第8話「値打ちのあるもの」②
「改良型背負子、作ってみるか」
そう決めると、頭の中にはもう作り方が揃っていた。
さっきまで私は、肩紐を太くするとか、腰にも帯を回すとか、その程度しか思いついていなかった。
でも【改良型背負子】のレシピが解放された瞬間、どこをどう変えればいいのかが、細部まで一気に分かった。
「本当に、便利な能力だな……」
「また何か分かったんですか?」
「うん。きっかけを作るところまでは私だけど、そこから先はクラフト技能が全部補ってくれる」
「全部?」
「材料の使い方も、組み方も、どこをどれくらいの太さにすればいいかも」
篠が作業台の上の背負子を見る。
「それなら、すぐ作れるんですか?」
「材料があればな」
私は覚えたばかりの操作でウインドウを呼び出し、道具の一覧から【改良型背負子】を選んだ。
【改良型背負子:木材・革・布・縄】
「……普通だな」
「何がですか?」
「材料。珍しい魔獣素材とか、一個もいらない」
木材なら作業場にある。革も布も縄も、普段から使っている物で足りる。
昨日までなら、こんな表示を見ても特に気にしなかったかもしれない。
でも、フヨウの素材がすぐそばにある今だからこそ、少し面白く感じた。
「せっかくですし、フヨウの翼膜とか使わないんですか?」
篠が木箱の方を見る。
「軽くて丈夫そうですし」
「使えばもっと丈夫にはなるかもな」
「じゃあ――」
「でも、いらない」
私は即答した。
「もったいないから?」
「それもある。でも、一番は必要ないから」
私は元の背負子の木枠を指で叩いた。
「ここは普通の木で十分だ。肩紐だって、ちゃんと幅を取って布を当てれば普通の革でいい」
「でも、いい素材を使った方が、もっといい物になるんじゃないですか?」
「そりゃ、なる場合もあるよ」
いい素材を使えば、丈夫になったり、軽くなったりする。さらに、付与スキルを持つ素材なら、その力を完成品へ継承できる場合もある。
それ自体を否定するつもりはない。
「でもさ。普通の材料で十分なところまで全部高い素材にしたら、値段ばっかり上がるだろ」
「値段……」
「壊れやすいところだけ補強すればいい。必要なところに、必要な分だけ使う。私はそっちの方が好きだな」
篠が少し考えてから頷いた。
「霧江さんらしい気がします」
「それ、どういう意味?」
「無駄が嫌いそうです」
「褒めてる?」
「もちろんです」
最近、このやり取りも増えた気がする。
*
まず、元の背負子をばらす。
木枠そのものはまだ十分使える。だから、傷んでいない部分はそのまま材料として再利用する。
肩へ食い込んでいた細い革紐は外し、幅のある革へ交換する。
その内側へ布を重ねて当て、肩への食い込みをやわらげる。
次に、腰へ回す太い帯を作った。
「これで腰にも重さを逃がすのか……」
頭の中では理解していたけれど、実際に形へしていくと面白い。
さらに、背負子の上側と身体をつなぐ補助の紐を追加する。
荷物が背中から離れすぎないように引き寄せ、歩いた時の揺れを抑えるためのものだ。
「こんな紐一つでも意味があるんですね」
「むしろ、こういう小さい工夫が大事なんだと思う」
篠には革を押さえてもらい、私は頭の中に浮かぶ手順どおりに縫い合わせていく。
どこへ穴を開けるか。
どこを二重にするか。
木枠との接合をどこまで強くするか。
迷う必要はなかった。
レシピを解放した時点で、全部分かっている。
(自分で一から試すなら、何回か作り直してただろうな)
それを最初から正解へ持っていける。
やっぱり反則じみた能力だ。
「よし」
最後の縄を締める。
淡い文字が視界へ浮かんだ。
【完成品:改良型背負子】
【特性:荷重分散】
「できた」
「見た目は……背負子ですね」
「まあ、背負子だからな」
篠の感想は正しい。
木枠そのものは大きく変わっていない。違うのは、肩紐と腰帯、それから身体へ寄せるための補助紐くらいだ。
派手さはない。
でも、それでいい。
「さっきと同じ重さで試すぞ」
私は木材と石を詰めた布袋を、改良型背負子へ同じように括りつけた。
「本当に同じですよね?」
「疑うなら量ってもいいぞ」
「そこまで疑ってません」
肩紐へ腕を通す。
腰帯を締める。
身体へ引き寄せる紐を調整して。
「よっ……」
立ち上がった。
「おお」
「軽いですか?」
「いや、重い」
「えっ」
「重さは変わってないんだから当然だろ」
「では、失敗ですか?」
「違う違う。肩が全然楽なんだよ」
さっきは、荷物の重さが肩紐から直接食い込んできた。
今は違う。
腰帯がしっかり支えてくれるおかげで、重さが肩だけへ集中していない。
数歩歩く。
荷物も背中へ寄っているから、左右へ振られにくい。
「重いけど、ずっと背負いやすい」
「私もやってみたいです」
「いいよ」
背負子を下ろして、篠へ渡す。
篠は軽々と立ち上がった。
「……」
「どう?」
「楽です」
