第18話「ぬくもりの在処」③
大浴場の完成を宣言した途端、肩の力が抜けた。
七日間。長かったような、あっという間だったような。
目の前の浴槽には湯が満ち、立ち上る湯気が新しい木の天井を薄く霞ませている。ずっと欲しかったものが、ようやく形になったのだ。
(……ああ、早く入りたい)
「霧江、顔が緩んでるぞ」
「そりゃ緩むよ。三笠だって、ちょっとは嬉しいだろ?」
「ちょっとどころではないわ。こんな妙な建物、長いこと造作師をやっていて初めてだからな」
三笠はそう言って、立て付けを確かめた戸を最後に一度だけ開け閉めした。
口元に浮かんだ笑みを見る限り、出来には満足しているらしい。
「さて、片づけが済んだら早速……」
「霧江! 客だぞ!」
外から暁の声がした。
せっかくの大浴場開きに誰だろう。首を傾げながら玄関へ向かうと、思いがけない顔が並んでいた。
*
「よう、霧江。ずいぶん賑やかだねえ」
「更級! それに磐境も。稲羽まで!」
「こ、こんにちは、霧江さん」
稲羽が丁寧に頭を下げた。
耳は少し緊張気味に立っているが、キビに襲われた直後ほど顔色は悪くない。尻尾も、今日は足の間に隠れていなかった。
更級は腕を組み、隣の磐境へ視線をやる。磐境が曳いてきた荷車には、大小の酒樽がいくつも積まれていた。
「……何、その量」
「手土産さ。少しばかり持ってきたんだよ」
「少しばかりって、宴会でも開く気か?」
「それもいいかもね!」
更級は豪快に笑ったあと、こちらへ向き直った。
その顔から笑みが消える。空気が一瞬で引き締まったのが分かった。
「稲羽から話は聞いたよ。行商へ出たばかりのところで陸竜に襲われて、あんたたちに助けてもらったそうだね」
「ああ。みんな無事に戻れたからよかったよ」
「店の外へ送り出したうちの者が危ない目に遭ったうえ、雲居まで傷を負った。手を煩わせたことも含めて、会主として礼と詫びを言わせておくれ」
更級は深く頭を下げた。磐境も黙ってそれに倣う。
隣にいた稲羽が慌てて頭を下げようとするので、私は手で制した。
「やめてくれよ。野生の陸竜が出てくるなんて、誰にも分からなかっただろ。稲羽も雲居も生きて帰ってきた。それで十分だって」
「……まったく、あんたはそういう奴だったね」
「それに、助けに行ったのは私だけじゃない。篠も朝凪も、雲居もいたんだからな」
「そうですわ。わたくしのことなら、もう大丈夫です」
いつの間にか後ろに立っていた雲居が口を挟んだ。
七日も経てば火傷はほぼ癒えている。それでも更級は一度だけ雲居の足元へ目を向け、申し訳なさそうに眉を寄せた。
「稲羽。怖い思いをしたんだろう。無理してすぐ行商を再開しなくていいからね」
「は、はい……。でも、私、また挑戦したいです。まだ少し怖いですけど……」
「そうかい。なら、まずは店でしっかり腕を磨きな」
稲羽は頷いた。
無理に元気なふりをせず、自分の口で言えたのが嬉しい。私は小さく笑いかけた。
「で、その酒は本当に全部うちへの土産なのか?」
「もちろんさ。気持ちよく受け取っておくれ」
「じゃあ、お礼にちょうどいいものがある」
私は背後の建物を指さした。
「さっき完成したばかりの大浴場だ。三人とも、入っていかないか?」
「……大浴場?」
更級と磐境が、揃って首を傾げた。
その横で、稲羽の耳がわずかに動く。
「湯を張った大きな浴槽に、身体ごと浸かるんだ。男と女で部屋は分けてある」
「身体ごと、湯の中に? あんた、変わったことを考えるねえ」
「水に浸かるのは、猫獣人にはあまり……」
磐境が言いにくそうに口を開く。
猫は確かにお風呂が苦手なイメージだが、猫獣人も同じなのか。
「無理にとは言わないよ。でも、温かい湯に浸かるのは気持ちいいぞ」
「……私、入ってみたいです」
