↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/76

第2話「壊し屋と金剛不壊」①

「……まさか、食ったのか?」


 女は答えない。

 いや、答えられる状態じゃない。


 俺はもう一度、地面に落ちているキノコへ目をやった。茶褐色の傘。白い筋。端には、どう見ても噛み跡。


「食べられそうではあるけど……」


 見た目だけなら、俺だって騙されるかもしれない。

 だからこそ、触って確かめる。


【素材解明】

【名称:痺れ茸】

【特性:神経毒・食用不可】


「やっぱり毒キノコじゃねえか!」


 思わず声が大きくなった。


 痺れ茸。

 名前からして嫌な予感しかしない。しかも、特性にははっきりと神経毒とある。


 女の顔色は青白く、額には汗が浮かんでいた。呼吸も浅い。


「まずいな……」


 俺は腰の工具袋を探った。

 木を切るための小刀。丈夫なつる。さっき摘んだ癒し草。それから――小さな瓶。


「あった」


 中に入っているのは解毒薬だ。

 自分がこの世界で目覚めた日に、命を拾わせてくれた薬。あの経験以来、森へ入る時には一本持ち歩くようにしていた。


 まさか、こんなに早く役立つとは思わなかったが。


「おい、聞こえるか?」


 女の肩を軽く叩く。


「……ん……」


 かすかに声が漏れた。


 完全に意識を失っているわけではないらしい。


「薬だ。飲めるか?」


 瞼がわずかに動いた。


 返事らしい返事はない。


 俺は女の上体をゆっくり起こし、背中を支えた。瓶の口を唇へ当て、少しずつ傾ける。


「ゆっくりでいい。飲め」


 最初の一口は口の端からこぼれた。

 けれど、二口目で喉が小さく動く。

 飲めている。


「そう、それでいい」


 全部飲ませると、俺はひとまず息をついた。


 あとは効いてくれるのを待つしかない。

 前に自分で飲んだ時は、すぐに身体の痺れが引き始めた。今回も同じなら――。


「……っ」


 女の眉がぎゅっと寄った。


 次の瞬間。


「にっが……」

「第一声がそれかよ」


 思わず突っ込んだ。


 けれど、その声にはさっきまでより明らかに力がある。

 青白かった頬にも、少しずつ色が戻ってきていた。


「……わ、私……」

「動くな。毒キノコ食って倒れてたんだ。薬は飲ませたから、しばらくじっとしてろ」

「毒……キノコ……」


 女はぼんやりと俺を見上げ、それから地面の痺れ茸へ視線を移した。


「…………あれ、毒だったんですか?」

「食べてから気づくなよ」

「美味しそうだったので……」

「狩人っぽい格好してるのに!?」


 腰に武器まで差している。

 森の素人には、とても見えない。

 それなのに毒キノコへ迷いなく食らいついたらしい。


 女は気まずそうに目を逸らした。


「き、キノコは専門外です」

「専門とかあるのか……?」

「あります。たぶん」

「たぶんって言ったぞ今」


 しばらくすると、女は自力で座れるようになった。


 解毒薬はちゃんと効いているらしい。

 とはいえ、このまま森に置いていくわけにもいかない。


「俺の小屋が近くにある。歩けそうなら、そこで休むか?」

「よろしいんですか?」

「ああ。倒れられても困るしな」


 女は立ち上がろうとして、ふらりと身体を揺らした。


「おっと」


 とっさに腕を掴む。


「す、すみません」

「だから無理するなって」


 思った以上に毒が残っているらしい。


 俺は女の腕を肩へ回した。


 近くで見ると、まだ若い。

 肩まで伸びた濃い緑色の髪に、整った顔立ち。さっきまで死にかけていたせいで気づかなかったが、かなり可愛い。


 しかも、身体を支えた瞬間、腕越しに柔らかな感触が――。


「……いやいや」

「どうしました?」

「なんでもない」


 命を助けた直後に何を考えているんだ、俺は。

 前世から中身が変わっていないことだけは、嫌というほどよく分かった。


   *


 小屋へ戻る頃には、女はだいぶ普通に歩けるようになっていた。


 椅子へ座らせ、水を渡す。


「ありがとうございます」

「礼ならもういいって。それより、気分は?」

「少し身体が重いですけど、もう大丈夫です」

「ならよかった」


 女は水を一口飲み、両手で器を持ったまま、改めてこちらへ向き直った。


