第14話「霧江の工房」②
私は手にした丸棒を作業台へ置いた。
「三笠、ちょっと抜ける」
「何する気だ」
「思いついたものを作る」
「今か?」
「今だからだよ」
三笠の眉間に、深いしわが寄った。
「……好きにしろ。ただし、工房の方は止めねえぞ」
「もちろん。篠、手伝ってくれ」
「はい!」
私と篠は、建築中の工房から少し離れた作業台へ移った。
三笠と朝凪はそのまま工房の骨組みを組み、雲居は足りない材木や金物の手配に戻る。
夕凪も水を配りながら、使い終わった道具をまとめていた。
「霧江さん、何を作るんですか?」
「回るやつ」
「……回るやつ?」
「私もまだ説明しづらい」
木を自分の手で回しながら削るから、時間がかかる。なら、木の方を勝手に回してやればいい。
電気なんてものはない。けれど、人の足なら使える。
私は使えそうな木材や軸、革帯を作業台の周りへ集めた。
頭の中で形を組み立てながら、見慣れたクラフト画面を開く。
踏み板。回転軸。大きな木製の輪。加工する木を固定する部分。それから、刃物を安定させるための受け台。
必要な部材と組み方が、頭の中でひとつにつながっていく。
(……いけるな)
前世で見た電動のものほど大げさな物じゃない。足で踏んで回す、もっと単純な仕組みだ。
それでも、今まで手で一本ずつ削っていたことを考えれば、十分すぎる。
「篠、その板押さえてくれ」
「はい!」
そこからは、必要な部材を順番に形にしていった。
切って、削って、穴を開ける。軸を通し、踏み板と回転部分をつなぐ。
細かなところはクラフト画面で確かめながら、合わない部分はその場で直した。
一度目は軸が少しぶれた。直して回すと、今度は踏み板が重い。そこも調整する。
「霧江さん、こっち少し持ち上げますね」
「助かる」
篠は仕組みそのものには首を傾げながらも、言えばすぐ欲しいところを押さえてくれる。こういう時、本当に頼りになる。
何度か組み直し、試しに踏んではまた直す。
やがて、作業台の脇に見慣れない木製の道具が鎮座した。
大きな木の輪と軸。その前には、加工する木材を固定する場所がある。足元から伸びた踏み板を踏めば、回転が軸へ伝わる仕組みだ。
「できた」
「これが、回るやつ……ですか?」
「そう。たぶん」
「たぶんなんですね」
篠が苦笑する。
「篠、三笠呼んできてくれ」
「はい!」
篠が工房の方へ走っていく。
ほどなくして、三笠が怪訝そうな顔でやってきた。
「なんだ。こっちはまだ――」
言いかけた三笠が、旋盤を見て止まる。
「……なんだ、こりゃ」
「さっき思いついたやつ」
三笠が旋盤の周りを一周する。木の輪、踏み板、軸。順番に目で追っているが、まだ何に使う物なのかまでは分からないらしい。
「これ、お前が作ったのか」
「篠に手は借りたけどな」
「私は押さえたり、持ったりしただけです」
三笠の目が、もう一度旋盤へ戻る。
「……これで何をする」
「見てろ」
さっき作った丸棒と同じくらいの木材を固定する。
足を踏み板へ乗せ、ゆっくり踏み込んだ。
木製の輪が回る。
それに合わせて、固定した木も回転を始めた。
何度か踏んで回転を安定させ、刃受けへ刃物を添える。
刃先を木へ当てた瞬間、薄い木屑がするすると剥がれた。
「おお……」
後ろで篠の声が漏れる。
削る位置を少しずつ動かしていく。木材は一定の速さで回り続けるから、手で持ち替えて削るよりずっと楽だ。
しばらくして足を止める。
回転がゆっくり落ち、やがて止まった。
固定を外し、削った丸棒を三笠へ渡す。
三笠は何も言わずに受け取った。
指で表面をなぞり、端から端まで眺める。さっき私が手で削った一本と並べて、太さも確かめた。