控えめな声がした。
稲羽だ。
「お、お水は苦手ですけど……霧江さんが、せっかく作ったものですから」
「おっ、稲羽は乗り気か」
「は、はい。ちょっとだけ、怖いですけど」
更級が稲羽を見て、それから大浴場へ視線を戻した。
「やれやれ。稲羽がそう言うなら、あたしも試してみようかね」
「会主が入るのなら、自分も……」
磐境が真顔で言い、私は思わず笑った。
「決まりだな! みんなにも声をかけてくるよ!」
*
お披露目だと聞いて、仕事を終えた仲間たちが集まってきた。
建築を手伝った三笠たちも、当然招待する。三笠を慕って来た三人の造作師は、男性二人と女性一人。七日間、誰も手を抜かなかった功労者だ。
「本当に、俺たちも入っていいんですか?」
男性の造作師の一人が、遠慮がちに尋ねる。
「何言ってんだ。あんたたちが造った風呂じゃん。真っ先に試してくれよ」
「……それを聞いたら、余計に楽しみになってきました」
もう一人が、出来上がった屋根を見上げて笑った。
女性の造作師も、自分が仕上げた壁の継ぎ目を確かめてから頷いている。
「みんな先に入ってください。私たちは料理があるので、あとでゆっくり入りますね」
夕凪が台所から顔を出した。
松帆もその後ろで笑っている。
「せっかくのお風呂ですもの。みなさん、楽しんできてくださいな。お料理は夕凪ちゃんと用意しておきますから」
「二人ともありがとな。あとでちゃんと入ってくれよ」
「はい! とっても楽しみです!」
そうして、男たちは男湯へ。私たち女は女湯へと向かった。
隣り合っていても、入口も脱衣所も別々だ。
……脱衣所の前で、ふと足が止まった。
今の私は女だ。女湯に入るのは当たり前のことなのに、前世が男だったと思うと、どうにも後ろめたい。
「霧江さん? どうかしたんですか?」
篠の声で我に返った。
(……いや、別に悪いことをしてるわけじゃないんだけどさ)
とはいえ、みんなの身体をじろじろ見たりしないよう気をつけよう。私はそう心に決め、みんなのあとに続いた。
*
女湯の脱衣所へ入った途端、篠が感心したように周囲を見回した。
「ここだけでも、ずいぶん広いんですね」
「みんなの着替えを置ける棚も作ったんだ。手拭いもこっちにあるぞ」
「脱衣所の棚は、私も組みました。ちゃんと使ってもらえると嬉しいです」
女性の造作師が、少し照れくさそうに言った。
自分が作ったものを仲間に使ってもらえる。気持ちはよく分かる。
初めての大浴場に、みんな落ち着かない様子だった。
雲居は濡らしてはいけない札を丁寧に片づけている。朝凪はもう浴室の方を見ていた。榊は人前で肌を晒すことに、少し躊躇いがあるようだった。
「霧江。もう入っていい?」
「ちょっと待った。まず、湯船に入る前に身体を洗う。石鹸を使うのも洗い場の方な」
「湯船?」
「湯をためた大きな槽のことだよ。せっかくの湯を、みんなで気持ちよく使いたいからさ」
篠が納得したように頷いた。
「なるほど。いつもの湯拭きと違って、身体を洗う場所と浸かる場所を分けるんですね」
「そういうこと。洗った水は排水口から浄化設備の方へ流れるようにしてある」
先に洗い場で身を清めると、ようやく浴槽の前へ向かった。
……もっとも、洗い場でみんなと並んだ時点で、私の決意は早くも試されていた。
いつもは狩衣や巫女服、作業着に隠れている姿を、同じ湯気の中で見ることになるとは。別に見ようとしているわけじゃない。視界に入ってしまうだけだ。
(……自分で造っておいてなんだけど、これは想像以上だな)
私はなるべく浴槽の方へ意識を向けた。……たぶん、うまくできていたと思う。
木の縁の向こうに、湯気に包まれた大きな水面が広がっている。
「……本当に、この中に入るのね」
榊が珍しくためらいを見せた。
