第3話「金剛不壊の刀」②
小屋へ戻るなり、私は荷物を床へ下ろした。
「さて」
火持ち粘土。
石。
牙猪の皮。
加工に使えそうな木材。
そして、小屋に残っていた木炭。
必要なものを一つずつ並べていく。
「これで全部ですか?」
「たぶんな」
「たぶん……」
「そんな顔するなよ。作り方は分かってる」
篠の不安そうな視線を受けながら、私は頭の中に浮かんでいるものを確かめる。
ただ材料を集めただけではない。
作りたいものを思い描き、必要な素材が揃った瞬間から、頭の中でばらばらだった知識がひとつの形になっていた。
【制作法の構築】
【簡易炉】
【必要素材:火持ち粘土・石材・木材・獣皮・木炭】
どのくらいの大きさにするか。
火床をどこに置くか。
空気をどこから送り込むか。
粘土をどれくらいの厚さで塗るか。
不思議なくらい、手順が見える。
前世の私は刀鍛冶なんてしたことがない。もちろん、炉を一から作った経験だってない。
それなのに。
「……作れるな」
そう口にすると、胸の奥がむずむずした。
「霧江さん、楽しそうですね」
「分かる?」
「ものすごく」
篠が笑う。
「さっきから、ずっとにやにやしています」
「失礼な。これは職人の顔だ」
「職人さんは、みんなそんな顔をするんですか?」
「少なくとも私はするらしい」
自分でも否定できない。
ないなら作る。
作るために足りないものがあるなら、それも作る。
こういうのは嫌いじゃない。
むしろ大好物だ。
*
簡易炉を作る場所は、小屋の裏手に決めた。
周りに木が少なく、地面も比較的平らだ。火を扱う以上、森のど真ん中よりはずっといい。
「まず土台からだな」
「何をすればいいですか?」
「じゃあ、この辺の石を集めてくれ。平たいのを中心に――」
「分かりました!」
篠が駆けていく。
私は火持ち粘土を桶へ入れ、水を少しずつ加えた。
手で練る。
重い。
けれど、普通の土より明らかに粘りが強い。乾いた時にはかなり硬くなりそうだ。
「おお……」
触っているだけで楽しい。
前世でも、木材を削ったり、壁に漆喰を塗ったりしている時間が好きだった。
形のなかったものが、手を動かした分だけ形になっていく。
あの感覚は、世界が変わっても同じらしい。
「霧江さん!」
「ん?」
「これくらいでいいですか?」
振り返る。
篠が、両腕いっぱいに石を抱えていた。
「多いな」
「足りないと困るかと思いまして」
「いや、助かるけど……それ、一人で持ってきたのか?」
「はい」
よく見ると、腕に抱えている中には、私なら両手で持つような大きさの石まで混じっている。
こいつ、本当に力あるな。
「そこに置いてくれ」
「はい!」
どさどさどさっ。
「雑!」
「えっ」
「炉の材料なんだから割れたら困る!」
「す、すみません!」
慌てて石を拾い直す篠を見て、思わず笑った。
狩りの時はあれほど落ち着いているのに、こういう作業になると途端に危なっかしい。
「やっぱり私、こういうのは向いていないでしょうか……」
「いや。力仕事はめちゃくちゃ助かる」
「本当ですか?」
「ああ。いい助手だよ」
「……助手」
篠が小さく繰り返した。
「嫌だった?」
「いえ!」
ぶんぶんと首を振る。
「むしろ、嬉しいです」
「そっか」
「はい」
なぜか、篠はそれから少しだけ機嫌がよくなった。
*
石を円形に並べ、その上へ練った火持ち粘土を積んでいく。
炉の内側は狭く。
外側は厚く。
下には火床を作り、横には空気を送り込むための穴を残す。
「そこ、もう少し押さえて」
「こうですか?」
「そうそう。……あ、強すぎる」
「えっ」
ぐにゃ。
篠が押した場所だけ、粘土の壁がへこんだ。
「…………」
