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第3話「金剛不壊の刀」①

 篠の目が、大きく見開かれた。


「……どうにかなる、って」

「ああ」


 私は布の上に置いた鉄鉱石を指でつついた。


「こいつに付いてる『金剛不壊』ってスキル。名前どおりなら、壊れにくくする力があるはずだ」

「すきる……というのは、霧江さんにだけ見えているものですよね?」

「たぶんな。私にもまだ、よく分かってない」


 篠は鉄鉱石を見る。


 当然、篠にはただの黒っぽい石にしか見えない。


「これで……壊れない武器が?」

「作れるかもしれない」

「かもしれない、ですか」

「初めてやることだからな。できるとは言い切れない」


 期待させて駄目でした、ではさすがに申し訳ない。


 だから正直に言ったのだが、篠は少し黙ったあと、ふっと笑った。


「それでも、嬉しいです」

「まだ何もできてないぞ?」

「はい。でも……今まで、どうしようもないと思っていましたから」


 折れた刀へ視線を落とす。


「丈夫な武器を買うしかない。でも、高い。買えても、いつかは壊す。そういうものだと思っていました」


 それから、もう一度私を見る。


「だから、『どうにかなるかもしれない』って言ってもらえただけでも、ちょっと……」

「そっか」

「はい」


 なんだか照れくさくなって、私は鉄鉱石を手に取った。


「なら、やってみるか」

「お願いします!」

「ただし」

「はい?」

「まず問題がある」

「問題?」


 私は手のひらの鉄鉱石を見た。


「これ、このまま叩いても刀にはならないよな」

「……なりませんね」

「だよな」


 当たり前である。


 私が持っているのは刀身ではなく、鉄を含んだ石だ。


 武器を作る以前に、まず鉄を取り出さないといけない。


「精錬、か」


 そう呟いた瞬間、視界の端に淡い光が走った。


【制作法の構築】

【素材:鉄鉱石を確認】

【目的:鉄材の精錬】


 文字が一つずつ浮かび上がる。


【必要設備:炉】


「…………」


「霧江さん?」


 私は小屋の中を見回した。


 作業台。


 棚。


 薬研。


 小刀。


 鋸。


 槌。


 その他、元の霧江が残した道具はいろいろある。


 だが。


「炉がない」

「はい」

「やっぱりないよな」

「見れば分かります」


 篠が困ったように笑った。


「町の鍛冶場を借りますか?」

「うーん……」


 それが一番手っ取り早いのだろう。


 でも。


 借りられるかも分からないし、この妙なスキル付き素材を人前で試すのも少し気になる。


 何より――。


「自分で作れないかな」

「炉を、ですか?」

「ああ」

「炉って、作れるものなんですか?」

「作られてるんだから、作れるだろ」

「それはそうですけど……」


 篠の顔に「そういう問題でしょうか」と書いてある。


 その時、また視界が光った。


【制作法を構築します】

【新規制作法:簡易炉】


 頭の中へ、必要な材料と大まかな形が流れ込んでくる。


 炉体を作るための耐火性の土。


 熱を支える石。


 燃料となる木炭。


 それから、火へ風を送るための簡単な送風具。


 ちゃんとした鍛冶場の炉には遠く及ばない。


 けれど、少量の鉄を精錬するだけなら使える。


「……できるな」

「え?」

「簡単なやつなら作れそうだ」

「今ので分かったんですか?」

「分かった、というか……作り方が出てきた」

「造作師って、本当にすごいんですね」

「いや、たぶん普通の造作師はこんなの出ないと思う」

「そうなんですか?」

「たぶん」


 自信はない。


 昨日から「たぶん」ばかり言っている気がする。


 まあいい。


 必要なものが分かったなら、あとは集めればいい。


「篠」

「はい」

「もう一回、素材集めに付き合ってくれるか?」


 篠は一瞬驚いたあと、嬉しそうに頷いた。


「もちろんです!」


   *


 翌朝。


 私たちは、昨日とは少し違う道から森へ入った。


「耐火性のある土なら、沢沿いの崖にそれらしい場所があります」

「よく知ってるな」

「狩りをしていると、地形は覚えますから」

「昨日迷ってたけど」

「それはもう忘れてください!」


 篠が振り返って抗議する。


「あと、今日はキノコを食べるなよ」

「食べません!」

「見つけても近づくな」

「そこまで警戒しなくても大丈夫です!」

「本当に?」

「本当です!」


 ずいぶん力強い返事だった。


 私は笑いながら、その後ろを歩いた。


 昨日の狩りで分かったが、篠は戦闘だけでなく、森での移動や素材探しもかなり頼りになる。


 方向感覚だけは、ときどき怪しいらしいが。


「霧江さん、ここから少し足場が悪くなります」

「ああ」


 細い沢に沿って進む。


 地面は湿っていて、岩には薄く苔が生えていた。


 右手には斜面。


 左手は数歩先から急に落ち込み、その下を沢が流れている。


 落ちたら死ぬほどの高さではない。


 でも、無傷では済まなそうだ。


「気をつけろよ」

「大丈夫です。こういう場所は慣れていますから」

「その台詞、昨日も似たようなの聞いた気がする」

「昨日とは違います!」


 むっとした篠が一歩踏み出す。


 その足元にあったのは、湿った地面から生えた、平たい傘のキノコだった。


 ぐにゅ。


「……あ」

「篠?」


 キノコの傘が潰れた。


 その上で草履が滑る。


「きゃっ!?」

「篠!」


 身体が横へ傾いた。


 よりにもよって、沢へ落ちる側へ。


 私は反射的に腕を伸ばした。


「っ!」


 篠の手首を掴む。


 けれど、勢いまでは止めきれない。