雲居も浴槽を覗き込んで眉を上げる。
「湯をこれほどためるだなんて。何という贅沢な使い方でしょう」
「そう思うよな。でも、入ってから感想を聞かせてくれ」
私はまず足先で温度を確かめ、ゆっくり湯に身を沈めた。
足から腰へ、そして肩まで。温かさが身体を包み込む。
ずっと覚えていた感覚なのに、この世界へ来てからは一度も味わえなかった。
「……ああ……」
自然と息が漏れた。
肩の奥にたまっていた疲れが、湯へ溶けていくようだった。
(……これだ。これが欲しかったんだよ)
「……そんなに気持ちいいんですか?」
「入れば分かるよ、篠。足元からゆっくり入ってみな」
篠は恐る恐る縁に腰を下ろし、片足を入れた。
湿った濃い緑の髪が、篠の白い肩にそっと触れる。刀を振るう腕は細く見えてもしっかり締まり、背筋の伸びた姿には剣士らしいしなやかさがあった。
それでいて、胸元の豊かな丸みときゅっと細い腰は、普段の凛々しい立ち姿とはまた違う印象を与えてくる。湯船に入るだけの仕草なのに、目が離せなくなりそうだった。
(……篠って、あらためて見ると本当に可愛いよな)
本人がこちらを向く気配がして、私は何食わぬ顔で湯面へ目を落とした。……危ない、危ない。
「……温かい」
「だろ?」
もう片方の足も入れ、慎重に腰を沈めていく。
やがて肩まで浸かると、篠は目を閉じた。
「……すごい。こんなに気持ちいいんですね……」
その声を聞いただけで、一週間頑張った甲斐があったと思えた。
朝凪も隣へ入ってきた。
朝凪は篠とは対照的に、無駄のない細身の身体をしている。弓を引く肩や背中の筋肉はきれいに引き締まり、長い脚にも山を駆け回る狩人らしい強さがあった。
派手さはない。だが、そのすらりとした姿勢と、引き締まった太ももの線には妙に目を引かれるものがある。
(……この前、あぐらをかいて矢を作ってた時のことまで思い出しちまった)
視線に気づいたのか、朝凪がちらりとこちらを見た。私はとりあえず、浴槽の木組みに感心しているふりをした。
しばらく無言で湯を味わい、ようやく短く言う。
「……いい」
「おっ、朝凪のお墨付きか」
「夕凪にも、早く入らせたい」
やっぱり、そこは妹なんだな。
雲居は湯の縁に手を置き、慎重に身体を沈める。
雲居の淡い水色の長い髪が、湯気の中で柔らかく揺れる。すらりと背が高く、細い腰から描かれる身体の曲線は、思わず息を呑むほど華やかだった。
何より、普段の巫女服でも十分に目を引く豊かな胸元だ。今は装束の色や飾りに気を取られることもなく、その存在感がいっそう際立って見える。
(……あの格好に見慣れてたつもりだったけど、やっぱり雲居はすごいな)
目が合った途端、雲居が片眉を上げた。私は慌てて笑ってごまかしたが、少しだけ顔が熱い。湯のせい、ということにしておこう。
「……なるほど。これほどの心地よさでしたら、あなたが夢中になる理由も分かりますわ」
「だろ? 大成功だな」
「ただし、維持費と竜核の充填費用は後できちんと計算いたしますわよ」
「今くらいは忘れさせてくんない?」
そんなことを言いながらも、雲居の顔はすっかり緩んでいた。
少し遅れて榊が入り、女性の造作師も湯に浸かった。
榊は、普段の黒い巫女装束をまとっている時と同じように、湯の中でも背筋が伸びていた。細身で端正な身体つきなのに、肩から腕へ続く線には、札を扱いながら狩りに同行してきた者の確かな強さがある。
黒髪をまとめ直す仕草まで妙に上品で、控えめな女性らしい丸みが、かえってその凛々しさを引き立てていた。
(……榊って、黙ってると本当に絵になるんだよな)
一方、工房の女性造作師はまた違った魅力があった。重い材木を運び、毎日道具を振るってきた肩や腕はたくましく、腰や脚もよく鍛えられている。それでいて、胸元から腰へ流れる線はしっかり女性らしい。
