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第3話「金剛不壊の刀」③

 翌朝。


 私は小屋の裏に並べた精錬鉄を前に、腕を組んでいた。


 昨日、簡易炉で精錬したものだ。


 普通の精錬鉄がいくつか。

 そして、その端に布で分けて置いた一つ。


【素材解明】

【名称:精錬鉄】

【特性:加工用金属・鍛造可能】

【Sランクスキル:「金剛不壊」付与】


「これが、壊れない刀の材料になるんですね」


 隣で篠が、期待と不安を半分ずつ混ぜたような顔をしている。


「たぶんな」

「たぶん……」

「まだ作ってないんだから、断言できないだろ」

「そうですけど」


 篠の視線が、金剛不壊付きの精錬鉄へ落ちる。


 ひと塊だけでは、刀一本を作るには足りない。

 だから普通の精錬鉄も使う。


 問題は、この特別な精錬鉄を使った時、その力を完成した刀へ引き継げるかどうかだ。


「さて」


 私は普通の精錬鉄を一つ手に取った。


 刀を作る。


 そう意識した瞬間、頭の奥で何かがつながる。


【制作法を構築します】

【新規制作法:刀】


「来た」

「何か分かったんですか?」

「ああ。作り方」


 熱する。

 叩く。

 不純物を追い出しながら、鉄を延ばす。

 重ね、まとめ、形を作る。

 刀身を整え、熱を入れ、冷まし、研ぐ。


 言葉にすればそれだけだ。


 けれど頭の中には、叩く位置も、力の入れ方も、鉄の色を見る感覚も、もっと細かく浮かんでくる。


 造作師の技能。


 どうやら、本当に鍛錬まで面倒を見てくれるらしい。


「……すごいな、この身体」

「身体?」

「いや、こっちの話」


 危ない危ない。


 私は精錬鉄を置き、簡易炉へ炭を入れた。


「篠。昨日みたいに、ふいごを頼める?」

「はい! 今度こそ力加減も完璧です!」

「その台詞が一番不安なんだよな」

「信用してください!」

「狩りならな」

「それ、褒めてるんですか!?」


 たぶん褒めている。


 篠がむっとしながらふいごの前へ座る。


 私は笑いながら炭へ火を移した。


 炎が育つ。

 篠がふいごを動かすたび、炉の奥が赤く、さらに明るくなっていく。


 まずは普通の精錬鉄を熱する。


 黒かった金属が赤みを帯び、やがて眩しい橙色へ変わっていった。


「霧江さん、そろそろですか?」

「ああ」


 火箸で取り出し、金床代わりに据えた厚い鉄板の上へ置く。


 そして――。


「…………」


 私は、そこで手を止めた。


「霧江さん?」

「ちょっと待って」


 叩くものがいる。


 当然だ。

 刀を鍛えるのだから、ハンマーがなければ始まらない。


 道具ならある。


 小屋へ戻り、壁際の道具棚へ目を向ける。


 小刀。

 鋸。

 鉋。

 鑿。


 その中に、一振りのハンマーがあった。


 木の柄は使い込まれて黒ずみ、鉄の頭には細かな傷がいくつも刻まれている。


 新品でもない。

 名工が作った特別な道具でもない。


 元の霧江が使っていたハンマーだ。


「…………」


 私はそれを手に取った。


 ずしりとした重み。


 でも、不思議と手に馴染む。


 この身体が覚えているのかもしれない。


 元の霧江は、造作師だった。


 派手なものは作らなかった。

 壊れた家具を直したり、棚を作ったり、道具を修繕したり。