 私の身体まで引っ張られ、足がずるりと滑った。


「うおっ!?」

「霧江さん!」


 空いた手で近くの木の根を掴む。


 腕に篠一人分の重さがかかる。


「ちょ、ちょっと待て……!」

「す、すみません!」

「謝るのはあと! 足、どっか掛けられないか!?」

「はいっ!」


 篠が斜面を探り、突き出た岩へ足を掛ける。


 少しだけ重さが抜けた。


「今だ。上がれ!」

「はい!」


 思いきり引く。


 篠の身体が斜面を乗り越えた。


 篠の手首を放した、その直後。


「わっ」

「うわっ」


 二人まとめて地面へ倒れ込んだ。


 背中に湿った土の感触。


 その上から、柔らかいものがどさっと乗ってくる。


「…………」


「…………」


 近い。


 篠の顔が、目の前にある。


 濃い緑の髪が頬へ落ち、篠の目が、私の目をまっすぐ見つめていた。


 互いの息がかかりそうな距離。


「……大丈夫か?」

「は、はい……」


 篠の頬が、じわっと赤くなる。


 胸元を押さえるように、自分の手を置いた。


「……霧江さん」

「ん?」

「いえ……なんでも、ないです」

「とりあえず、無事でよかった」

「はい。霧江さんが掴んでくださらなかったら……」

「お前、ほんとキノコに恨まれてるんじゃないか?」

「今それ言います!?」


 篠の顔が一気にいつもの調子へ戻った。


 よし。元気そうだ。


「昨日は食べて倒れて、今日は踏んで落ちかけるって、なかなかできないぞ」

「好きでやってるわけじゃありません!」

「分かってるって」


 笑いながら身体を起こそうとして――。


「…………ん?」


 右手に、妙に柔らかい感触があることに気づいた。


 何かに触れている。


 温かい。


 柔らかい。


 ものすごく柔らかい。


 私はゆっくり視線を落とした。


 斜面を上がった篠が倒れ込んできた瞬間、身体を支えようと反射的に伸ばした右手。


 その掌が今、篠の胸元にまともに押し当てられていた。


「…………」


「…………」


 目が合う。


「霧江さん」

「はい」

「手」

「うん」

「どこにあるか、分かっています?」

「今分かった」

「離してください!」

「はいっ!」


 反射的に手を離した。


 篠がばっと起き上がり、胸元を両腕で隠す。


 耳まで真っ赤だ。


「ご、ごめん。事故だから!」

「分かっています! 分かっていますけど……!」


 篠は何か言いかけ、口をぱくぱくさせる。


 私も困る。


 中身が男だからこそ、今の感触を必要以上にはっきり理解してしまった。


 ……柔らかかった。


 いや、考えるな。


「その……怪我、本当にない?」

「ありません!」

「そ、そうか」

「はい!」


 しばらく妙な沈黙が流れた。


 篠は私から顔を逸らしている。


 でも、ちらちらこちらを見ている。


 怒っている――というより、恥ずかしがっているように見えた。


 なんだろう。


 そういう顔をされると、こっちまで妙に意識してしまう。


 ……可愛いな。


 前世から女の子は好きだった。


 身体が女になった今でも、そのあたりはまったく変わっていないらしい。


「……霧江さん」

「何?」

「さっきは、ありがとうございました」

「落ちかけたやつ?」

「はい」


 篠はまだ少し赤い顔のまま、小さく笑った。


「また助けてもらってしまいました」

「次は助けなくていいように、キノコ見て歩けよ」

「もう!」


 篠が頬を膨らませる。


 その時だった。


 倒れた拍子に剥がれた土の下から、赤茶色の層が覗いているのが見えた。


「……ん?」


 指で少し掘り、土へ触れる。


【素材解明】

【名称:火持ち粘土】

【特性:耐熱・成形容易】


「おお」

「どうしました?」

「見つけた」

「何をですか?」

「炉に使える土」


 篠が私の手元を覗き込む。


「これが?」

「ああ。欲しかったやつだ」

「……ということは」


 篠が、さっき自分が踏み潰したキノコを見る。


 そして少し得意そうに胸を張った。


「私、役に立ちました?」

「キノコ踏んで崖から落ちかけたことを功績にするな」

「結果的には見つかったじゃないですか!」

「それはそうだけど!」


 思わず笑った。


 篠も笑う。


 さっきまでの妙な空気が、少しだけほどけた。


 私は火持ち粘土を必要な分だけ採り、袋へ詰める。


 これで簡易炉の一番重要な材料は手に入った。


 あとは石と送風具の材料。


 木炭なら、小屋に元の霧江が作業用として残したものがある。昨日集めた素材も使えば、何とかなりそうだ。


「よし」

「揃いそうですか?」

「ああ。これなら作れる」


 私は立ち上がり、土のついた手を払った。


「帰ったら、炉作りだ」

「はい!」


 篠が元気よく頷く。


 その顔を見ていると、不思議とこっちまで気分が上がった。


 壊れない刀を作る。


 そのために、まず炉を作る。


 なんだか遠回りしている気もするけれど。


 こういう遠回りなら、嫌いじゃない。


  *


 霧江さんの少し後ろを歩きながら、私はそっと胸元に手を当てた。


 さっきから、どうにも落ち着かない。


 崖から落ちかけた私の手を、霧江さんは迷わず掴んでくれた。


 引き上げられた拍子に顔が近づいた、あの瞬間。


 思い出すたびに、胸の奥が小さく跳ねる。


 命を助けてもらったうえに、今日もまた助けてもらったのだ。意識してしまうのは、きっとそのせいだ。


「……どうしたんでしょう、私」


 前を歩く霧江さんの背中を見る。


 なぜだろう。


 もう少しだけ、あの人の近くを歩きたくなった。

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