↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
28/78

第8話「値打ちのあるもの」②

「改良型背負子、作ってみるか」


 そう決めると、頭の中にはもう作り方が揃っていた。

 さっきまで私は、肩紐を太くするとか、腰にも帯を回すとか、その程度しか思いついていなかった。

 でも【改良型背負子】のレシピが解放された瞬間、どこをどう変えればいいのかが、細部まで一気に分かった。


「本当に、便利な能力だな……」

「また何か分かったんですか?」

「うん。きっかけを作るところまでは私だけど、そこから先はクラフト技能が全部補ってくれる」

「全部?」

「材料の使い方も、組み方も、どこをどれくらいの太さにすればいいかも」


 篠が作業台の上の背負子を見る。


「それなら、すぐ作れるんですか?」

「材料があればな」


 私は覚えたばかりの操作でウインドウを呼び出し、道具の一覧から【改良型背負子】を選んだ。


【改良型背負子:木材・革・布・縄】


「……普通だな」

「何がですか?」

「材料。珍しい魔獣素材とか、一個もいらない」


 木材なら作業場にある。革も布も縄も、普段から使っている物で足りる。


 昨日までなら、こんな表示を見ても特に気にしなかったかもしれない。

 でも、フヨウの素材がすぐそばにある今だからこそ、少し面白く感じた。


「せっかくですし、フヨウの翼膜とか使わないんですか?」


 篠が木箱の方を見る。


「軽くて丈夫そうですし」

「使えばもっと丈夫にはなるかもな」

「じゃあ――」

「でも、いらない」


 私は即答した。


「もったいないから?」

「それもある。でも、一番は必要ないから」


 私は元の背負子の木枠を指で叩いた。


「ここは普通の木で十分だ。肩紐だって、ちゃんと幅を取って布を当てれば普通の革でいい」

「でも、いい素材を使った方が、もっといい物になるんじゃないですか?」

「そりゃ、なる場合もあるよ」


 いい素材を使えば、丈夫になったり、軽くなったりする。さらに、付与スキルを持つ素材なら、その力を完成品へ継承できる場合もある。

 それ自体を否定するつもりはない。


「でもさ。普通の材料で十分なところまで全部高い素材にしたら、値段ばっかり上がるだろ」

「値段……」

「壊れやすいところだけ補強すればいい。必要なところに、必要な分だけ使う。私はそっちの方が好きだな」


 篠が少し考えてから頷いた。


「霧江さんらしい気がします」

「それ、どういう意味?」

「無駄が嫌いそうです」

「褒めてる?」

「もちろんです」


 最近、このやり取りも増えた気がする。


   *


 まず、元の背負子をばらす。

 木枠そのものはまだ十分使える。だから、傷んでいない部分はそのまま材料として再利用する。


 肩へ食い込んでいた細い革紐は外し、幅のある革へ交換する。

 その内側へ布を重ねて当て、肩への食い込みをやわらげる。

 次に、腰へ回す太い帯を作った。


「これで腰にも重さを逃がすのか……」


 頭の中では理解していたけれど、実際に形へしていくと面白い。


 さらに、背負子の上側と身体をつなぐ補助の紐を追加する。

 荷物が背中から離れすぎないように引き寄せ、歩いた時の揺れを抑えるためのものだ。


「こんな紐一つでも意味があるんですね」

「むしろ、こういう小さい工夫が大事なんだと思う」


 篠には革を押さえてもらい、私は頭の中に浮かぶ手順どおりに縫い合わせていく。


 どこへ穴を開けるか。

 どこを二重にするか。

 木枠との接合をどこまで強くするか。


 迷う必要はなかった。

 レシピを解放した時点で、全部分かっている。


(自分で一から試すなら、何回か作り直してただろうな)


