第16話「水の逃げ道」②
出来上がった一輪手押し車を押して土地へ戻ると、雲居が帳面を片手に待っていた。
「遅かったですわね」
「これ作ってた」
私は手押し車の柄を軽く持ち上げてみせる。
「必要な石材は、おおよその量を出しておきましたわ。今ある分だけでは少し足りませんけれど、追加で揃えられる範囲です」
「さすが」
「当然ですわ。それより、その車輪のついた箱、本当に役に立ちますの?」
「まあ見てろって」
試しに、掘り返した湿った土を手押し車へ積んだ。籠なら二人で運びたくなる量を入れても、柄を持ち上げれば重さの全部が腕へ来るわけではない。
そのまま押して、土地の端まで運ぶ。
「おお」
男の造作師の一人が素直に声を上げた。
「これならかなり運べそうですね」
「だろ?」
「調子に乗って積みすぎるなよ。ぬかるみに車輪取られたら余計面倒だぞ」
三笠が釘を刺す。
「分かってるって」
手押し車はすぐに三人の造作師へ渡した。
私はその間に、もう一度【クラフトレシピ一覧】から【地下排水路】を開く。
【継承可能な付与スキルを確認しました】
【排水性上昇(中)】
【耐久力上昇(中)】
【継承可能数:2】
(……よし。二つとも候補に出てる)
継承可能数も二つ。完成した時に選ぶなら、今の私なら両方を残せる。
あとは、実際に形にするだけだ。
レシピを見直すと、必要な材料と工程が頭の中で改めて整理される。
どれだけ掘るか。どこから傾斜をつけるか。硬石をどう組み、多孔石をどこへ詰めるか。
一人で作るには大きすぎる。
でも、今は人がいる。
「よし。始めよう」
私は縄を張った場所を指した。
「まず、この線に沿って溝を掘る。古い水路へ近づくほど、少しずつ深くしてくれ」
私は縄に沿って指を動かし、その先にある古い排水路を示した。
「底には硬石で細い水路を組む。その周りを多孔石で埋める。土の中の水を石の方へ逃がして、最後は全部あの古い水路へ流す」
三笠が顎髭を撫でる。
「地面の下に、水を拾う道を何本も作るってわけか」
「そういうこと」
「なら、石組みは儂が見る。傾斜を狂わせるなよ」
「頼む」
篠は硬石を運び、三人の造作師は溝を掘る者と土を運ぶ者に分かれた。
まずは新しい排水路を掘りながら、古い水路に詰まった土砂も少しずつさらっていく。
雲居は必要な石の数を見ながら、足りない分をどこから回すか帳面へ書き込んでいく。
私は全体を行き来しながら、深さと傾きを確認して、石を置く位置を指示した。
クラフト技能があるからといって、地面が勝手に掘れるわけじゃない。
でも、どう作ればいいかは分かる。どの石をどこへ置けばいいかも、どのくらい傾ければ水が流れるかも、頭の中ではっきりしている。
あとは、それをみんなの手で形にしていくだけだ。
*
工事は一日では終わらなかった。
初日は引っ越し荷物の片付けと、増築した家の掃除をしていた朝凪と夕凪も、翌日から手伝いに来た。
朝凪は硬石や多孔石を運び、夕凪は水や昼飯を届けてくれる。人数が増えた分、作業は目に見えて進んだ。
掘って、土を運んで、硬石を組む。多孔石を詰め、また次の溝へ移る。
新しい溝を掘るのと並行して、古い排水路の土砂も取り除き、崩れた石組みは三笠が中心になって積み直した。せっかく集めた水も、その先が詰まっていたら意味がない。
一輪手押し車は予想以上に働いた。湿った土だけでなく、石まで載せて何度も往復している。途中で三笠が二台目を作れと言い出したので、結局もう一台増やした。
「最初から二台作っときゃよかったな」
「作ってみなきゃ分からんこともある」
「珍しく優しいじゃん」
「次は最初から気づけ」
「やっぱり優しくない」
数日かけて、最後の一本まで石を組み終えた。
硬石で作った細い水路を多孔石が包み、その上へ土を戻していく。見た目だけなら、掘り返す前と大きくは変わらない。
けれど、その下には土地を横切る何本もの水の逃げ道がある。
最後に、修繕を終えた古い排水路へつながる出口を整える。
「ここで終わりだ」
三笠の声に合わせ、私は最後の硬石をはめ込んだ。
その瞬間、目の前にウインドウが開く。
【地下排水路をクラフトしました】
【継承する付与スキルを選択してください】
【排水性上昇(中)】
【耐久力上昇(中)】
【継承可能数:2】
(二つとも、いける)
迷う理由はない。私は二つとも選んだ。
【排水性上昇(中)を継承しました】
【耐久力上昇(中)を継承しました】
(よし)
二つとも、きちんと継承されている。
「終わったのか?」
「ああ。たぶん、これでいける」
「たぶんですの?」
雲居が嫌そうな顔をした。
「だって、まだ雨降ってないし」
「そこは自信満々に言い切るところではありませんの?」
「水を流してみれば分かるだろ」
試しに、地下排水路を埋めた場所の真上へ、桶の水を何杯か流してみる。
水は一度土へ染み込み、しばらくすると古い排水路へつないだ出口から、ちょろちょろと流れ出してきた。
「……出た」
篠が出口を覗き込む。
三笠もしゃがみ、流れてくる水を指先で確かめた。
「道は通ってるな」
「あとは本番待ちだ」
「本番?」
「雨」
桶数杯の水が流れたところで、土地全体の水はけが直ったとは言い切れない。
まとまった雨が降って、それでも水が残らなければ成功だ。
私は土を戻した地面を見渡した。
目には見えない。その下に、本当に何本もの排水路が通っている。
