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第12話「売れすぎです」④

 組合の受付では、すぐに獣脂の確認が始まった。

 指定した魔獣のものか。

 腐っていないか。

 余計な肉や内臓が混じっていないか。

 榊が言っていた通り、どれも条件を満たしている。


「問題ありません。すべて納品として受け付けます」


 受付の女性がそう告げた瞬間、肩から力が抜けた。


「よかったぁ……」

「まだ安心するのは早いですわよ」


 雲居に横から釘を刺される。


「分かってるよ。でも、これで作れる」


 暁たちが集めてくれた量なら、残りを作るための目処が立つ。


 受付では重さを量り、それぞれの持ち込み分が記録されていった。

 やがて、預けていた金から報酬が支払われる。

 暁たちと一緒に来ていた、脂を提供した何人かの狩人にも、きちんと金が渡っていく。


 その様子を、周りにいた狩人たちがじっと見ていた。


「……本当に脂で金になるのか」

「昨日捨てたぞ、俺」

「あれ持って帰ればよかったな……」


 空気が変わった。


 さっきまで遠巻きに見ていた男が、受付へ近づく。


「なあ。この依頼、まだ受け付けてるのか?」

「はい。条件を満たすものでしたら」

「じゃあ、次から取ってくる」


 別の狩人も掲示板を見直した。


「俺がよく狩るやつも対象じゃねえか」

「霧江って、あの金剛を作った造作師らしいぞ」

「金剛?」

「ほら、山背の盾を砕いたっていう刀だよ」

「ああ、あれか」


 どうやら、私より先に金剛の名前の方が広まっているらしい。


「……帰ろう」

「どうしましたの、急に」

「いや、なんか恥ずかしくなってきた」


 雲居が呆れた顔をした。


 暁はそんな私を見て笑う。


「有名になるのも大変だな」

「まだなってないから」

「この調子なら、すぐだろ」


 やめてほしい。

 でも。

 今まで捨てられていた脂が、持ち帰れば金になるものになった。

 私にとっては石鹸の材料。

 狩人たちにとっては、これまでなかった稼ぎ。

 そう考えると、悪くない。


「暁」

「ん?」

「本当にありがとう」


 今度はちゃんと顔を見て言った。


 暁は一瞬だけ目を丸くして、それから片手を上げた。


「気にすんな。こっちも金になるんだからな」


 その横で、小松がにっと笑う。


「次もいるなら言ってくれよ。脂くらいなら集められるし」

「条件が変わる場合は、先に知らせてくれ」


 榊も淡々と付け加えた。


「うん。助かる」


 篠も三人へ深く頭を下げた。


「皆さん、ありがとうございます」

「だから気にすんなって」


 小松が照れたように手を振った。


   *


 それからは、本当に戦いだった。

 翌日には、別の狩人たちからも獣脂が持ち込まれ始めた。

 一件。

 三件。

 五件。

 暁たちが実際に報酬を受け取ったことが広まると、集まり方は目に見えて変わった。


「これも買ってくれるのか?」

「昨日狩ったやつなんだが」

「次はいつまで集めればいい?」


 組合から届くたびに、篠が脂を運ぶ。

 夕凪は手慣れた様子で灰汁を作り、


 朝凪は言われた通りに薪や水や桶を運ぶ。


「お姉ちゃん、その桶そっちじゃないよ」

「……こっち?」

「反対」

「…………」


 狩りをしている時の朝凪からは想像できない。


 夕凪がいなかったら、灰汁作りは別の意味で危なかったかもしれない。


 雲居は注文の数と材料の量を見比べ、何個作ればどこへ回すかをひたすら帳面へ書き込んでいる。


 篠は材料を運び、型を並べ、固まった石鹸を取り出してくれた。


 そして私は――作る。

 ひたすら作る。

 混ぜる。

 流す。

 固める。

 切る。

 できたものから風通しのよい場所へ並べる。

 軒先だけでは足りなくなり、庭にも棚を置いた。

 それでも足りず、家の中まで使った。


「霧江さん、次の脂です!」

「そこ置いて!」

「霧江、灰汁できたよ」

「ありがとう!」

「霧江。こちらの分を先に仕上げてくださいませ!」

「分かった!」


 何度、同じことを繰り返したか分からない。

 腕が重い。

 腰も痛い。

 途中から、今日が何日なのかすら怪しくなった。

 それでも、減っていく材料の横で、石鹸だけは確実に増えていった。


 そして――。

 納品期限の日。


   *


「……二百三十五、二百三十六……」


 山猫商会の一角で、稲羽が今日運び込んだ石鹸を一つずつ数えていた。


 私はその横で、息を止めて見守る。


 雲居も腕を組んだまま黙っている。


 篠は祈るみたいに両手を胸の前で握っていた。


 稲羽が最後の一つを数え終え、これまでの納品数が書かれた紙へ目を落とす。


「……これで、二百三十七」


 一拍。


「ぜ、全部……揃いました!」

「終わったぁ……!」


 その場にへたり込みそうになった。


 篠も大きく息を吐く。


 雲居は目を閉じて、額を押さえた。


「間に合いましたわね……」

「雲居、白目は?」

「剥いておりませんわ!」


 元気そうで何よりだ。


 稲羽は並んだ石鹸を見回して、耳をぴんと立てていた。


「こんなに……本当に作ってくださったんですね」

「約束したからな」

「ありがとうございます!」


 勢いよく頭を下げる。

 そのしっぽまで、嬉しさを隠しきれないようにぴんと真っ直ぐ立っていた。


 少し離れたところでは、更級も石鹸の山を眺めている。


「よく間に合わせたね」

「ほんとに大変だった……」

「だろうねえ」


 更級は楽しそうに笑った。


「でも、これで終わりじゃないよ」

「え?」


 嫌な予感がした。


 更級は隣に積まれた紙へ視線をやる。


「今日までにも、次の注文が来てる」

「…………」


 私は雲居を見る。


 雲居も私を見る。


「帰ろうか」

「ええ。一度、帰りましょう」


 現実逃避ではない。

 たぶん。


   *


 家へ戻って、私はようやく気づいた。


「……ひどいな」


 庭には桶。

 積まれた薪。

 灰を入れた容器。

 使い終わった型。

 空になった獣脂の入れ物。

 乾かすために急ごしらえした棚。

 家の中にも、道具や材料を避けるために寄せた荷物が積まれている。

 生活する家というより、無理やり作業場にした家だ。


 篠が部屋を見回す。


「片づければ、元には戻せますよ」

「うん」


 でも。

 戻したところで、また注文が来れば同じことになる。

 次も二百。

 その次は、もっと増えるかもしれない。

 そのたびに皆で走り回って、家中を石鹸だらけにするのか。


「……無理だな」

「何がです?」

「今のままじゃ」


 私は縁側から庭を眺めた。

 石鹸を作る場所。

 材料を置く場所。

 乾かす場所。

 どれも、足りない。

 材料を集める方法はできた。

 売る場所もある。

 でも、それを作るための場所が追いついていない。


「もっと、ちゃんと作れる場所が必要だな」


 口にすると、不思議なくらいしっくりきた。


 雲居が帳面を閉じる。


「ようやく、その話になりましたわね」

「やっぱり思ってた?」

「当然でしょう?」


 篠も庭を見る。


 朝凪と夕凪も、散らかった桶の向こうからこちらを見た。


 私はもう一度、自分の家を見回した。

 石鹸が売れた。

 材料も集められるようになった。

 なら次は――。

 作る場所だ。

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