「だろ?」
「でも、この重さなら元の背負子でも大丈夫です」
「お前はそう言うと思ったよ」
「本当ですよ?」
「だから、お前を基準にするなって」
篠が少し不満そうな顔をする。
それでも、しばらく歩き回るうちに違いは分かったらしい。
「長く歩くなら、こっちの方がいいですね」
「そういうこと」
狩りへ向かう時。
魔獣を倒したあと。
何里も歩いて帰らなければならない狩人にとって、こういう差は積み重なる。
別に攻撃力が上がるわけじゃない。
でも、帰り道が少し楽になる。
それだけでも十分価値はある。
*
「……でも」
篠から背負子を返してもらいながら、私は足元を見た。
「まだ何かあるんですか?」
「山とか森なら、背負うしかないと思うんだよ」
「はい」
「でも、街道まで出たらさ」
私は背負子の下側を見ながら考える。
道は平らだ。
町へ近づけば、荷車だって普通に通っている。
車輪そのものは、この世界にも当然ある。
「平らな道でまで、ずっと背負ってる必要なくないか?」
「では、どうするんです?」
「車輪」
「車輪?」
「下に二つ付けて、道がいいところでは転がして引くんだよ。山道に入ったら背負えばいい」
口にした瞬間。
【製作法を構築します】
【レシピ解放:車輪付き背負子】
「……また出た」
「レシピですか?」
「うん」
私は表示を見つめた。
さっきとは違う。
(待て。今のは、前世で知っていた道具を思い出したんじゃない)
登山用リュックの腰帯は、記憶の中にあった。
でも、背負子へ車輪を付けるという形を、私は前世の何かから思い出したわけじゃない。
目の前の改良型背負子を見て。
この世界の街道と荷車を思い浮かべて。
今、その場で思いついただけだ。
「……そういうことか」
「また何か分かった顔してます」
「今度は、前に知ってたことじゃない」
「どういう意味ですか?」
「私が今思いついたものでも、レシピになるみたいだ」
篠が少し目を丸くした。
「それって……かなり色々作れるんじゃないですか?」
「たぶん」
前世の知識を思い出す。
目の前の不便から、新しい使い方を思いつく。
どちらでも、条件が合えば制作法として構築される。
(思ってたより、ずっと自由度が高いな)
私は妙にわくわくしていた。
ウインドウを開き、新しく増えたレシピを選ぶ。
【車輪付き背負子:背負子・木材・鉄材】
「……あれ。改良型じゃなくて、普通の背負子でもいいのか」
どうやら、土台になる背負子は普通の物でも構わないらしい。
ただ、今回は改良型を使う。そうすれば、荷重分散の特性も残したまま車輪を付けられる。
「材料もあるな」
「まさか、今からそれも作るんですか?」
「作れるって分かったのに、作らない理由ある?」
「ないと思ってました」
「分かってきたじゃん」
小さな木製の車輪を二つ。
それを支える軸。
背負う時には邪魔にならず、地面へ下ろした時だけ使いやすい位置。
どれも、レシピが教えてくれる。
改良型背負子の下側へ部品を組み付けていく。
大きすぎれば森で引っかかる。
小さすぎれば街道の凹凸を拾う。
その間のちょうどいい大きさも、もう分かっていた。
「……これで」
軸を固定する。
【完成品:車輪付き背負子】
【特性:荷重分散・牽引運搬】
「完成」
私は同じ荷物を括りつけ、背負子を地面へ下ろした。
上側の枠を掴み、少し傾ける。
ごろり。
木の車輪が回った。
「おお……」
前世の物で例えるなら、背負子にもなるキャリーカートって感じだな。
そのまま引いて歩く。
「楽だ」
「さっきまで背負っていた荷物ですよね?」
「同じ。車輪が重さを受けてくれるからな」
もちろん、階段や岩場では使えない。
森の中でも、木の根や藪に邪魔されるだろう。
でも、街道では十分使える。
「道が悪ければ背負う。平らなら転がす」
「使い分けるんですね」
「そう。何でも一つの方法で済ませる必要ないだろ」
篠も試しに引いてみる。
「これは……本当に楽ですね」
「お前が言うと説得力が薄いんだけど」
「霧江さん!」
笑いながら、私は完成した車輪付き背負子を見る。
使ったのは、ありふれた木と革と布と縄。それから、少しの鉄材。
フヨウの翼膜も、竜核も使っていない。
それでも、元の背負子よりずっと使いやすくなった。
(やっぱり、こういうの好きだな)
高い材料を使うだけじゃない。
形を変える。
使い方を変える。
それだけで、不便だったものが便利になる。
前世でDIYをしていた時に感じていた楽しさが、少しずつ戻ってきている気がした。
その時。
家の表から、戸を叩く音がした。
「誰か来たみたいですね」
「こんな時間に誰だろ」
篠が戸口へ向かう。
私は完成したばかりの背負子を作業台の脇へ寄せながら、その背中を見送った。
戸が開く音。
短い沈黙。
「……篠?」
そう言ったのは、低い男の声だった。
「……暁さん」
篠の声が、わずかに震えた。