「…………」
「力加減」
「すみません……」
「狩り以外だと本当に不器用だな、お前」
「否定できません……」
しょんぼりしながら、今度は指先だけで慎重に粘土を押している。
その姿がおかしくて、また笑いそうになる。
でも、篠が手伝ってくれるおかげで作業は早かった。
重い石を運ぶ。
水を汲む。
木材を切る時には押さえてもらう。
私が指示を出せば、篠はすぐに動く。
少し力加減を間違えることはあるけれど、文句ひとつ言わない。
「篠」
「はい?」
「これ、二人でやるとだいぶ楽だな」
「……そうですか?」
「ああ。一人だったら、石運ぶだけで日が暮れてた」
篠の顔が、ぱっと明るくなる。
「では、もっと運んできます!」
「もう足りてる」
「……はい」
「そんなに落ち込むなよ」
「だって、役に立てるのは嬉しいので」
さらっと言って、篠はまた作業へ戻った。
私は少しだけ手を止めた。
昨日聞いた話を思い出す。
武器を壊す。
仲間に迷惑をかける。
だから一人でいる。
こいつはたぶん、自分が誰かの役に立てることを、私が思っている以上に喜ぶ。
「……じゃあ、そっちの木材切ってくれる?」
「はい!」
返事がやたらと元気だった。
*
炉の本体が形になった頃には、昼をかなり過ぎていた。
けれど、完成ではない。
「これで使えるんですか?」
「まだ。いきなり強い火を入れたら、粘土の中の水分でひび割れるかもしれない」
「なるほど……」
「まず乾かす」
日の当たる場所でしばらく置き、その間に送風具を作ることにした。
木で簡単な枠を組む。
昨日手に入れた牙猪の皮を必要な大きさに切る。
空気が漏れにくいよう端を留め、細い木筒へつなぐ。
「これは?」
「ふいご。火に空気を送る道具」
「これを動かせば、火が強くなるんですか?」
「そのはず」
「そのはず……」
「大丈夫だって」
「さっきから、たぶんとか、そのはずとか多くありません?」
「初めて作るんだから仕方ないだろ」
「そう言われると急に心配になってきました」
「壊れたら作り直す」
私がそう言うと、篠が一瞬だけ黙った。
「……霧江さんは、簡単に言うんですね」
「何が?」
「壊れたら、作り直すって」
「そりゃ、作ったものなら直すか、また作ればいいだろ」
「……そう、ですよね」
篠はどこか不思議そうに笑った。
何か変なことを言っただろうか。
まあいい。
ふいごを組み上げ、何度か動かしてみる。
ぶおっ。
木筒の先から、はっきり風が出た。
「おお」
「できたんですか?」
「できた」
「すごい……」
「まだ炉がある」
今度は、乾き始めた炉へ小さな火を入れる。
最初は弱く。
粘土を内側からゆっくり乾かす。
様子を見ながら少しずつ炭を足し、火力を上げていく。
篠は横にしゃがみ込み、じっと炎を見ていた。
「暇なら休んでていいぞ」
「いえ」
「さっきからずっと見てるけど」
「見ていたいんです」
「何を?」
「霧江さんが作っているところを」
「……面白いか?」
「はい」
即答だった。
「狩りをしている時の私も、こんな顔をしているのかなと思って」
「どんな顔?」
「楽しそうな顔です」
炎の向こうで、篠が柔らかく笑う。
「霧江さん、物を作っている時、本当に楽しそうですから」
「まあ、好きだからな」
「……いいですね。そういうの」
その声が妙に優しく聞こえて、私は少しだけ居心地が悪くなった。
「ほら。ぼーっとしてないで、そっちの炭取って」
「はい!」
篠が立ち上がる。
今度はなぜか、さっきより嬉しそうだった。
*
日が傾き始める頃。
簡易炉は、ようやく本来の役目を果たせる状態になった。
粘土の表面は硬く乾き、弱い火を入れても目立った亀裂はない。
「……よし」