(あとは、雨が答え合わせしてくれる)
土地を使えるかどうか。
それが決まるのは、次に雨が降ったあとだった。
*
地下排水路を作り終えてから、二日後。
夕方から空が暗くなり始め、夜には屋根を叩く雨音が家の中まで響いていた。
「結構降ってますね」
夕飯を食べ終えた篠が、窓の外へ目を向ける。
「ちょうどいい」
「何がですの?」
「試すには」
雲居が呆れたようにこちらを見る。
「普通は、雨漏りでも心配するところですわよ」
「そっちは大丈夫。増築したところも三笠が見てるし」
「それはそうですけれど……」
雨脚は夜が更けても弱くならなかった。
これだけ降れば、前のあの土地なら間違いなく水浸しだ。草の間に水溜まりがいくつもできて、何日も足元がぐちゃぐちゃのままだったはずだ。
(さて、どうなってるかな)
理屈では大丈夫だと思っている。桶の水もちゃんと流れた。付与スキルだって二つとも継承できた。
それでも、土地全体を相手にしたクラフトなんて初めてだ。答えを見るまでは、さすがに落ち着かなかった。
*
翌朝、雨は上がっていた。
私は篠たちと一緒に、工房裏の土地へ向かった。三笠と三人の造作師も、すでに入口のところで待っている。
「……お」
思わず声が漏れた。
水溜まりがない。
もちろん地面は濡れている。けれど、前に来た時のように草履が深く沈むことはない。
踏んでも、水が滲み出してくるほどではなかった。
「姉さん、前みたいに沈まないよ!」
夕凪が嬉しそうに地面を何度か踏む。
「……本当だね」
朝凪も足元を確かめてから、少しだけ口元を緩めた。
「出口を見ますわよ」
雲居に促され、全員で古い排水路の方へ回る。
修繕した水路には、茶色く濁った雨水が勢いよく流れていた。地下で集められた水が、何本もの排水路を通ってここへ出てきている。
「うわ、流れてる」
私がしゃがみ込む横で、三笠も水路を覗き込んだ。
「これだけ降って、この程度なら上出来だ」
「成功ってことでいい?」
「排水はな」
「まだ何かあるのかよ」
三笠は立ち上がると、濡れた地面を草履の底で強く踏んだ。
「家を建てるんだろ。水が抜けたからって、今日から柱を立てられるわけじゃねえ。まず乾かす。それから低いところを埋めて、しっかり踏み固める」
「……なるほど」
「最後までやって、ようやく使える土地だ」
言われてみればその通りだ。
(排水できた! 終わり! じゃないんだな)
でも、一番厄介だった水は抜けた。ここまで来れば、残りは人手でどうにかできる。
*
それから数日は晴れが続いた。
地面が乾くのを待ちながら、私たちは雨のあとに少し沈んだ場所へ砂利を入れ、何度も踏み固めた。三笠たちが作った太い突き棒も使い、長屋を建てる予定の場所を中心に地面を均していく。
掘り出した粘土質の土は全部戻さず、使わなかった分を土地の端へまとめておいた。
(この土、何かに使えそうなんだよな)
今は土地を仕上げる方が先だ。捨てるのは、使い道がないと分かってからでも遅くない。
数日後。
三笠が地面を何度か踏み、最後に大きく頷いた。
「これならいいだろ」
「家、建てられる?」
「地面だけならな」
「よし」
その日のうちに雲居から領主の館へ連絡を入れてもらった。
*
翌日、伊吹と白露が土地を見に来た。
領主本人が来るとは思っていなかったので少し驚いたが、伊吹はいつも通り柔らかな笑顔だった。
白露はその隣で帳面を抱え、相変わらず目を細めてこちらを見ている。
「白露だけでもよかったのですが、私も見ておきたかったので」
伊吹はそう言って、乾いた地面へ目を向けた。
(……やっぱり、ちょっと怖いんだよな)
「ずいぶん変わりましたね」
伊吹は乾いた地面を歩き、修繕した古い排水路まで見て回った。
「まとまった雨のあとでも、水は残りませんでした」
「ええ。報告も受けています。以前は雨のあと、数日は近づきたくない場所でしたから」
伊吹は足元を見てから、こちらへ向き直る。
「これなら、人が住む場所として使えるでしょう。約束どおり、条件を満たしたものとします」
「ありがとうございます」
気づけば、また自然に敬語になっていた。まあ、領主相手なら仕方ない。
白露が待っていたように一枚の書面を差し出す。
「こちらが正式な土地使用の許可書です。以前お渡しした条件書に基づき、当面の使用料は免除となります」
(やっぱり用意してたのか)
仕事が早い。というか、私たちが成功する前提で準備していたように見える。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
伊吹が微笑む。
「使われていなかった土地が一つ戻りました。こちらにも十分な利益があります」
やっぱり、この人は抜け目がない。
でも、そのくらいの方が分かりやすくていい。
伊吹たちを見送ったあと、私は改めて土地を見渡した。
最初に来た時は、歩くだけで草履が沈んだ場所だ。今は乾いた地面が広がっている。
ここに長屋を建てる。工房で働く人間が住んで、朝になったらすぐ隣の工房へ向かう。
少し前まで、そんなことを考える必要すらなかった。
一人だったから。
今は、人が増えた。
(だから、作るものも大きくなっていくんだな)
「霧江、何をぼさっとしてやがる」
三笠の声に振り返る。
「土地はできたんだ。次は長屋だろ」
「分かってるよ」
私は笑って、乾いた地面を踏んだ。