仕事着の上からでは気づかなかった、健康的で伸びやかな美しさだ。自分で仕上げた浴槽の木組みを誇らしげに見上げる表情まで、何だか眩しい。
(……みんな、それぞれ違う方向から私の目を奪いにくるんだよなあ)
私は余計なことを口にしないよう、ひとまず湯に肩まで浸かった。
「……これは、いいものだな」
「はい。自分たちで造った場所だと思うと、なおさらです」
女性の造作師は浴槽の木組みを見上げ、満足そうに頷いた。
榊も、いつもの硬い表情を少し和らげている。
そこへ、洗い場で身体を洗い終えた更級と稲羽がやってきた。
「……稲羽。本当にこの中へ入るのかい?」
「は、はい。たぶん、大丈夫だと思います……」
二人は浴槽の手前で立ち止まった。
稲羽の耳は後ろへ伏せ、尻尾も落ち着かない。
更級も足元の湯を見て、しばらく動けずにいた。太い尻尾が珍しく足の間に入りかけている。
「無理しなくていいぞ。足を入れてみて、嫌だったらやめてもいい」
「……ありがとうございます」
稲羽は息を整えてから、私の隣に腰を下ろした。
稲羽の灰色の縞模様の耳は、緊張のせいか少し後ろへ倒れていた。しなやかな身体は小柄に見えるが、柔らかな丸みもあって、いつもの行商姿とはずいぶん印象が違う。
何より、こちらを頼るように見上げる瞳と、落ち着きなく揺れる尻尾が反則だ。
(……可愛い。いや、今はちゃんと湯に入れるか見ててやらないと)
私は努めて落ち着いた顔を作り、稲羽の様子を見守った。
そっと足を浸す。
「……あれ?」
「どうした?」
「み、水の中なのに……全然、嫌じゃなくて……」
稲羽の耳が少しずつ起き上がる。
もう少しだけ進み、湯が腰のあたりまで来ると、稲羽は驚いたように私を見た。
「霧江さん……これ、すごく気持ちいいです……!」
「まだ肩まで入れるぞ」
「は、はいっ!」
私が横で見守る中、稲羽は慎重に湯へ沈んでいく。
肩まで浸かった瞬間、その表情がほどけた。
「……あったかい……」
稲羽はしばらく動かなかった。
やがて耳を柔らかく寝かせ、幸せそうに目を細める。
「私……お風呂、好きかもです」
その一言に、思わず頬が緩んだ。
あれほど怖い思いをしたばかりなのに、少なくとも今は安心していられるらしい。もちろん、行商への恐怖までなくなったわけではないだろうけど。
更級はそんな稲羽を見て、ようやく決心したようだった。
更級が浴槽に近づくと、思わず目が向いた。猫獣人らしいしなやかな身のこなしに、大人の女性ならではの豊かな身体の線。胸元や腰の曲線にも目を引かれるが、それ以上に、立っているだけで周囲を従わせそうな堂々とした雰囲気がある。
さすが山猫商会の会主。……いや、風呂場で会主の貫禄を採点してどうする、私。
「……何だい、霧江。妙な顔をして」
「い、いや! 何でもない!」
更級は私の慌てぶりを見て、面白そうに口の端を上げた。こういうところまで、いかにも姉御肌だ。
「……仕方ないねえ。あたしも試してみるか」
足を入れた瞬間こそ顔をしかめたものの、慎重に肩まで沈むと、すぐに口を閉じた。
「……どう?」
「…………」
「更級?」
「……悪くないね」
かなり間を置いてからの返事だった。
稲羽が嬉しそうに笑い、雲居が得意げに胸を張る。
「だから申し上げたでしょう。霧江の作るものは、使ってみれば分かるのですわ」
「はっは。あんたも、すっかりこの工房の一員だね」
「当然ですわ!」
即答した雲居の頬が、湯のせいだけではない色に染まった気がした。
……しかし、困ったことになった。
湯気の向こうに、篠、朝凪、雲居、榊、稲羽、更級。それから工房の女性造作師までいる。
