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第4話「造作師の意地」④

「私が作った盾が、そんな刀に負けるわけがないけど」


 白銀がそう言い切ると、山背は自分の盾を見下ろした。


「……本当にやるのか」

「もちろんよ」

「そうか」


 相変わらず淡々としている。


「山背はいいの?」


 私が聞くと、山背は一度だけ頷いた。


「構わん」

「盾、壊れるかもしれないぞ」

「それを確かめるんだろう」

「まあ、そうだけど」


 隼が鼻で笑った。


「心配するところが逆だろ。どうせ壊れるのはそっちの刀だ」

「まだ言うのか」

「事実になるんだからいいだろ」

「まだなってないけど」

「すぐなる」


 妙なところで自信満々だ。

 白銀も同じだった。


「山背の盾は、何度も大型の魔獣を受け止めてるのよ。表面には多少傷があるけれど、芯に問題はないわ」

「ちゃんと見てるんだ」

「当たり前でしょう。私が作ったものだもの」


 白銀は胸を張る。


 この自信だけを見ると、造作師としては嫌いじゃない。


 性格はともかく。


   *


 さすがに大通りの真ん中で盾を斬るわけにはいかない。


 私たちは町外れの、狩人が武器の具合を確かめるために使う広場へ移動した。


 人通りは少ない。


 地面も固く、周囲には壊れて困るものもない。


「ここならいいだろ」


 隼が言う。

 山背は巨大盾を背から下ろした。

 改めて見ると、本当に大きい。


 山背が構えると、身体のほとんどが盾の後ろへ隠れる。


「篠」

「はい」

「どうする?」


 篠は少し考え、山背の立ち方をじっと見た。


「山背さん」

「何だ」

「盾を少し右へ傾けてもらえますか?」

「こうか」

「もう少しだけ」


 山背が位置を調整する。

 篠は一歩下がり、また見る。


「それなら大丈夫です」

「何が?」


 隼が口を挟む。


「盾が壊れても、山背さんへ刃が届かない角度です」

「……壊れる前提かよ」

「念のためです」


 篠は真面目だった。

 山背が、ほんの少しだけ目を細める。


「分かった」


 盾の下端を地面へ据え、身体を斜めにする。


 篠が斬り抜けたとしても、その先に山背の身体はない。


 なるほど。


 ただ力任せに振るわけじゃない。


 こういうところを見ると、やっぱり篠は上手い。


「準備できました」


 篠が金剛を抜く。

 白銀の目が刀身へ向く。

 隼はまだ笑っている。


「篠」

「はい?」

「遠慮しなくていい」


 篠が私を見る。

 ほんの一瞬。

 金剛を初めて試した時の顔が重なった。


 あの時は何度言っても、本気で振ることを怖がっていた。


 でも今回は。


「分かりました」


 それだけだった。

 迷いなく頷く。

 金剛を両手で構える。

 腰を落とす。

 呼吸が変わる。


 広場の空気まで張り詰めたように感じた。


「おいおい」


 隼が笑う。


「本気で振るつもりか?」

「そのための試験だろ」

「あとで泣くなよ。どうせまた――」


 篠が踏み込んだ。

 隼の声が止まる。

 金剛が、大きく弧を描いた。

 刃が巨大盾へ食い込む。

 一瞬。

 盾は耐えたように見えた。


 次の瞬間、表面を走った亀裂が一気に広がった。


 重なっていた金属板がずれ、留めていた部分が次々に弾ける。


 巨大な盾が、いくつもの破片となって地面へ崩れ落ちた。


「…………」


 誰も声を出さなかった。


 山背だけが、盾の残った取っ手を握ったまま立っている。


 無傷だ。


 篠の刃は、狙った通り山背の身体から外れる方向へ抜けていた。


「山背!」


 隼がようやく叫ぶ。


「無事か!?」

「ああ」


 山背は自分の身体を確認する。


「問題ない」

「よかった……」


 篠が息を吐く。

 そして次の瞬間。

 いつもの癖が出た。

 金剛を目の高さまで持ち上げる。

 刃先。

 刃元。

 刀身。

 柄。

 鍔。

 一つずつ確認していく。


「…………」

「篠?」

「ありません」

「何が?」


 篠が顔を上げた。


「刃こぼれ、一つありません」


