第4話「造作師の意地」②
「もしかして――壊し屋の篠か?」
隼の言葉に、篠の肩がぴくりと揺れた。
「やっぱりそうだ。前に聞いたことあるぞ。武器を何本もぶっ壊して、組まで追い出されたっていう」
「…………」
篠が何も答えない。
さっきまで普通にしていたのに、ほんの少し俯いている。
腰の金剛へ添えられた手にも、力が入っていた。
「なんだ霧江。お前、今度は疫病神なんか連れてるのかよ」
隼が笑う。
「お似合いじゃねえか。追い出された造作師と、組を駄目にする疫病――」
「その呼び方、やめろ」
自分でも驚くくらい、低い声が出た。
隼の口が止まる。
「……は?」
「篠のことを、そう呼ぶな」
さっきまでとは違って、腹の底が冷えていた。
自分のことなら、何を言われてもどうでもよかった。
教師をしていた頃、理不尽に怒鳴られたり、責任を押しつけられたりすることには嫌というほど慣れた。
他人の悪意をいちいち真正面から受け止めていたら、身が持たない。
だから隼の言葉も、好きに言わせておけばいいと思っていた。
でも。
隣で篠が縮こまるのを見た瞬間。
どうでもよくなくなった。
「何だよ。急に」
隼が眉をひそめる。
「事実だろ? そいつが武器を壊しまくって、周りに迷惑かけてきたのは」
「だから何だ」
「だから疫病神って呼ばれて――」
「篠が下手だから壊れたわけじゃない」
言葉を遮る。
隼が黙った。
「篠の力に、今までの武器が耐えられなかっただけだ」
「……は?」
「それだけ強いってことだよ」
篠が息を呑む気配がした。
隼は一瞬ぽかんとしたあと、鼻で笑った。
「何だその屁理屈。武器を壊してることに変わりはねえだろ」
「変わるよ」
「どこが」
「少なくとも、篠が悪いみたいに言うのは違う」
「お前、そいつに何吹き込まれたんだ?」
「何も」
「だったら――」
「私が見て、そう思った」
「…………」
隼の顔から、少しだけ笑みが消えた。
「それに」
私は篠の腰へ視線を落とした。
簡素な木鞘に収まった金剛。
「篠に耐えられる武器なら、もうある」
「……何だそれ」
「私が作った」
一拍。
それから隼が吹き出した。
「お前が?」
「ああ」
「ははっ! おいおい、そりゃ傑作だな!」
何がそんなに面白いんだろう。
「お前の作った刀で、壊し屋の力に耐えられるって?」
「今のところは」
「今のところって。どうせすぐ折れるだろ」
また笑う。
でも今度は、さっきまでほど気にならなかった。
篠を見る。
まだ少し顔は強張っている。
だから私は隼へ向き直った。
「私のことは好きに言え」
「は?」
「下手でも、地味でも、追い出して正解だったでも。好きに言えばいい」
隼の目を見る。
「でも、篠を馬鹿にするな」
「…………」
「もう一度だけ言う。私の前で、篠を疫病神って呼ぶな」
隼が言葉を失った。
ほんの少し前まで、あれだけ好き勝手喋っていたのに。
何か言い返そうとして、口を開く。
けれど声が出ない。
その横で、山背が静かに口を開いた。
「……隼。もういい」
「山背、お前まで何だよ」
「人が見ている」
言われて初めて気づいたらしい。
大通りの途中で声を張っていたせいで、周囲からちらちら視線が向けられている。
「ちっ……」
隼が舌打ちする。
それでも、もう篠のことは何も言わなかった。
「霧江さん」
小さな声。
見ると、篠が私を見上げている。
「ん?」
「……ありがとうございます」
「何が?」
「その……私のことで、怒ってくださって」
「別に」
私は肩をすくめた。
「腹が立ったから言っただけだ」
「…………」
「どうした?」
「いえ」
篠が首を振る。
でも、その頬が少し赤い。
さっき隼に名前を出された時とは、全然違う赤さだった。
*
まただ。
霧江さんの横顔を見ながら、私は胸元をそっと押さえた。
金剛を作ってもらった時。
崖から助けてもらった時。
そして今。
胸の奥が、落ち着かない。
『私の前で、篠を疫病神って呼ぶな』
あの言葉が、頭から離れなかった。
今まで何度も言われた。
壊し屋。
疫病神。
自分でも、仕方がないと思っていた。
武器を壊したのは事実だったから。
迷惑をかけたのも事実だったから。
でも霧江さんは。
『篠の力に、今までの武器が耐えられなかっただけだ』
そんなふうに言ってくれた人は、初めてだった。
「…………」
また頬が熱くなる。
恩人だから。
きっと、まだそれだけだ。
そう思おうとした。
けれど。
さっきより、少しだけ言い聞かせるのが難しくなっていた。
*
「ところで」
女の声が割って入った。
白銀だった。
いつの間にか、白銀は篠の腰をじっと見ている。
「その刀」
「……金剛のことですか?」
「金剛?」
「この刀の名前です」
「名前まで付けたのね」
白銀が目を細める。
「少し見せなさい」
篠の手が、反射的に金剛の柄を押さえた。
「嫌です」
「……何ですって?」
「大切な刀なので」
即答だった。
白銀の眉がわずかに動く。
「取ったりしないわよ。ただ見せてと言ってるだけでしょう」
「でも――」
「篠」
私が声をかける。
「見せても大丈夫じゃない?」
「霧江さんがそう言うなら……」
少し不満そうではある。
それでも篠は金剛を鞘ごと外し、白銀へ差し出した。
白銀が受け取る。
「…………」
さっきまでの見下すような表情が、少し変わった。
鞘から金剛を抜く。
刀身へ視線を走らせる。
刃。
反り。
厚み。
柄。
鍔。
持ち替えながら、何度も確かめている。
その手つきを見れば、私にも分かった。
こいつ。
ちゃんと見る目はある。
「……ふうん」
「どう?」
「悪くはないわ」
言葉とは裏腹に、白銀の目は刀から離れない。
「悪くないどころか……」
そこで言葉を止める。
「何?」
「何でもないわ」
白銀が金剛を少し傾け、光へ透かすように見る。
「これ、本当にあなたが作ったの?」
「ああ」
「一人で?」
「篠にも手伝ってもらったよ。炉を作るところから」
「炉?」
「簡易炉」
白銀が私を見る。
さっきより、明らかに目つきが真剣になっていた。
「あなたが?」
「そうだけど」
「…………」
「そんなに変?」
「別に」
そう言いながら、また刀を見る。
隼が横から覗き込んだ。
「おい白銀。本当にそんなにいいのか、それ」
「近いわ。黙ってて」
「何だよ」
「見てるのよ」
白銀は鬱陶しそうに隼を追い払う。
それからもう一度、金剛の刀身へ目を落とした。
「……妙ね」
「何が?」
「鉄の感じ」
「分かるの?」
「馬鹿にしないで。これでも造作師よ」
白銀が少し顎を上げる。
「普通の精錬鉄だけで作った刀には見えないわ。何か変わった素材を使った?」
「うん」
やっぱり腕は悪くないらしい。
見ただけでそこまで分かるのか。
「何を使ったの?」
「精錬鉄」
「それは見れば分かるわ。そうじゃなくて、特別な方よ」
「ああ」
私は何の疑問も持たずに答えた。
「金剛不壊が付いた精錬鉄」
「…………」
白銀が止まった。
「どうした?」
「今、何て言ったの?」
「金剛不壊」
「…………何それ?」