「助けていただいて、本当にありがとうございました。あのままだったら、どうなっていたか……」

「まあ、たまたま通りかかっただけだ」

「それでもです」


 そう言って、女は深々と頭を下げた。

 ずいぶん律儀な性格らしい。


「私は篠《シノ》と申します。狩人をしています」

「やっぱり狩人だったのか」

「はい」

「それで毒キノコを?」

「……そこは、もう忘れていただけると嬉しいです」


 少しだけ頬を赤くする。

 反応が素直で面白い。


「俺は霧江。ここで造作師を――」

「俺?」

「ん?」


 篠が不思議そうに首を傾げている。


「いえ、その……今、『俺』と……」

「…………」


 そうだった。


 完全に忘れていた。

 頭の中身は男のままでも、今の俺はどう見ても女だ。

 この世界で目覚めてから、まともに人と話す機会なんてなかったから、普通に前世の一人称を使い続けていた。


 森でも「俺」と言った気はするが、あのときの篠は意識が朦朧としていて、気づかなかったのだろう。


「……変か?」

「えっ。い、いえ! そんなことはありません!」


 篠は慌てて両手を振った。

 その反応が、何より雄弁だった。


「分かった。変なんだな」

「ち、違います! ただ少し意外だっただけで……!」

「いや、いい。これから人と関わるなら、直した方が面倒は少なそうだ」


 俺――。

 いや。


「私は霧江。造作師をしてる」

「霧江さん、ですね」

「そういうことで」


 まだ妙な感じはする。

 まあ、そのうち慣れるだろう。


「それで篠。狩人なら、この辺りには詳しいのか?」

「はい。……と言いたいところなんですが」


 篠の視線が泳いだ。


「なんだ?」

「実は、道に迷いまして」

「…………」

「それで、お腹も空いてきまして」

「…………」

「ちょうど美味しそうなキノコが」

「もう分かった」


 全部つながった。


 狩人なのに森で迷い、腹を空かせ、知らないキノコを食べて毒に当たったらしい。


 こいつ、大丈夫なのか。


「でも、魔獣の狩りでしたら任せてください!」


 こちらの不安を察したのか、篠が胸を張る。


「戦う方は得意なんです。これでも狩人になって二年になりますから」

「へえ」


 毒キノコの件のせいで若干説得力に欠けるが、腰の武器や立ち姿を見る限り、嘘を言っているようには見えない。


 篠は少し考えてから、真剣な顔で続けた。


「霧江さん。何か、私にできることはありませんか?」

「できること?」

「命を助けていただいたお礼です」

「いや、別にいいって」

「よくありません」


 即答だった。


「命を助けていただいて、『ありがとうございました』だけで帰ったら、私の気が済みません」

「律儀だなあ……」

「何でもとは言えませんが、狩人としてできることならお手伝いします」


 そこまで言われて、私は少し考えた。

 別に見返りが欲しくて助けたわけじゃない。

 でも。


 窓の外に広がる森へ目を向ける。

 小屋で好き勝手に物を作る生活は楽しい。

 その一方で、作れば作るほど材料が欲しくなる。

 今まで拾っていた木や草だけじゃない。


 もっと硬いもの。


 もっと丈夫なもの。


 魔獣から取れるという皮や骨や角も、一度は触ってみたい。


 何より――どんな素材から、どんなものが作れるのか知りたい。


「……じゃあ、一つ頼んでいいか?」

「はい!」

「素材集めを手伝ってくれ」

「素材集め、ですか?」

「ああ。植物でも鉱石でも、魔獣の素材でもいい。私は造作師だから、いろんな材料を試してみたいんだ」


 篠は一瞬きょとんとして、それからぱっと笑った。


「それなら、お安い御用です!」


 勢いよく立ち上がる。


 そして。


「では、さっそく行きましょう!」

「今日は休め」

「大丈夫です!」

「さっき毒キノコで倒れてた奴が言っても説得力ないからな?」

「うっ……」


 篠がしゅんと肩を落とす。


「明日だ。今日はここで休んでいけ。まだ毒も抜けきってないだろ」

「……はい」


 少し不満そうだが、素直に座り直した。

 こうして。


 毒キノコを食べて森で行き倒れていた女狩人と、元男の造作師。


 妙な二人の素材集めが始まることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。