 器用だったのに、自分の仕事に自信を持てなくなっていた。


 最後には――自分の命まで手放した。


 私は、望んでこの身体へ入ったわけじゃない。

 元の霧江と会ったことさえない。


 それでも今、私はこの身体で生きている。

 元の霧江が残した小屋で暮らし、元の霧江が残した道具を使っている。


 そして、今から作るのは。


 誰かが生きていくための道具だ。


「……頼む」


 気づけば、小さく声が出ていた。


 誰に聞かせるでもない。


「もうここにはいないお前に頼むのも、変な話だけどさ」


 ハンマーの柄を握り直す。


「少しだけ、力を貸してくれ」


 返事はない。


 当然だ。


 光が差すわけでもなければ、声が聞こえるわけでもない。


 ただ。


 さっきより、手の震えが少しだけ小さくなった。


「霧江さん?」


 外から篠の声がする。


「今行く!」


 私はハンマーを持って、小屋を出た。


   *


 熱した精錬鉄を前にする。


 篠が少し離れたところから見守っていた。


「それ、霧江さんのハンマーですか?」

「……今はな」

「今は?」

「昔から小屋にあったやつ。よく使われてたみたいだ」


 それ以上は説明しなかった。


 篠も聞かなかった。


 私はハンマーを持ち上げる。


 頭の中に、打つ場所が浮かぶ。


 力の入れ方が分かる。


 それでも、最初の一打だけは少し怖かった。


 失敗したらどうしよう。


 篠がこれから命を預ける刀になる。


 そう考えると、急にハンマーが重く感じる。


「霧江さん」

「ん?」

「お願いします」


 篠が頭を下げた。


「私の刀を、作ってください」


「…………」


 まったく。


 そんな真正面から頼まれたら、やるしかないだろ。


「ああ。任せろ」


 ハンマーを振り下ろした。


 澄んだ金属音が、小屋の裏へ響き渡る。


 もう一度。


 さらにもう一度。


 熱した鉄が、少しずつ形を変えていく。


「……おお」


 思わず声が漏れた。


 できる。


 本当に、できる。


 前世の私なら、動画や本で知識を仕入れたところで、こんなふうには打てなかったはずだ。


 でも今は、どこを叩けば鉄がどう動くのかが感覚で分かる。


 造作師としての技能。

 この身体に残った経験。

 そして、私自身が前世から持ってきた「作るのが好きだ」という気持ち。


 それらが混ざって、ハンマーを振らせている。


「篠、火!」

「はい!」


 冷めてきた鉄を炉へ戻す。


 赤くなるまで熱する。

 取り出す。

 叩く。


 何度も繰り返す。


 やがて普通の精錬鉄が、一本分の地金へまとまっていく。


 そこへ。


「……次だな」


 布で分けていた精錬鉄を手に取る。


 金剛不壊。


 この一塊が、この刀の肝になる。


 熱した地金へ重ねる。


 炉へ戻す。


 十分に熱が入ったところで、まとめて取り出した。


「いくぞ」


 火花が散る。


 重ねた鉄が、打つたびに馴染んでいく。


 境目が消える。


 普通の精錬鉄と、金剛不壊を宿した精錬鉄が、一つになっていく。


「……綺麗」


 篠が呟いた。


「火花が?」

「それもですけど」


 篠は、私を見ていた。


「霧江さんが」

「は?」

「い、いえ! なんでもありません!」


 急に顔を逸らした。


 なんだ?