みんな肩まで浸かっているとはいえ、普段とは違う姿には、それぞれまったく違う魅力があった。目のやり場に困るというのは、こういうことを言うんだろう。
篠の可憐さ、朝凪のしなやかさ、雲居の華やかさ。榊の凛とした美しさに、稲羽の愛らしさ、更級の大人の余裕、そして女性造作師の健康的な魅力。
同じ湯に浸かっているだけなのに、まるで別々の宝物を並べられたような気分だ。
(……女湯に入る前、余計なところを見ないって決めたのになあ)
もちろん、みんなが初めての湯船を楽しんでくれているのが一番嬉しい。それは本当だ。……本当なんだけど。
(……極楽って、こういうことを言うのかもしれない)
「……霧江さん」
「……はい」
「今、何を考えてました?」
「大浴場を造ってよかったなあって」
「それは本当でしょうけど、ほかにも考えてましたよね?」
篠はじっとこちらを見つめてくる。
私は黙って視線を湯の水面へ戻した。
「……いい湯だな」
「話を逸らさないでください!」
朝凪が呆れたように目を細め、榊が小さくため息をつく。
更級だけは面白がったように笑っていた。
そんな騒ぎの中、篠がふと静かになった。
目を向けると、私の顔を見ている。
「……どうした?」
「いえ。霧江さん、本当に嬉しそうだなと思って」
「そりゃそうだろ。みんながこんなに喜んでくれてるんだから」
篠は何も言わず、柔らかく微笑んだ。
何だか少し照れくさくなって、私はまた湯の方へ顔を向けた。
*
壁の向こうから、男たちの賑やかな声が聞こえてきたのは、その頃だった。
「うおおっ! 本当に湯の中に入るのかよ!」
小松だ。声が大きい。
「うるさいぞ、小松。……しかし、これは……」
暁の声も続く。そこへ別の男の笑い声が重なった。
「三笠親方! 俺たちの造った風呂、すげえじゃないですか!」
「お前も毎日働いただろう。堂々と入れ」
「親方、他にも浴槽を作りたくなりますね!」
「まずは今のを大事に使え!」
三笠の弟子たち二人も、存分に楽しんでいるらしい。
それにしても、あれだけ働いたあとにこんな声が出るとは、湯の力は大したものだ。
「……これは、商会でも評判になりそうだな」
聞き覚えのある低い声。磐境だ。
こんなときまで商会のことを考えるなんて、彼らしいと言うかなんと言うか。
*
私たちはもう少しだけ湯を楽しんでから、名残惜しく浴槽を出た。
身体の芯まで温まったせいか、着替えたあとも、指先まで温かさが残っている。
外へ出ると、男湯から上がった連中も、すっかり満足した顔で集まっていた。
「霧江! これ、毎日入れるのか!?」
小松が真っ先に駆け寄ってくる。
「湯を沸かして管理できればな。ただし、みんなで掃除もするんだぞ」
「それくらい喜んでやるって!」
暁が首の後ろをさすりながら頷き、男性の造作師二人も顔を見合わせて笑った。
「仕事の疲れが抜けるって、こういうことなんだな」
「明日からまた造るものがあっても、頑張れそうです」
そして三笠は、建物の方を一度振り返ってから、静かに言った。
「……お前さんの妙な思いつきに、付き合ってみるものだな」
「それ、褒めてくれてるんだよな?」
「好きに受け取れ」
そんな三笠の横顔は、少しだけ誇らしげだった。
台所の方から、夕凪の声がした。
「みなさーん! お料理、もう少しでできますよ!」
松帆も顔を出し、私たちへ微笑む。
「楽しめたみたいね。夕凪ちゃん、私たちも後で入らせてもらいましょうね」
「はい! 早く入ってみたいです!」
更級が持ってきた酒樽が、すでに座敷の隅に並んでいる。
今日は作ったばかりの風呂をみんなで楽しめて、しかもこのあと宴会まである。
(……こんな贅沢、前世でもそうそうなかったぞ)
私は改めて、湯気の上がる大浴場を振り返った。
ここを造って、本当によかった。




