んでいた。


 「つぁぁ……マズいかも……これ」


 キクが弱音を上げる。

 それもそのはずである。

 毒というバッドステータスの引き起こす症状はファミルラからの伝統で、ランダム性が強い。

 一定時間全ての速度が減少したり、視界が見えづらくなったり、それこそHPやMPが減少することはもちろん、各種ステータスの低下も引き起こす。

 一度、フィールドで喰らってその仕様を確かめたこともあるが、気持ち悪さが同時にやってくるものだから足下もおぼつかなくなる。


 「……格好つけてこのザマじゃあ……」


 本格的にキクが諦めそうになる。

 ブレド大橋の石畳の上を走る蛇たちが一斉にキクに向けて走ってゆく。


 「……っ、ごめんっ!」


 キクが目を瞑り、完全に諦めた時だ。

 大気を引き裂く甲高い音が鳴り響き、地上の蛇たちが爆散した。

 まるで地面を焼き払うように広がった衝撃が蛇たちの頭の悉くを挽きつぶす。


 「……あ」


 ――銃系モーションスキル『スプレッドショット』


 元来、単発用の銃に範囲を持たせた範囲攻撃用モーションスキルだが、それがショットガン仕様の範囲だと恐ろしい範囲を誇るようになる。

 広範囲攻撃の『ヴァイパーストライク』の『スラグヴァイパー』の耐久程度であれば余裕で粉砕できるどころか、その広い範囲に任せて殲滅すら可能だ。

 血煙が燻るブレド大橋に降り立ち、俺は大跳躍をした反動を足の裏で殺す。

 毒の障気とともに散った蛇の向こう、太陽を背にして俺はキクににっと笑いかける。


 「へいキクちゃん!何自分から薄い本作ろうとしてん?」


 上空から地面に重々しく着地し、両腕にクロスボウとショットガンを構えた俺はキクの前に立つ。

 俺の腕の中でぐるぐると回るショットガンが小気味よくカートリッジを吐き出し乾いた音を立てる。


 「キクちゃんがデカマラにズッコンバッコンされる薄い本に需要なんてねーから」

 「うるっさいわね!本気であんたからしばくぞ!」

 「いっちょやっちゃくんねーか?壁使って飛ぶのもしんどいんでな?」


 俺がぐるりと首を巡らせて、にっと笑うとキクは怪訝な顔をしたがやがて理解した。


 「あんた、ブッパやる気?」

 「この構成見たらそれっきゃないだろ?」

 「……なら、カチあげてあげるわよ」


 キクは即座にハンマーの『ヘビースマッシュ』をチャージし始める。

 そのチャージが終わりきる前に振るわれたハンマーが轟音を立てて唸る。


 ――その打撃はデンジャーカオスキマイラではなく、俺へ。そして、上から下ではなくて、下から上へ。


 チャージの長さでモーションの変わる『ヘビースマッシュ』の振り上げ。

 雑魚モブに大量に絡まれた時の緊急回避用としても使われる『ヘビースマッシュ』の振り上げモーションには特徴がある。


 ――攻撃対象の打ち上げ。


 軽く跳躍し、ハンマーに乗る形となった俺を激しく打ち据えて振り抜かれる。

 突如、強力な加重がかかった俺の身体が空に打ち上げられ自由がきかなくなる。

 途中、軽業の『受け身』で姿勢制御をして自由を取り戻すと、俺の腕の中でショットガンが激しく回り、火を噴いた。


 ――銃モーションスキル『フレンジショット』


 リロード時間を無視した単位時間火力の攻撃力を高めた連射だ。

 吐き出された弾丸が激しく上空からばらまかれ、デンジャーカオスキマイラの蛇たちを潰していく。

 次々に生えてくる蛇たちが一斉に俺の方を向き、上空へ伸びる。


 「――あーいきゃーん、フラァァイっ!」


 クロスボウの引き金が引かれ、クォレルが弾かれる。

 だが、そのクォレルには鈍色の鎖が追従し、上空へ伸びた蛇の頭と俺を繋ぐ。

 命中したクォレルがガチンと音を立てると、鎖が俺の身体を引き上げる。


 ――機械弓スキル『チェーンストック』


 『機械知識』と『道具知識』の混合スキルが条件という特殊な習得条件を持つアーチャー系の特殊スキル。

 チェーンフックを弾丸として直線上に高速で飛ばす『チェーンストック』が遠距離物理職の存在を変えたと言っても過言じゃあない。


 ――アイテムとしてのチェーンフックの欠点を完全に無くしてしまったのだから。


 アイテムとして誰でも仕様できるチェーンフックの最大の欠点は『弾速の遅さ』だ。

 放物線を描く軌道を取るチェーンフックの軌道は投げつけられるのを見てからステップで余裕で躱せる程の早さしかない。

 対人戦やモブ戦で少し足の速い敵と相対した時には全くの無力となってしまう。

 元より移動用のアイテムなのでそれは仕様であると割り切ってしまえばなんのことはない。

 だが、逆に既存のスキルと組み合わせることで活路を見いだしたのがこの『チェーンストック』だ。


 「これが変態機動って奴だ」


 ――空中での『ムーンサルト』からの『スプレッドショット』


 『チェーンストック』の真価は他の軽業スキルとの組み合わせることで、空中での変態的な機動を実現させることだ。


