↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
20/76

第6話「三人の狩り」②

 さっきまで空の上にいたフヨウが、見る間に大きくなっていく。


 速い。

 想像していたより、ずっと速い。


(ちょ、ちょっと待て! これ、本当にぎりぎりまで引きつける必要ある!?)


 鉤爪が見える。

 曲がった刃物みたいな爪が、真っすぐ私へ向いている。


 あれに掴まれたら、たぶん「痛い」では済まない。


 逃げろ、と身体中が叫んでいた。


 でも、まだ動けない。


「霧江!」


 朝凪の声が飛ぶ。

 合図じゃない。

 まだだ。

 私は奥歯を噛んで、その場に踏みとどまる。


 フヨウの翼がさらに畳まれる。

 風を切る音が聞こえた。

 もう顔を上げなくても分かるくらい、巨大な影が迫ってくる。


(まだ……!)


 足が勝手に後ろへ下がりそうになる。


 昨日、三人で何度も確認した。

 早すぎれば駄目だ。

 フヨウが進路を変えられる距離で動けば、全部無駄になる。


 もっと近く。

 こちらへ突っ込む以外にないところまで。


「まだ!」


 朝凪の声。


(分かってるって!)


 心の中で叫ぶ。

 分かってはいる。

 分かっているけど、怖いものは怖い。

 フヨウが口を開く。

 鋭い歯。

 その向こうに、獣臭い息まで感じた気がした。


「――今!」


 その瞬間。

 私は横へ飛んだ。


「うおおっ!」


 地面を転がるようにして太い幹の陰へ滑り込みながら、足元へ伸ばしてあった一本の蔓を掴む。

 そして、力いっぱい引いた。

 蔓の先につないだ留め具が外れ、乾いた音を立てた。


 次の瞬間。


 あらかじめしならせて固定していた枝が、一斉に元の位置へ戻る。


 その力に引かれ、地面すれすれに伏せていた無数の蔓が左右から跳ね上がった。


 絡み合った蔓。

 幾重にも編まれた網目。

 それが一瞬で広がり、フヨウの真正面を塞いだ。


 化け葛の蔓から構築された新しい制作法。


 ――絡み罠。


 フヨウは止まれない。

 翼を広げようとする。


 けれど、もう遅い。

 巨大な身体が、そのまま網へ突っ込んだ。


 直後、腹の底まで響くような重い衝撃音が森に轟いた。


 張り詰めていた網が大きくたわむ。


「うわっ!」


 木の幹に隠れていた私まで、思わず頭を抱えた。


 その衝撃が両脇の木へ伝わる。

 幹が大きくしなり、軋んだ。


 けれど、切れない。

 化け葛の蔓は、篠を宙吊りにしても千切れなかった。


 その丈夫さと弾力を利用して、何本もより合わせ、網状に編んだ。

 さらに、翼や爪が入り込めば簡単には抜けないよう、網目の大きさもばらばらにしてある。

 フヨウが暴れた。

 翼をばたつかせる。

 鉤爪を振り回す。

 そのたびに蔓が翼の付け根へ、脚へ、首へと食い込んでいく。

 フヨウが耳をつんざくような咆哮を上げた。


 怒りと痛みを帯びた声が森に響く。

 フヨウの身体が網ごと大きく振られた。

 そして、支えきれなくなった巨体が地面へ落ちる。


 土と枯れ葉が盛大に舞い上がった。


「……かかった!」


 思わず声が出た。


「成功です!」


 離れていた篠も、思わずというように声を上げる。


 でも。


 朝凪だけは違った。


「霧江、離れて」

「え?」

「射つ」


 すでに弓を構えていた。


 さっきまで私へ向かっていた切れ長の目が、今は地面のフヨウだけを見ている。


「あ、ああ!」


 慌ててさらに木の陰へ下がる。

 朝凪が矢をつがえる。

 絡み罠に捕らわれたフヨウは、まだ必死に暴れていた。


 完全に動きを止めたわけじゃない。


 それでも。


 空を飛び回っている時とは、比べものにならない。


 朝凪の得意な距離。

 朝凪の得意な姿勢。


 そして。


 私が作った、新しい弓。

 朝凪が弦を引く。

 昨日と同じだった。

 肩は上がらない。

 腕にも余計な力は入らない。

 三年使ってきた古い弓を引いている時と、ほとんど同じ。


 でも。


 張り詰めた弦から感じる力は、まるで違う。


「……」


 朝凪が息を止める。

 ほんの一瞬。

 フヨウの暴れ方が弱まった。

 そこで。

 弦が鳴った。

 矢が空気を切り裂くように、一直線に走った。


 狙いは、フヨウの肩口。

 硬い鱗に覆われた場所だ。

 私は思わず目を凝らした。

 二月前。

 朝凪は何本もの矢を放ったと言っていた。


 けれど、そのほとんどが鱗に弾かれた。


 その結果、フヨウを追い払うことしかできなかった。

 今度は。

 乾いた音がした。

 矢が、止まった。


「……!」


 いや。

 止まったんじゃない。

 刺さっている。


 黒っぽい鱗の一枚を矢尻が貫き、その奥へ深く食い込んでいた。


「通った……」


 自分でも気づかないうちに呟いていた。


 朝凪も動かない。

 目を見開いて、自分が射た矢を見ている。


「朝凪!」


 篠の声で、朝凪が我に返った。

 フヨウが咆哮する。


 肩口に刺さった矢を振り払おうとするように、身体を激しく捻った。

 それでも矢は抜けない。

 血が鱗の間から滲んでくる。


「……刺さった」


 朝凪が小さく言った。

 その声に、信じられないような響きが混じっていた。


 二月前は、同じ相手の鱗に弾かれた。

 今度は、その鱗そのものを貫いた。


「……通ったな」

「うん」


 嬉しかった。

 試射では木を深く貫いた。


 でも、木と飛竜の鱗は違う。

 本番で本当に通用するのか。

 どこかで不安は残っていた。

 今、それが消えた。

 私の作った弓は。

 朝凪の矢を、ちゃんとフヨウの鱗の向こうまで届けた。


「もう一発いける!」

「分かってる」


 朝凪はすぐに次の矢を取り出した。

 今度はさっきより表情が違う。

 迷いがない。

 矢をつがえ。

 弦を引き。

 フヨウへ狙いを定める。

 その時だった。

 太い蔓の一本が繊維を裂きながら途中から千切れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。