「完成ですか?」
「ああ」
私は腰に手を当て、出来上がった炉を眺めた。
見た目は不格好だ。
職人が作った本格的な炉と比べれば、たぶん笑われる程度のものだろう。
でも。
材料を集めて。
土を練って。
石を積んで。
ふいごまで作った。
全部、自分たちの手で。
「できた……」
口元が勝手に緩む。
「霧江さん」
「ん?」
「また、にやにやしてます」
「うるさい」
でも否定はしなかった。
「次はいよいよ鉄鉱石ですね」
「ああ」
私は素材袋から鉄鉱石を取り出した。
まずは普通のものから試す。
炉へ木炭を入れ、火を起こす。
「篠、ふいご頼める?」
「任せてください!」
「待て。全力ではやるなよ」
「……どうして分かったんですか?」
「今までのお前を見てれば分かる」
「失礼です」
「炉ごと吹き飛ばされたら困る」
「そこまでしません!」
たぶん。
篠にふいごを任せ、私は火の様子を見る。
空気が送られるたびに、赤かった炭が眩しいほど明るくなる。
熱気が頬を撫でる。
額から汗が落ちた。
「もう少し」
「はい」
「そのまま」
鉄鉱石と木炭を炉へ入れる。
時間をかけて熱する。
何度も炭を足し、何度も風を送る。
思っていたより、ずっと地味だ。
入れた瞬間に鉄へ変わるわけじゃない。
でも、だからこそ目が離せなかった。
やがて。
「……来た」
炉の中から、黒ずんだ金属の塊を取り出す。
まだ不純物が混じっている。
けれど、さっきまでの石とは明らかに違う。
触れる。
【素材解明】
【名称:精錬鉄】
【特性:加工用金属・鍛造可能】
「精錬鉄……」
「成功ですか?」
「ああ!」
思わず声が弾んだ。
「できた。ちゃんと鉄になってる」
「よかった……!」
篠まで嬉しそうに笑う。
まず一つ。
これで鉄鉱石を加工できることは分かった。
なら。
私は、布に包んで分けていた最後の鉄鉱石を取り出した。
「それは……」
「ああ。当たりの方」
Sランクスキル。
金剛不壊。
これを精錬したら、どうなる?
熱を加えたら消えるのか。
鉄へ変わっても残るのか。
分からない。
だから試す。
「篠。もう一回頼む」
「はい」
金剛不壊付きの鉄鉱石を炉へ入れる。
炭を足す。
ふいごから風が送られる。
炉の中で、赤い光が揺れる。
さっきまでとは違って、妙に緊張した。
これが失敗したら。
あのSランク素材は、それで終わりだ。
「霧江さん」
「ん?」
「大丈夫です」
篠がふいごを動かしながら言った。
「霧江さんなら、きっとできます」
「……根拠は?」
「ありません」
「ないのかよ」
「でも、そう思います」
篠は真っ直ぐこちらを見ていた。
まったく。
そんな顔で言われたら、失敗できないじゃないか。
「じゃあ、期待に応えるか」
「はい!」
火を見る。
頃合いを待つ。
そして――。
「今だ」
私は炉から金属の塊を取り出した。
黒灰色の表面。
熱を孕んだ金属。
見た目だけなら、先ほどの精錬鉄とほとんど同じだ。
息を整え、手を触れる。
【素材解明】
【名称:精錬鉄】
【特性:加工用金属・鍛造可能】
【Sランクスキル:「金剛不壊」付与】
「…………」
残っている。
消えていない。
「霧江さん?」
「……やった」
「え?」
「残ってる」
思わず笑った。
「金剛不壊、ちゃんと残ってる!」
「本当ですか!?」
「ああ!」
鉄鉱石を精錬しても、付与スキルは失われない。
なら、この精錬鉄を材料にして刀を作れば。
まだ確実とは言えない。
でも。
昨日より、ずっとゴールが近くなった。
「篠」
「はい?」
私は熱の残る精錬鉄を見た。
「次は、刀だ」
篠の目が大きくなる。
その顔に浮かんだ期待を見て、私はもう一度笑った。