 金剛不壊が、篠の力を強くしたわけじゃない。


 金剛はただ、篠の力に耐えきった。


 今までの武器には、それができなかった。


「…………」


 今度は。

 隼と白銀が揃って固まった。


「は?」


 先に声を出したのは隼だった。


「いや、待て」


 地面を見る。

 砕けた盾。

 篠を見る。

 金剛を見る。

 そしてまた盾を見る。


「山背の盾だぞ?」

「見れば分かる」

「そういう意味じゃねえ!」


 隼の顔から、さっきまでの余裕が完全に消えている。


「おかしいだろ!」

「何が?」

「盾の方が壊れるなんて!」


 私に言われても困る。


「……盾が傷んでたんじゃねえのか?」

「傷んでないわよ!」


 白銀が反射的に言い返した。


「昨日だって私が確認したもの! 芯にも接合部にも問題は――」


 そこで。

 白銀が止まった。


「…………」


 自分で言ってから気づいたらしい。

 盾に問題がなかったのなら。


 目の前で起きたことを、盾のせいにはできない。


「白銀?」

「…………うるさいわね」

「いや、俺まだ何も――」

「うるさい!」


 白銀はしゃがみ込み、砕けた盾の破片を拾った。


 断面を見る。

 曲がった金具を見る。

 それから金剛を見る。


「……嘘」


 小さな声だった。


「こんな……」


 白銀が立ち上がり、篠へ近づく。


「もう一度、見せて」

「嫌です」

「今度はちゃんと返すわよ!」

「さっきも返してもらいましたけど」

「だったらいいでしょう!」


 余裕が完全になくなっている。

 篠は私を見る。


「見せてあげたら?」

「……霧江さんが言うなら」


 渋々、金剛を差し出す。


 白銀は受け取るなり、食い入るように刀身を見た。


「……ない」

「何が?」

「傷がない」


 刃を指でなぞる寸前で手を止め、角度を変える。


「刃こぼれも、歪みも……」

「だから言っただろ」

「分かってるわよ!」


 また怒られた。

 理不尽だ。


「……やるな」


 低い声が聞こえた。

 山背だった。


「え?」


 篠が振り返る。


 山背は砕けた盾を見下ろし、それから金剛を見る。


「俺には刃を届かせなかった」

「それは……山背さんに怪我をさせたら試験になりませんから」

「そうか」


 山背の口元が、ほんのわずかに緩んだ。


「……ありがとうございます」


 篠が少し照れたように頭を下げる。

 隼は面白くなさそうに顔をしかめた。


「ちっ」


 そして。


「……ほう」


 雲居だけが、妙に楽しそうな声を出した。


「何?」

「いえ」


 雲居は金剛を見る。

 次に、私を見る。


「少し興味が出てきましたわ」

「何に?」

「もちろん、その刀と」


 一拍。


「それを作った霧江さんに、ですわ」

「…………」


 嫌な予感しかしない。


「同じものを、もう一本作れまして?」

「材料があれば、たぶん」

「材料があれば」


 雲居の目が光った。

 あ。

 これ、金の匂いを嗅いだ顔だ。


「売るなら、ぜひ――」

「売りません!」


 篠が即座に金剛を白銀から取り返した。


「これは私のです!」

「篠さん。別にあなたの金剛を売れとは言っていませんわ」

「でも同じものも駄目です!」

「それはあなたが決めることではありませんでしょう?」

「駄目です!」

「どうしてですの?」

「……なんとなくです!」


 なんとなくなのか。

 雲居がくすくす笑う。


「冗談ですわ」

「絶対本気でしたよね!?」

「半分ほどは」

「本気じゃないですか!」


 さっきまで張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。


 その横で。

 白銀だけは、まだ砕けた盾を見ていた。


「…………」


 悔しいのだろう。

 自分が自信を持っていた盾が負けた。

 しかも。


 負けた相手は、自分が見下していた私の刀だ。


「白銀」

「何よ」

「盾、ごめん」

「……何であなたが謝るのよ」

「私が作った刀で壊したから」

「試すって言ったのはこっちでしょう」


 白銀は唇を噛む。


「それに」


 金剛を見る。


「まだ、あなたを認めたわけじゃないわ」

