第20話「大事にして」①
翌朝、工房へ顔を出すと、朝凪が作業台を占領していた。
台の上には矢軸が十数本。その隣には、昨日買ってきた矢羽根がきれいに並んでいる。
「おはよう、朝凪。早いな」
「おはよう。羽根、試してる」
朝凪は一本を摘み上げ、矢軸に当てて角度を確かめた。指先の動きに迷いがない。
「昨日選んだやつか。使えそう?」
「うん。でも、少し揃えにくい」
「羽根の長さ?」
「位置。ほんの少しずれる」
言われて覗き込む。
矢軸の周りに三枚の羽根を等間隔で取り付ける。それだけ聞けば簡単そうだが、羽根の傾きや位置が揃わないと、飛び方にも影響するらしい。
朝凪は矢軸を回しながら位置を決め、細い糸を巻いて仮留めしていた。
「毎回、目で合わせてるのか?」
「慣れてるから」
「慣れてるのと、面倒なのは別だろ」
「そう。でも、これで飛ぶ」
正論である。
そこへ、盆を手にした夕凪がやってきた。
「お姉ちゃん、霧江さん、お茶をどうぞ」
「ありがとう、夕凪」
「ありがと」
朝凪が茶を受け取ると、ほんの少し表情が柔らかくなった。
うん。妹が相手だと、やっぱり違うな。
「お姉ちゃん、朝からずっと矢を作ってるんですよ。昨日も遅かったのに」
「もう少しで終わる」
「もう少し、が長いんだよね」
「……今日は短い」
夕凪がくすりと笑う。
「無理しないでね。お昼には何か食べやすいものを作るから」
「うん」
朝凪の返事は短い。でも、夕凪が母屋へ戻るまで、その背中をずっと見送っていた。
妹のこととなると、相変わらずである。
*
「なあ、朝凪。その矢、ちょっと貸して」
「いいよ」
私は仮留め前の矢軸と、出来上がった矢を一本ずつ受け取った。
長さを比べ、羽根の位置を測る。矢軸を回してみると、朝凪がどうやって三枚を揃えているのか、何となく分かってきた。
(……これ、固定できれば楽になるんじゃないか?)
矢軸を固定する木枠と、羽根を置くための案内板。矢軸を三分の一回転ずつ回せるよう、回転部分に三か所の止め位置を設ければ、羽根を等間隔に取り付けられるはずだ。
頭の中で部品の形が組み上がる。
【新たな制作法を構築しました】
【分類:道具】
【名称:矢羽根位置決め治具】
「おっ」
「何か思いついた?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
棚から細い木片を何本か取り、余っていた薄い金具と小さな楔を集める。
矢軸を支える部分は木製でいい。太さに合わせて溝を変えられるようにすれば、違う種類の矢にも使える。回転する受け台には、三か所の止め位置を作ろう。
私は木片を削り、溝を切り、羽根を支える案内板を作った。受け台には三か所の印を刻み、小さな留め具で決まった位置に止まるよう仕上げる。
昨日みたいに金づちで指を打たないよう、今日は慎重に。
「霧江、大丈夫?」
「何が?」
「指」
「ああ。昨日、やらかした方か。もうほとんど痛くないよ」
「なら、よかった」
朝凪はそう言ってから、私の手元に目を戻した。
心配してくれるのはありがたいけど、昨日の醜態まで覚えられているのは、ちょっと恥ずかしい。
試作品ができたところで、朝凪に使ってもらうことにした。
「ここに矢軸を通して、この溝に羽根を置く。位置が決まったら、留め具を締める」
「こう?」
「そうそう。一本留めたら、留め具を緩めて矢軸を次の止め位置まで回す。これで三枚とも同じ間隔になる」
朝凪が試す。
一枚目。二枚目。三枚目。
羽根の根元に指を添えたまま、彼女が矢を持ち上げた。
「……揃ってる」
「だろ?」
「楽」
たった二文字なのに、妙に嬉しい。
「ほかに使いにくいところは?」
「ここ。押さえると指が当たる」
「ああ、本当だ。じゃあ角を落とすか」
「あと、少し滑る」
「下に革を貼ればいいかな」
言われるたびに削り、貼り、調整する。
朝凪は遠慮なく不満を言ってくれる。でも、嫌な感じはしない。使う本人が何に困っているか分かる方が、作る側としてもありがたいからだ。
最後に滑り止めの革を貼り終えたとき、視界の隅に文字が浮かんだ。
【制作が完了しました】
【完成品:矢羽根位置決め治具】
「よし、完成!」
「ありがとう。これなら早くできる」
「余った時間で、夕凪とゆっくりできるな」
「うん。それもいい」
それから朝凪は、少し考えて付け加えた。
「霧江も、また見に来て」
「矢作りを?」
「うん。使いにくいところ、見つかるかもしれない」
「……ああ、もちろん」
職人としては、願ってもない申し出だ。
なのに、朝凪が自分から「また来て」と言ってくれたことが、どうしてか少し嬉しかった。
朝凪が新しい治具でもう一本の矢を作り始めた、そのときだった。
【クラフトレベルが上がりました】
【新たなアクティブスキルを習得しました】
「……おっ!?」
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな。久しぶりにレベルが上がったみたいだ」
前に通知の設定を切り替えておいたおかげで、今回はちゃんと知らせてくれたらしい。
工房の増築に大浴場の建設。その間にも細々とした道具をいくつも作った。思えば、前にレベルが上がってから随分働いた気がする。
どうやら、今の治具作りが最後のひと押しになったらしい。
すぐにステータス画面を開く。クラフトレベルの数字は、確かに一つ増えていた。
新しく増えたアクティブスキルの項目を選ぶ。
【名称:エンチャント】
【説明:素材アイテムが持つ付与スキルを、既存のアイテムや装備品へ継承させる。】
「……エンチャント?」
思わず声に出してしまった。
前世で聞き慣れた、いかにもそれらしい名前だ。
けれど、書かれている内容は、思っていた以上にすごい。
今までは、何かを新しく作るときに、その素材が持つスキルを選んで継承させていた。
それが、完成したものにも使える?
