第8話「値打ちのあるもの」①
「……重い」
私は作業台の端に置いていた木箱を持ち上げ、すぐに後悔した。
「無理しないでください。私が持ちます」
「いや、持てる。持てるけど……重いものは重い」
作業場を片づけるため、フヨウの素材を木箱へ移していた。
鱗。骨。鉤爪。翼膜。それから、布を敷いた小箱へ大事にしまってある竜核。
あの日は倒した喜びの方が大きかったけれど、こうして改めて並べてみると、一頭の飛竜から取れる素材はかなりの量だ。
しかも、当然ながら勝手に家まで歩いてきてくれるわけじゃない。
「よくこれだけ持って帰ってきたよな、私」
「帰り道、ずっと重そうでしたからね」
「それでもだよ。狩りでへとへとになった後に、これ担いで歩くんだぞ?」
篠は私の手から木箱をひょいと受け取った。
「これくらいなら大丈夫です」
「お前基準は参考にならないんだよなあ」
「どういう意味ですか?」
「褒めてる」
「でしたら、もう少し褒めている顔をしてください」
篠が頬を膨らませる。
実際、篠の力は頼りになる。金剛を手にしてからは武器が壊れる心配もなくなり、あのフヨウ相手にも前で時間を稼いでくれた。
でも、だからといって毎回篠に重い荷物を押しつけるわけにもいかない。
狩人が魔獣を倒す。素材を取る。持ち帰る。
当たり前の流れではある。
ただ。
「倒すところまでが狩りじゃなくて、家に帰るまでが狩りなんだな……」
「帰るまで、ですか?」
(何だか「家に帰るまでが遠足」みたいだな)
前世の決まり文句を思い出して、私は一人で少し笑った。
私は空になった作業台を拭きながら、壁際へ目を向けた。
そこには、木で組んだ背負子が立てかけてある。
この世界では珍しくもない道具だ。木の枠へ荷物を括りつけ、肩紐を通して背負う。手が塞がらないし、形の悪い魔獣素材も縄で固定できるから、狩人もよく使っている。
便利ではある。
便利ではあるんだけど。
「……そういえば、ちゃんと背負って確かめたことなかったな」
(あの時も、これを使えば少しは楽だったのかな)
「背負子ですか?」
「うん。ちょっと重くしてみよう」
私は適当な木材や石を布袋へ詰め、背負子へ括りつけた。
「霧江さん、それ結構重いですよ」
「だから試すんだよ」
肩紐へ腕を通し、腰を落として立ち上がる。
「ぐっ……」
持てないほどではない。
でも、荷物の重さが肩へまともに食い込んできた。
数歩歩く。
背負子に括った荷物がわずかに揺れ、そのたび肩紐が引っ張られる。
「あー……これ、長く歩くと絶対きつい」
「背負子って、そういうものでは?」
「そういうもの、で済ませたくないんだよな」
私は背負子を下ろし、肩を回した。
別に出来が悪いわけじゃない。単純な構造だから壊れにくいし、修理もしやすい。山や森へ入る狩人には、それも大事なことだ。
でも、もっと楽にできる余地はある。
「霧江さん、またその顔してます」
「どの顔?」
「何か作りたくなった時の顔です」
「そんなに分かりやすい?」
「最近は、かなり」
篠が笑う。
否定したかったけれど、たぶんその通りだった。
*
私は背負子を作業台へ載せ、あちこち触ってみた。
木枠。
肩紐。
荷物を固定する縄。
どれも単純だ。だからこそ、どこを変えれば楽になるのか考えやすい。
「肩だけで全部受けてるのが悪いんだよな」
「肩以外で背負えるんですか?」
「背負うのは背中だけど、重さを肩だけに掛ける必要はないだろ」
そう言ってから、記憶の底を探る。
前世にも、重い荷物を背負って長く歩くための道具があった。
登山用のリュック。
私自身、山男だったわけじゃない。けれど、道具を見るのは好きだったから、登山用のリュックが普通の鞄とは違うことくらいは知っている。
(そういえば、前世の登山用リュックって……)
肩紐が太く、身体へ食い込みにくい。
荷物が背中から離れて暴れないよう、身体へ引き寄せて固定する。
そして何より。
(腰にも太い帯があった。肩だけじゃなくて、腰でも重さを受けるためだったよな)
その瞬間。
【製作法を構築します】
【レシピ解放:改良型背負子】
「おっ」
目の前に、見慣れ始めた文字が浮かんだ。
「どうしました?」
「レシピが増えた」
「また急ですね」
「私もそう思う」
でも、今回はいつもと少し違う。
新しい素材へ触れたわけじゃない。
何か特別な素材を見つけたわけでもない。
ただ、前世で知っていた道具の仕組みを思い出した。
それだけだ。
「……なるほど」
「今度は何が分かったんですか?」
「前世の……いや、昔知ったことを思い出すだけでも、レシピが解放されるみたいだ」
「そんなこともあるんですね」
「たぶんな」
私は改めて表示を見る。
【レシピ解放:改良型背負子】
この前ウインドウを開いた時、解放されていないレシピは見られないと分かった。
なら、どうすれば解放されるのか。
その答えの一つが、今見えた。
(素材だけじゃない。前世で知っていたことを思い出すのも、レシピ解放のきっかけになるんだ)
つまり。
前世で当たり前だったものも、その仕組みをちゃんと思い出せれば、クラフトの対象になる可能性がある。
石鹸だけじゃない。
もっと色々あるはずだ。
そう考えた途端、頭の中へいくつもの道具が浮かんできた。
「……まずいな」
「何がですか?」
「作りたいものが一気に増えそう」
篠が少し呆れたように、それでも楽しそうに笑う。
「霧江さんらしいです」
「褒めてる?」
「もちろんです」
なら、遠慮なく褒め言葉として受け取っておこう。
私は作業台の上の背負子へ手を置いた。
肩が痛い。荷物が揺れる。長く歩けば疲れる。
困っているところは分かった。
そして今、その解決法もレシピとして解放された。
「よし」
まずは一つ。
「改良型背負子、作ってみるか」




