第21話「譲れない戦い」③
自分で口にした疑問なのに、答えはすぐには出てこなかった。
私は作業台に残っていた癒し草を一枚つまみ上げる。
「癒し草が苦いから、じゃないんですか?」
「まあ、そうなんだけどさ」
篠の答えは、たぶん間違っていない。
でも、葉っぱが苦いからって、出来上がった薬まで絶対に苦くなきゃいけないわけじゃないだろう。
そういえば、前世には子供でも飲みやすいよう味を工夫した薬があったっけ。
「子供でも飲めるくらい甘い薬、作れないかな」
「子供でも、ですか?」
「うん。薬が苦手な子向けに、味を工夫したやつ」
「……夕凪ちゃんにぴったりですね」
「だろ?」
私はもう一度、手の中の葉を眺めた。
普段、回復薬は癒し草を刻んで煮出す。そうすれば薬効のある成分を取り出せる。
けれど、その時に苦味まで一緒に出てくるのだとしたら。
「……薬にした時、余計なものまで出てきてるのかな」
「余計なもの?」
「苦い味とか、あのにおいとか。必要な成分だけ取り出せれば、苦くなくなるかも」
もっとも、そんな都合よく分けられるかは分からない。
苦い成分そのものが薬効を持っている可能性だってある。
「とりあえず、試してみるか」
「また飲むんですか?」
「いや、まずは癒し草の方を調べてみよう」
台所から小さな椀を二つ取り出した。
片方には井戸から汲んだ冷たい水。もう片方には、火にかけた湯を少し。
同じ大きさの葉を一枚ずつ、手でちぎらずそのまま入れる。
「お茶みたいですね」
「そうそう。熱い湯だと味が出やすいけど、冷たい水だとどうなるかなって」
とはいえ、私は薬師でもなければ学者でもない。
前世でお茶を飲んだ経験から、思いつくまま試しているだけだ。
しばらく待つ間に、何度か二つの椀を見比べた。
湯に浸した方は、すぐに緑がかった色になった。例の青臭いにおいも漂っている。
ところが、冷たい水に浸した方も、少しずつ色がついてきた。
「……こっちも出るんだ」
「何がですか?」
「分かんない。だから確かめる」
私は小さな匙を取り、冷水の方をほんの一滴だけ舌に載せた。
「…………にがっ」
「やっぱり苦いんですね」
「うん。でも、これ、煮てないんだよな」
口をゆすぎながら、椀の底に沈んだ葉を見る。
湯に浸した方とは違って、まだ形がしっかりしていた。
「熱い湯じゃなくても、苦い味だけは水に出るのか……?」
だったら、その水を捨ててしまえばどうなる?
思いついた途端、私は椀から葉を取り出した。
水を切り、新しい水で軽くすすぐ。
「霧江さん? それ、どうするんですか?」
「もう一回、煮てみる」
「えっ。でも、さっきのお水に、癒し草の成分が溶けていたんじゃ……」
「そう。それが問題なんだよな」
水を捨てたら、薬効までなくなっているかもしれない。
普段の製法では、煮出した薬液を捨てるなんてことはしない。わざわざ材料を無駄にするようなものだからだ。
「でも、何が残ってるかは、見てみないと分からないだろ?」
私は冷水から引き上げた癒し草を、濡れた指先でつまみ直した。
【素材解明】
【名称:水晒し癒し草】
【特性:薬用・滋養】
「……お?」
思わず声が出た。
この葉、ちゃんと癒し草としての特性が残っている。
しかも、さっきまでただの癒し草だったものに、別の名前がついていた。
「霧江さん?」
「いや、ちょっと待って。これ、いけるかもしれない」
その時、視界に新しい文字が浮かんだ。
【制作法を構築します】
【レシピ解放:甘い回復薬】
「……きた!」
「えっ、何がですか!?」
「新しいレシピ!」
驚いた篠が辺りを見回す。
当然、私にしか見えていない。
「また、あの文字ですか?」
「そう! 癒し草の扱い方が変わったら、別の作り方が出てきた!」
レシピが解放された瞬間、いつものように製作手順まで頭へ収まっていく。
水に浸す順番。葉の扱い方。煮出す時の火加減。
同じ癒し草なのに、さっきの回復薬とは工程がまるで違っていた。
まずは葉を刻まず、冷水に浸す。
苦味とにおいが移った水は使わず、捨てる。
それから葉を細かくし、別の水でゆっくり加熱して、薬効を取り出す。
最後に甘味を加える。
なんだ。仕組みを聞けば、驚くほど単純じゃないか。