(……いや、待て。これ、ものすごく便利じゃないか?)
たとえば、朝凪の弓。
あれには、フヨウを射抜くために選んだ【攻撃力上昇(中)】が付いている。
あの頃は一つしか選べなかったけど、今は継承可能数が二つに増えた。もしもう一つ、弓に合ったスキルを追加できるなら――。
「霧江?」
「朝凪。ちょっと弓を見せてもらってもいいか?」
「いいよ」
朝凪は椅子の脇に立てかけていた弓を、大切そうに持ち上げた。
私は受け取って、弦の張りと弓の反りを確かめる。
相変わらず、よく手入れされている。握りの巻きは少し艶が増し、木の表面には細かな擦り傷があった。フヨウとの戦いから、そのあとも何度となく森へ持ち出しているのだから当然だろう。
幸い、芯になる部分に異常はない。
「まだまだ使えるな。けど、結構使い込んでる」
「うん」
「そのうち、もっといい弓を作ってやろうか?」
「いらない」
即答だった。
「いや、早いな!? まだ何も考えてないんだけど」
「これがいい」
「同じ握りにして、もっと強い素材を使えば――」
「それでも、これ」
朝凪は私の手元にある弓を指さした。
いつもと同じ落ち着いた顔。でも、その目は妙に真剣だ。
「そんなに気に入ってくれてるのか?」
「うん」
「作った本人としては嬉しいけどさ。理由、聞いてもいい?」
朝凪は少しだけ視線をそらした。
「内緒」
「えっ、そこで!?」
「そのうち教える」
何だそれ。余計に気になるじゃないか。
けれど、無理に聞き出すのも違う気がした。
「分かった。じゃあ、この弓をできるだけ長く使えるように考えるよ」
「できる?」
「まだ試してないけど、面白い力が使えるようになったんだ」
私は、新しく手に入れたエンチャントについて、分かる範囲で説明した。
素材に付いているスキルを、後から道具へ移せるらしいこと。今の弓には、もう一つ分だけ継承する余地があること。
朝凪はじっと聞き、やがて弓へ目を落とした。
「それなら、壊れにくくできる?」
「そういうスキルを持つ素材があればな」
「どこにある?」
「それが分かれば苦労しないんだけどな。まずは探してみないと」
朝凪はしばらく弓を見つめていた。
「探したい」
「私も。せっかくだし、試してみたいんだ」
「じゃあ、一緒に行く」
また即答。
「どこへ?」
「前に弓の材料を探した森」
「ああ、あそこか」
「あの辺り、変わった植物が多いから」
「本当にいいのか? 矢作り、まだ途中だろ」
「治具ができたから、早く終わる」
「なるほど。早速役に立ったわけだ」
「うん」
朝凪は弓を背負い直し、作業台の上を手早く片づけ始めた。
「今日、行ける?」
「ずいぶん乗り気だな」
「大事な弓だから」
「……そっか。じゃあ、昼飯を食べてから行こう。夕凪にも一声かけないとな」
「うん。夕凪のお昼、食べてから」
そこは譲らないらしい。
私は笑いながら、工具袋を手に取った。
まだ見ぬ素材が、あの弓をどう変えるのか。
そして、久しぶりに朝凪と二人で歩く森で、何が見つかるのか。
考え始めると、なんだか楽しみになってきた。