 ――『ウォール』に張り付き『壁蹴り』で高度を得ると、デンジャーカオスキマイラの足下に降りたってからの『フレンジショット』


 縦横無尽に走り回り弾丸をばらまく。

 上空の蛇の頭に『チェーンストック』と『フックジャンプ』で一気に飛び上がり、頭を『壁蹴り』して、さらに『ムーンサルト』。

 いくら広範囲の攻撃を繰り返すデンジャーカオスキマイラとてターゲットの位置が変遷し続ければAIがどの攻撃をすればよいのか迷う。


 ――空中戦の利点とはそれだけじゃあない。


 大概のモブの攻撃パターンというのは二次元的な思考で考案される。

 自分の位置、相手の位置を平面におき、それに対してどういう方法で攻撃することが効果的かを考慮して組まれているのだ。

 上空という立ち位置に存在できるキャラクターが限りなく少ない状況であれば、対空攻撃という選択肢はAIには無い。


 ――立ち位置に上空という選択肢を得た場合、モブによっては全くの無力化すら狙える。


 上空という3次元的な位置取りを想定した場合、対象との距離が重要になる。

 近接攻撃ができるくらいに肉薄してしまえばそれは最早、上空というアドバンテージを自ら放棄することであり、常に落下や移動を繰り返す場合、いずれの位置からでも攻撃ができる方法が必要となる。


 ――だからこその遠距離物理職。


 即時性の高い長射程火力職であれば上空という位置からでも自在に攻撃を加えることができる。

 腕の中でぐるぐると回る銃の引き金を出鱈目なままに引き絞る。


 ――安全地帯からの一方的な攻撃。


 空中に跳び上がり、クロスボウによる『ピアッシングショット』と銃による『フレンジショット』


 ――両腕に持った遠距離射撃武器をただひたすらに空中からぶっ放す。


 しかし、それだけでは足りない火力をアイテムを駆使して補う。


 ――これこそがアーチャー系の真髄。


 爆炎水晶を空中からまき散らして爆撃する。


 ――デンジャーカオスキマイラを中心にいくつものフレアが膨らみ爆炎を産む。


 「――汚ぇ花火だぜ」


 対人戦、そして一部モブ戦で遠距離物理職が取るべき強力な選択肢の一つ。

 降り注ぐ大量の弾丸と矢を受けて、ひたすら俺に蛇を伸ばすデンジャーカオスキマイラだがそのたびに俺はそれらの蛇を空中への足場としてチェーンフックで昇る。


 「ろーたー……飛んでる」


 デンジャーカオスキマイラがウォールを壊すために獅子の首を振るう回りを縦横無尽に飛び回り、弾丸が爆ぜ回る。

 再生されるデンジャーカオスキマイラの蛇が再生されるより早く、吐き出された弾丸が竜巻のように引きちぎっていく。


 「オラオラオラ!不様にハゲ散らかせ!」


 やがて見えてくる赤黒い肉の塊に弾丸が突き刺さり、スプラッシュエフェクトが散る。


 ――弱点部位に対する攻撃のヒット表示。


 こうなれば、後は早い。


 「さぁ、もう一押ししてやろうか」


 完全にターゲットを俺に移したデンジャーカオスキマイラの蛇や毒が伸びるが数少ない上空判定の間に合わせ攻撃じゃ、捕らえられない。


 「――こいつぁちっくら痛いぜ?」


 弱点部位が露出したのを見てクロスボウからチェーンフックが伸びる。

 上空から急降下して、デンジャーカオスキマイラの剥げた頭に降り立つと足の下に腐肉のぶよぶよした感触を捕らえる。

 だが、それ以上に禍々しい笑みで笑ってやると俺は高揚に任せるまま吠えた。


 「さぁ、剥げろ。これが、最大火力の『ブッパ』って奴だ」


 ――『フレンジショット』からの『スプレッドショット』等の火力スキル系モーションスキルコンボ、通称『ぶっ放し』略して『ブッパ』


 クールタイムを排斥した広範囲複数ヒット判定攻撃を至近距離からぶちまける。

 爆ぜ上がった弾丸が閃光となり、周囲をスプラッシュエフェクトで包む。

 目映い閃光と激しい炸裂音に耳と意識を根こそぎもっていかれそうになるが、それは同時にどこまでも凶悪な快感を俺に与えてくれた。

 大型モブ相手にクラススキル『ウィークショット』の補正がかかったブッパは瞬間火力においては他の追従を許さない。

 巨大な弱点部位とそれらに張りつけるだけの余裕がある敵は限られてはいるが、それでも発動できるのであればこの上もなく凶悪な火力スキルとなる。

 ウォールを突き崩そうとそれでも進むデンジャーカオスキマイラはそうして、大きく首をもたげた。

 赤黒い肉が盛り上がり、潰れたドラゴンの頭を形成し腐汁を滴らせる。

 どこまでも太い首がぬらぬらと輝き禍々しいく脈動する腐肉の首を伸ばす。


 ―――ォォォォォォォォ――ッ!


 空をも揺るがす大きな怨嗟を迸らせ、それは姿を現した。

 デンジャーカオスキマイラ第二形態。


 ――通称『半立ち』


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