ただし、水に浸す時間や煮出す順番を間違えると、苦味が残ったり、薬効が弱くなったりするらしい。
そういう細かな加減まで分かるのが、私のクラフトスキルのありがたいところだ。
「篠。ちょっと手伝って!」
「はい! 何をすればいいですか?」
「癒し草を水に浸しておいて。葉はまだ刻まないで、そのまま」
「分かりました」
篠が新しい椀に癒し草を入れる。
私は頭の中に収まった手順を、一つずつ確かめながら道具を並べた。
……よし。
今度こそ、夕凪に飲んでもらえるものを作ってやる。
*
そこからは、台所が小さな工房になった。
冷たい水に浸した癒し草を引き上げ、別の水で煮る。
最初に捨てる水には、確かに強い苦味と、あの青臭さが移っていた。
「……これ、全部捨てるんですか?」
「うん」
「薬になる水なのに……?」
「気持ちは分かる。でも、今欲しいのは、この水じゃないんだ」
篠は不思議そうな顔をしながらも、言われたとおりに手伝ってくれた。
癒し草を煮出すと言えば、出てきたものを残すのが普通だ。
それを先に捨てるのだから、変に見えるのも無理はない。
私は鍋の中を覗いた。
新しい薬液の色は、最初に作ったものよりもずっと淡い。
湯気に鼻を近づけても、あの鼻に残るようなにおいはほとんどしなかった。
「……おお」
「全然、においが違いますね」
「だよな!」
ほんの少し味を見る。
「…………」
「霧江さん?」
「……苦くない」
「本当ですか!?」
正確には、舌に癒し草らしい味がわずかに残る。
けれど、最初の回復薬と比べたら別物だった。
「これなら蜂蜜を入れれば――」
言いかけて、私は口をつぐんだ。
苦味が抜けていても、薬の効き目まで抜けていたら意味がない。
葉の方に特性が残っていたことは分かったが、出来上がった薬も同じとは限らない。
「……念のため、完成までやってみよう」
鍋の中身を濾し、匙で蜂蜜を加える。
今度は苦い味をごまかすためではない。もともと苦くない薬液を、ちゃんと甘くするためだ。
器の中で、薄い緑色の液体がつややかに揺れた。
ひと口含む。
「……あっ」
「ど、どうですか?」
甘い。
舌に広がるのは、蜂蜜のやわらかい味だった。
待ってみる。
さっきの試作品みたいに、後から苦味が追いかけてくるかもしれない。
……来ない。
「…………」
「霧江さん、何か言ってください!」
「……勝った」
「何にですか!?」
「苦味に!」
篠は一瞬ぽかんとしたあと、吹き出した。
「ふふっ。よかったですね」
「よかったなんてもんじゃない! これ、本当に甘いぞ!」
うれしくなって、もう一度器を眺める。
すぐに、いつもの完成表示が現れた。
【完成品:甘い回復薬】
【特性:自然治癒力の上昇】
「よしっ!」
ちゃんと回復薬としての特性も残っている。
少なくとも、クラフトスキルの表示を見る限り、苦味を消したせいで別のものになったわけではないらしい。
「何がそんなにうれしいんですか?」
「苦くないだけじゃなくて、回復薬としてもちゃんとできてる!」
「それなら安心ですね」
私は大きく頷いた。
それに、今の工程は特別な道具なんて使っていない。
冷たい水と鍋があればできるし、浸す時間や煮る順番を教えれば、三笠さんたちにも作れるはずだ。
今回のすごいところは、私しか作れない薬ができたことじゃない。
今まで誰も気づかなかった作り方に、たどり着けたことだ。
……まあ、そんなことよりも。
「夕凪に飲んでもらわないとな!」
窓の外を見る。
日差しはすでに傾き始めていた。
雲居が戻るのは夕方まで。残り時間は、それほどない。
「急ぎましょう。夕凪ちゃん、きっと喜びますよ」
「ああ!」
篠が盆を用意してくれる。
私は甘い回復薬を器に注ぎ、こぼさないよう両手で持った。
台所を出たところで、廊下の向こうから朝凪が顔を出す。
「……できた?」
「できた! 今度のは本当に甘い! 何なら美味しい!」
朝凪は私の顔と器を交互に見た。
「苦くない?」
「私が飲んで確かめた。後味も大丈夫」
「……なら、夕凪に聞いてみる」
朝凪が部屋の戸をそっと開ける。
布団から、小さな声が聞こえた。
「霧江さん……できたんですか?」
私は器を持ち直した。
さあ、いよいよ最後の審査だ。
「できたぞ、夕凪。今度のは、甘い回復薬だ!」