 それを最初から正解へ持っていける。

 やっぱり反則じみた能力だ。


「よし」


 最後の縄を締める。

 淡い文字が視界へ浮かんだ。


【完成品:改良型背負子】

【特性:荷重分散】


「できた」

「見た目は……背負子ですね」

「まあ、背負子だからな」


 篠の感想は正しい。

 木枠そのものは大きく変わっていない。違うのは、肩紐と腰帯、それから身体へ寄せるための補助紐くらいだ。


 派手さはない。

 でも、それでいい。


「さっきと同じ重さで試すぞ」


 私は木材と石を詰めた布袋を、改良型背負子へ同じように括りつけた。


「本当に同じですよね?」

「疑うなら量ってもいいぞ」

「そこまで疑ってません」


 肩紐へ腕を通す。

 腰帯を締める。

 身体へ引き寄せる紐を調整して。


「よっ……」


 立ち上がった。


「おお」

「軽いですか?」

「いや、重い」

「えっ」

「重さは変わってないんだから当然だろ」

「では、失敗ですか?」

「違う違う。肩が全然楽なんだよ」


 さっきは、荷物の重さが肩紐から直接食い込んできた。

 今は違う。

 腰帯がしっかり支えてくれるおかげで、重さが肩だけへ集中していない。


 数歩歩く。

 荷物も背中へ寄っているから、左右へ振られにくい。


「重いけど、ずっと背負いやすい」

「私もやってみたいです」

「いいよ」


 背負子を下ろして、篠へ渡す。

 篠は軽々と立ち上がった。


「……」

「どう?」

「楽です」

「だろ?」

「でも、この重さなら元の背負子でも大丈夫です」

「お前はそう言うと思ったよ」

「本当ですよ?」

「だから、お前を基準にするなって」


 篠が少し不満そうな顔をする。

 それでも、しばらく歩き回るうちに違いは分かったらしい。


「長く歩くなら、こっちの方がいいですね」

「そういうこと」


 狩りへ向かう時。

 魔獣を倒したあと。

 何里も歩いて帰らなければならない狩人にとって、こういう差は積み重なる。


 別に攻撃力が上がるわけじゃない。

 でも、帰り道が少し楽になる。

 それだけでも十分価値はある。


   *


「……でも」


 篠から背負子を返してもらいながら、私は足元を見た。


「まだ何かあるんですか?」

「山とか森なら、背負うしかないと思うんだよ」

「はい」

「でも、街道まで出たらさ」


 私は背負子の下側を見ながら考える。

 道は平らだ。


 町へ近づけば、荷車だって普通に通っている。

 車輪そのものは、この世界にも当然ある。


「平らな道でまで、ずっと背負ってる必要なくないか?」

「では、どうするんです?」

「車輪」

「車輪?」

「下に二つ付けて、道がいいところでは転がして引くんだよ。山道に入ったら背負えばいい」


 口にした瞬間。


【製作法を構築します】

【レシピ解放:車輪付き背負子】


「……また出た」

「レシピですか?」

「うん」


 私は表示を見つめた。

 さっきとは違う。


(待て。今のは、前世で知っていた道具を思い出したんじゃない)


 登山用リュックの腰帯は、記憶の中にあった。

 でも、背負子へ車輪を付けるという形を、私は前世の何かから思い出したわけじゃない。


 目の前の改良型背負子を見て。

 この世界の街道と荷車を思い浮かべて。

 今、その場で思いついただけだ。


「……そういうことか」

「また何か分かった顔してます」

「今度は、前に知ってたことじゃない」

「どういう意味ですか?」

「私が今思いついたものでも、レシピになるみたいだ」


 篠が少し目を丸くした。


「それって……かなり色々作れるんじゃないですか?」

「たぶん」


 前世の知識を思い出す。

 目の前の不便から、新しい使い方を思いつく。

 どちらでも、条件が合えば制作法として構築される。


(思ってたより、ずっと自由度が高いな)


 私は妙にわくわくしていた。

 ウインドウを開き、新しく増えたレシピを選ぶ。


【車輪付き背負子:背負子・木材・鉄材】


「……あれ。改良型じゃなくて、普通の背負子でもいいのか」


 どうやら、土台になる背負子は普通の物でも構わないらしい。

 ただ、今回は改良型を使う。そうすれば、荷重分散の特性も残したまま車輪を付けられる。


「材料もあるな」

「まさか、今からそれも作るんですか?」

「作れるって分かったのに、作らない理由ある?」

「ないと思ってました」

「分かってきたじゃん」


 小さな木製の車輪を二つ。

 それを支える軸。

 背負う時には邪魔にならず、地面へ下ろした時だけ使いやすい位置。

 どれも、レシピが教えてくれる。


 改良型背負子の下側へ部品を組み付けていく。

 大きすぎれば森で引っかかる。

 小さすぎれば街道の凹凸を拾う。

 その間のちょうどいい大きさも、もう分かっていた。


「……これで」


 軸を固定する。


【完成品:車輪付き背負子】

【特性:荷重分散・牽引運搬】


「完成」


 私は同じ荷物を括りつけ、背負子を地面へ下ろした。

 上側の枠を掴み、少し傾ける。


 ごろり。

 木の車輪が回った。


「おお……」


 前世の物で例えるなら、背負子にもなるキャリーカートって感じだな。

 そのまま引いて歩く。


「楽だ」

「さっきまで背負っていた荷物ですよね?」

「同じ。車輪が重さを受けてくれるからな」


 もちろん、階段や岩場では使えない。

 森の中でも、木の根や藪に邪魔されるだろう。

 でも、街道では十分使える。


「道が悪ければ背負う。平らなら転がす」

「使い分けるんですね」

「そう。何でも一つの方法で済ませる必要ないだろ」


 篠も試しに引いてみる。


「これは……本当に楽ですね」

「お前が言うと説得力が薄いんだけど」

「霧江さん!」


 笑いながら、私は完成した車輪付き背負子を見る。

 使ったのは、ありふれた木と革と布と縄。それから、少しの鉄材。


 フヨウの翼膜も、竜核も使っていない。

 それでも、元の背負子よりずっと使いやすくなった。


(やっぱり、こういうの好きだな)


 高い材料を使うだけじゃない。

 形を変える。

 使い方を変える。

 それだけで、不便だったものが便利になる。


 前世でDIYをしていた時に感じていた楽しさが、少しずつ戻ってきている気がした。


 その時。

 家の表から、戸を叩く音がした。


「誰か来たみたいですね」

「こんな時間に誰だろ」


 篠が戸口へ向かう。

 私は完成したばかりの背負子を作業台の脇へ寄せながら、その背中を見送った。


 戸が開く音。

 短い沈黙。


「……篠?」


 そう言ったのは、低い男の声だった。


「……暁《アカツキ》さん」


 篠の声が、わずかに震えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。