「……もう一本やれ」
「はいはい」
二本目はもっと早かった。
固定して、踏む。回して、削る。
手で削った時と同じ精度まで仕上げてから、三笠へ渡す。
二本を並べた三笠が、しばらく黙り込んだ。
「どうだ?」
「……貸せ」
「え?」
「儂にもやらせろ」
返事を待たず、三笠が私を押しのけるように前へ出た。
「ちょ、分かったから押すなって」
三笠は腰を下ろすと、まず踏み板を軽く踏んだ。
一度。二度。三度。
回転の具合を確かめるように足を動かし、今度は刃物を手に取る。
最初こそ慎重だったが、すぐに扱い方を掴んだらしい。木屑が細く連なって落ち始める。
「……なるほど」
もう一度踏む。
「なるほど、なるほど……!」
声が少しずつ弾んでいく。
「ここで刃を当てれば……そうか。木が勝手に回るから、手は削ることだけに使えるのか!」
三笠が笑った。
昨日、背負子を見て口元を緩めた時よりも、ずっと分かりやすい笑顔だった。
「三笠さん、楽しそうですね」
いつの間にか近くまで来ていた夕凪が、にこにこしながら言う。
「……笑ってねえ」
「笑ってますよ」
「笑ってねえ」
頑固だ。
朝凪が妹の隣で三笠を見ながら、ぼそりと呟いた。
「……子供みたい」
「同感ですわ」
雲居まで頷く。
「聞こえてるぞ!」
今度は全員で笑った。
*
けれど、三笠は笑われたくらいでは止まらなかった。
「霧江。ここの刃受け、動かせねえのか」
「動かせるようにした方がいいか?」
「木の太さが変われば刃を当てる位置も変わる。固定じゃ使いにくい」
「じゃあ、溝を切って……こっちで留めれば位置を変えられるな」
「それと軸だ。もう少し太くしろ。長く使うならこっちが先にへたる」
「分かった」
完成したはずの足踏み旋盤は、その場でもう一度ばらされた。
三笠と二人でああでもない、こうでもないと言いながら手を入れていく。
刃受けを動かせるようにし、軸回りを補強する。踏み板の位置も少し変えた。
細かな修正を終えてもう一度動かすと、さっきより明らかに使いやすくなっていた。
(……なるほどな)
私一人なら、クラフト画面を見ながら完成品まで持っていける。
でも、実際に何十年も物を作ってきた人間の目が加われば、使い勝手や耐久性はもっと詰められる。
これは私一人で作るのとは、また違う。
「霧江!」
考えていると、三笠が旋盤で削った木の輪を持ち上げた。
中央には穴があり、外周には綺麗な溝が一本入っている。
「これなら滑車も作れるぞ」
「あ」
言われて、私も気づいた。
丸い部材を正確に削れるなら、滑車を作るのもずっと楽になる。
「作ろう」
「おう」
二人の返事が重なった。
*
そこから先は早かった。
足踏み旋盤で木の輪を削り、溝を作る。軸を通し、縄を掛ければ、簡単な滑車の出来上がりだ。
それを工房の骨組みに取り付けると、今まで何人かで抱えていた太い材木も、ずっと持ち上げやすくなった。
「せーの!」
篠と朝凪が縄を引き、私が材木の位置を合わせる。
ゆっくりと梁が上がっていく。
「止めろ! そこでいい!」
三笠の声に合わせて固定する。
骨組みだけだった場所へ梁が渡り、少しずつ工房の形が整っていく。
しかも、その工房を作るための道具まで、途中で自分たちの手で増えていた。
道具を作る。
その道具で、次の物を作る。
そして、また作れるものが増える。
(……やっぱり、こういうのは楽しいな)
汗を拭いながら旋盤を見ると、三笠も同じものを見ていた。
「霧江」
「ん?」
「工房ができたら、お前は次に何を作る」
「気が早くないか?」
「いいから答えろ」
三笠の声はぶっきらぼうだった。
けれど、その顔は昨日よりずっと楽しそうだった。




