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第9話「大馬鹿ですわ」④

「お金に変えるって、どうやって?」


 雲居の言い方に、私は首を傾げた。


「売るに決まっていますでしょう」

「それは分かるけど。誰に?」


 私がそう尋ねると、雲居は待っていましたとばかりに笑った。


「山猫商会ですわ」

「山猫?」

「この辺りにも出入りしている商会です。日用品から素材まで、手広く扱っていますの。わたくし、少々伝手がありましてよ」


 商会。


 言葉の意味は分かる。けれど、自分の作った物をそこへ持っていくという発想は、これまで一度もなかった。


「そこに石鹸を持っていくの?」

「ええ。まずは話を持ち込みますわ」

「いきなり全部売るわけじゃないんだ」

「当たり前でしょう。いくらで売れるのか、どの程度欲しがられるのかも分からないまま大量に渡してどうしますの」


 また怒られた。


「最初は少量。向こうの反応を見て、値を詰めて、それからですわ」

「なるほど」

「それと、霧江」

「ん?」

「商会で聞かれても、材料があればいくらでも作れます、などと軽々しく口にしてはいけませんわよ」

「なんで?」


 雲居が頭を抱えた。


「あなたは本当に……」

「霧江さん、たぶん値段を下げられてしまうということでは?」


 夕凪がおそるおそる口を挟む。


「その通りですわ。どれだけ作れるか。どれだけ手間がかかるか。どこまで値を下げられるか。こちらの事情を何もかも話して、得をすることなどありませんもの」

「商売って面倒だな」

「だから、わたくしがいるのでしょう?」


 胸を張る雲居。

 その動きにつられて、巫女服の胸元――正確には、その少し下へ視線が落ちかけた。


 危ない。


 今度は見ない。


「……霧江?」

「見てない」

「何も言っておりませんわ」


 雲居の口元が楽しそうに持ち上がった。


「ふふ。そうですの」


 絶対に気づいている。


「笑わないでください!」


 なぜか篠が怒った。


「別に、何もしておりませんでしょう?」

「その顔が怪しいんです!」

「同意」


 朝凪まで篠に加勢する。


「まあ。ひどい言われようですこと」


 そう言いながら、雲居はちっとも堪えていない。

 むしろ楽しそうだ。


「それで、いつ行くの?」


 私が話を戻すと、雲居はすぐに商売の顔へ戻った。


「明日にでも」

「早いな」

「こういうものは、思い立った時に動くものですわ。それに――」


 雲居は軒先に並ぶ石鹸へ目をやった。


「これをこのまま眠らせておく方が、わたくしには耐えられませんもの」

「そこまで?」

「そこまでです」


 即答だった。


 私はあらためて石鹸を見る。

 灰汁と油から作った、ただの石鹸。私にとっては、体を洗うための便利な道具でしかなかった。


 でも、雲居には違うものに見えているらしい。


「雲居って、こういうの得意なんだな」

「こういうの、とは?」

「物の値打ちを見たり、売り方を考えたり」


 雲居が一瞬だけ目を丸くした。

 すぐに、いつもの余裕のある表情へ戻る。


「当然ですわ。お金の流れを見ずに、何ができますの?」

「いや、助かるよ。私、そういうの全然分からないし」


 そう言うと、雲居はほんの少しだけ黙った。


「……そうでしょうとも」


 いつもより返事が遅かった。


 けれど、どこか機嫌はよさそうだ。


「なら、これからはわたくしにも相談なさい。あなたが作る。わたくしが値打ちを見ます。それでよろしいでしょう?」

「うん。頼りにしてる」


 また一瞬、雲居が黙った。

 今度は、その太い眉がわずかに上がる。


「……ずいぶん簡単に人を信用しますのね」

「だって、今の話はちゃんとしてたし」

「霧江さん!」


 篠が割って入った。


「そういうところです! もう少し警戒してください!」

「私もそう思う」


 朝凪までうなずく。


「二人とも雲居に厳しくない?」

「霧江さんが緩すぎるんです!」

「緩い」


 二人に同時に責められた。

 夕凪だけが、少し困ったように笑っている。


「ふふ」


 雲居まで笑った。


「何がおかしいんだよ」

「いいえ。思っていたより、面白いところですわね」


 雲居はそう言うと立ち上がった。


「では、今日はこれで失礼いたしますわ。明日の朝、また参ります」

「山猫商会だっけ?」

「ええ。石鹸をいくつか用意しておいてくださいませ」

「分かった」


 雲居は満足そうに頷き、戸口へ向かう。


 そこで一度だけ振り返った。


「霧江」

「ん?」

「明日は、わたくしの言うことをよく聞くこと。よろしいですわね?」

「そんなに心配?」

「とても」


 一瞬の迷いもなかった。


 雲居が帰ったあと、しばらくして朝凪と夕凪も家へ戻っていった。


 残った私は、篠と一緒に軒先の石鹸を眺める。


「これ、本当にそんなに売れるのかな」

「雲居さんがあそこまで言うなら、きっと何か見えているんでしょうね」

「金の匂い?」

「言い方が悪いです」


 篠が苦笑する。


 私にはただの石鹸。

 雲居には、金になる品。

 同じ物を見ても、見えるものは人によってずいぶん違うらしい。


 そして翌日。


 私は雲居に連れられて、山猫商会へ向かうことになった。

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