 火の前だから暑いのか、耳まで赤い。


「ふいご、止まってるぞ」

「あっ! すみません!」


 慌ててまた風を送り始める。


 変なやつだ。


 私は再び鉄へ意識を戻した。


 熱する。

 叩く。

 延ばす。


 刀身の輪郭が少しずつ現れる。


 反りを整える。

 刃になる側を見極める。

 厚みを均す。


 失敗しそうになるたび、頭の中の制作法が違和感として教えてくれた。


 そこじゃない。

 もう少し弱く。

 今は熱が足りない。


 便利すぎる。


 それでも、ハンマーを振るのは私だ。


 腕は重くなる。

 汗は止まらない。

 肩も痛い。


 途中で何度も休んだ。


「霧江さん、水です」

「助かる」


 篠が差し出してくれた水を一気に飲む。


「大丈夫ですか?」

「ああ」

「無理はしないでくださいね」

「誰の刀作ってると思ってるんだ」

「私ですけど……だからです」


 篠は少し困ったように笑った。


「私のために、霧江さんが倒れたら嫌です」


「…………」


「霧江さん?」

「いや。分かった。ちゃんと休む」


 なんだか調子が狂う。


 水をもう一口飲んでから、私は立ち上がった。


 あと少しだ。


   *


 日が傾く頃には、刀身の形ができあがっていた。


 最後に熱を入れる。


 赤く染まった刀身を、頃合いを見て水へ沈めた。


 白い蒸気が一気に立ち上る。


「わっ」


 篠が一歩下がる。


 私は息を止めるようにして、刀身を見つめた。


 割れないでくれ。

 歪むな。


 やがて蒸気が薄くなる。


 水から引き上げる。


「……よし」


 大きな歪みはない。

 ひびも見えない。


 そこから刃を整え、研ぐ。


 柄には硬い木を使い、滑らないよう革を巻いた。

 鍔は余った普通の精錬鉄から作る。


 飾りはほとんど入れなかった。


 篠が使うものだ。


 見栄えより、握りやすさ。

 振りやすさ。

 壊れないこと。


 それでいい。


 最後に、すべてを組み上げる。


「…………できた」


 私は完成した刀を両手で持ち上げた。


 派手さはない。


 すらりとした刀身。

 簡素な鍔。

 濃い色の革を巻いた柄。


 けれど、不思議と見劣りはしなかった。


「霧江さん……」


 篠が、息を呑んでいる。


「まだ待って」


 篠へ渡す前に、確かめたいことがある。


 そう思った瞬間だった。


 完成した刀の向こうに、新しいウインドウが浮かび上がる。


【どのスキルを継承しますか(継承可能数:1):金剛不壊】


「……選べるのか」


 思わず目を瞬いた。

 素材についていた力が、そのまま勝手に付くわけじゃない。

 私が選ぶのか。


「霧江さん?」

「いや、こっちの話」


 使った素材に付いていたスキルが、完成品へ勝手に移るわけじゃない。


 完成する時に、どれを引き継ぐか選べるらしい。


 そして今の私が継承できるのは、一つだけ。


 今回は迷う理由なんてなかった。


「金剛不壊」


 心の中で選ぶ。


【「金剛不壊」を継承しました】

【完成品:刀】

【特性:高硬度・高靱性】

【Sランクスキル:「金剛不壊」付与】


「…………っしゃ!」


 思わず拳を握った。


「付いた!」

「本当ですか!?」

「ああ。ちゃんと刀に金剛不壊が付いてる!」


 鉄鉱石から精錬鉄へ。

 精錬鉄から刀へ。


 使った素材の付与スキルは、完成時に候補として現れる。

 その中から、継承するものを選べる。


 これで分かった。


 私のクラフトなら、素材の力を狙って道具へ受け継がせられる。


「霧江さん」


 篠が刀を見つめたまま、小さく言う。


「この刀……銘はあるんですか?」

「銘?」

「はい。こんな刀ですから、名前があってもいいと思って」

「名前か……」


 私は刀を見る。


 考えるまでもなかった。


「金剛」

「こんごう?」

「ああ。元になったスキルが『金剛不壊』だから。そこから取って――金剛」


 我ながら、そのままだ。


 けれど篠は、笑わなかった。


「金剛……」


 大切なものを確かめるように、ゆっくりその名を口にする。


「いい名前です」

「そう?」

「はい」


 篠は本当に嬉しそうに笑った。


 それなら、まあいいか。


「ほら」


 私は金剛の柄を篠へ向けた。


「お前の刀だ」


「…………」


 篠の手が伸びる。


 でも、途中で止まった。


「どうした?」

「……本当に、私が使っていいんですか?」

「そのために作ったんだけど」

「でも」


 篠の目が、刀身へ落ちる。


「もし、これも壊してしまったら……」


 声が小さい。


 昨日、折れた刀を見つめていた時と同じ声だった。


 どれだけ丈夫だと言われても。

 どれだけ特別な素材だと言われても。


 篠にとっては、また壊れるかもしれない武器の一本なのだ。


 だから私は、考えるより先に言った。


「壊れたら、また作る」

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