「そう」

「……何よ、その反応」

「別に認めてもらおうと思ってないし」

「…………っ」


 白銀の顔が引きつった。


「次は負けないわよ」

「次?」

「今度は、もっと丈夫なものを作る」


 白銀が砕けた盾を拾う。


「金剛だったわね」

「ああ」

「覚えたわ」


 その目は悔しそうだった。


 でも。


 最初に会った時の、ただ人を見下しているだけの目とは少し違っていた。


 造作師として。

 負けたことが、悔しい。

 そんな顔だった。


「山背」

「何だ」

「盾、作り直すわよ」

「頼む」

「今度は絶対に負けないものを作るから」

「そうか」


 山背はいつも通りだった。


 でも、砕けた盾を拾いながら金剛をちらりと見る。


 ほんの少し。

 楽しそうに見えた。


   *


 結局。

 隼たちとは、そのまま別れた。

 最後まで隼は面白くなさそうだった。


 白銀は盾の破片を抱えたまま、何度もこちらを振り返っていた。


 雲居は笑顔で手を振り。

 山背は一度だけ、軽く頭を下げた。


「……疲れた」


 町へ戻る道を歩きながら、思わず呟く。


「お疲れさまでした」

「買い物に来ただけだったんだけどな」

「いろいろありましたね」

「ありすぎ」


 篠が小さく笑った。

 その腰には金剛。


 砕けた盾を斬ったあとでも、当然のように収まっている。


「……霧江さん」

「ん?」

「さっきは、本当にありがとうございました」

「またその話?」

「はい」


 篠が少し俯く。


「私、ああいうことを言われるのには慣れていると思っていたんです」

「慣れなくていいだろ、そんなの」

「…………」

「悪口に慣れる必要なんてない」


 篠が足を止めた。


「どうした?」

「いえ」


 また歩き出す。

 でも、頬が少し赤い。


「……霧江さんって、ずるいですね」

「何が?」

「なんでもありません」

「最近それ多くない?」

「霧江さんも『こっちの話』ってよく言うじゃないですか」

「それはそうだけど」


 言い返せなかった。

 少し歩いて。


 人通りが少なくなったところで、私は足を止めた。


「篠」

「はい?」

「ちょっと話がある」


 周囲を見る。

 近くに人はいない。


「さっきの、スキルの話」


 篠の表情が真面目になる。


「はい」

「たぶんなんだけど」


 少し声を落とす。


「本当に、私にしか見えてないみたいだ」

「…………」

「白銀も知らなかった。造作師なのに」

「やっぱり……」

「やっぱり?」

「最初に聞いた時から、少し不思議には思っていました」

「そうだったの?」

「はい。でも、造作師のことは詳しくないので」


 なるほど。


「それで」


 私は言葉を選ぶ。


「このこと、しばらく他の人には言わないでおこうと思う」

「分かりました」


 即答だった。


「早いな」

「霧江さんが隠した方がいいと思ったんですよね?」

「ああ」

「なら、私は誰にも言いません」

「理由とか聞かないの?」

「霧江さんが困るかもしれないなら、それで十分です」

「…………」


 今度は私が黙る番だった。

 篠は、当たり前のように言う。


「それに」

「ん?」

「私は、もう知っていますから」


 少しだけ嬉しそうに笑った。


「霧江さんの秘密」

「…………」


 秘密。

 そう言われると、妙に照れくさい。


「まあ、秘密ってほど格好いいものでもないけど」

「私にとっては秘密です」

「そっか」

「はい」


 篠が金剛の柄へ触れる。


「ちゃんと守ります」


 その顔を見ていると。

 この子になら話してよかったと思えた。


「じゃあ頼む」

「任せてください」


 篠が胸を張る。

 金剛を作った。

 篠が居着いた。

 そして今日。

 どうやら私は。


 自分が思っていたより、ずっと変な力を持っているらしいと分かった。


 面倒事の匂いはする。


 でも。

 それ以上に。

 この力で、次は何を作れるんだろう。

 そう考えた瞬間。

 少しだけ、わくわくしてしまった。

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