第4話「造作師の意地」①
篠が私の小屋に住み始めて、数日が経った。
「霧江さん、これも持っていきますか?」
「んー……いや、それは置いといていい」
「では、こっちは?」
「それは持ってく」
「分かりました」
篠が床に並べた荷物を、言われた通りに二つの山へ分けていく。
今日は町へ出る日だ。
篠が借りていた安宿から荷物を引き払い、ついでに食料や日用品を買い足す。
私も工具や素材を見て回りたかった。
今の小屋には最低限の道具はある。
けれど、作りたいものが増えてくると、欲しいものも増える。
もっと目の細かい鑢が欲しい。
金属をきちんと固定できる万力も欲しい。
木工用の刃物も、今あるものだけでは心許ない。
考え始めるときりがなかった。
「霧江さん」
「ん?」
「また、にやにやしています」
「してない」
「しています」
「……工具のこと考えてただけだ」
「やっぱりしてたんじゃないですか」
篠がくすくす笑う。
その腰には、金剛がある。
刀身に合わせて作った簡素な木鞘に収まり、今ではすっかり篠の腰に馴染んでいる。
完成して以来、ほとんど肌身離さず持ち歩いている。
ただ、一つだけ変わったことがあった。
「そういえば」
「はい?」
「今日はまだ、金剛を確認してないな」
篠がきょとんとする。
「確認?」
「刃とか、柄とか。前はちょっと歩くたびに見てただろ」
「あ……」
言われて初めて気づいたらしい。
篠が腰の金剛へ手を添える。
「そうですね」
「もう気にならない?」
「気にならないわけではありません」
少し考えてから、篠は笑った。
「でも、前ほど怖くないです」
「そっか」
「はい」
それだけ言って、篠は金剛から手を離した。
私は何となく嬉しくなった。
あの刀を作った甲斐は、ちゃんとあったらしい。
「じゃあ行くか」
「はい!」
*
町へ着いたのは、昼前だった。
私がこの身体になってから、本格的に町へ来るのは初めてだ。
元の霧江の記憶があるから、道に迷うことはない。
どこに何があるのかも、ある程度は分かる。
でも。
「……人、多いな」
「今日は市が立つ日ですから」
「なるほど」
大通りの両脇には露店が並び、野菜や干し肉、布、木工品、魔獣素材まで何でも売っている。
威勢のいい呼び込みの声。
値切る客。
荷車を引く人。
辺境の小屋で静かに暮らしていたせいか、妙に騒がしく感じた。
「霧江さん、はぐれないでくださいね」
「それ、私に言う?」
「私、この町では迷いませんから」
「森でもそう言ってなかった?」
「町では本当に迷いません!」
「はいはい」
「信用してませんね!?」
そんなことを言いながら歩く。
最初に篠の安宿へ向かった。
篠の荷物は驚くほど少なかった。
着替え。
簡単な身の回り品。
狩りに使う小道具。
それだけ。
「これで全部?」
「はい」
「少なくない?」
「武器にお金がかかっていたので、余計なものは買わないようにしていました」
「ああ……」
納得してしまった。
「これからは、少しくらい買ってもいいんじゃない?」
「まず刀代を返してからです」
「まだ言ってる」
「当然です!」
この辺は妙に律儀だ。
宿代を精算し、荷物を預かってから大通りへ戻る。
食料を買い。
洗濯用の灰を買い。
篠が必要だという針と糸も買った。
そして。
「霧江さん、顔が違います」
「何が?」
「工具のお店に入ってから、さっきより目が輝いています」
「気のせい」
「気のせいではありません」
私は店先に並んだ道具から目を離せなかった。
鑿。
小刀。
鑢。
鋸。
金槌。
細かい加工用の工具。
「これ、いいな……」
「買うんですか?」
「値段次第」
工具を手に取り、重さを確かめる。
前世でもホームセンターへ行けば似たようなことをしていた気がする。
買う予定がなくても、工具売り場は見ているだけで楽しい。
「霧江さん、本当に物作りが好きなんですね」
「悪い?」
「いいえ」
篠は柔らかく笑った。
「なんだか、安心します」
「安心?」
「霧江さんらしいなと思って」
「私らしいって、知り合ってまだ数日だろ」
「それでもです」
よく分からない。
でも悪い気はしなかった。
結局、細目の鑢と、小さめの鉋、それから金属を挟むための簡単な固定具を買った。
財布は軽くなった。
心は満たされた。
「よし」
「満足しました?」
「かなり」
「では、次は素材のお店ですか?」
「分かってきたな」
「毎日見ていますから」
篠がまた笑う。
その時だった。
「……おい」
後ろから、男の声がした。
聞き覚えはない。
でも、この身体は知っていた。
「まさか……霧江か?」
足が止まる。
振り返る。
四人いた。
先頭にいるのは、腰に刀を差した男。
整った顔。
自信に満ちた目。
人を見下すことに何の疑問も持っていなさそうな笑い方。
隼。
その後ろに、巨大な盾を背負った大柄な男。
山背。
隣には、上品そうな衣装を身につけた巫女。
雲居。
この身体に残っている記憶が、三人のことを教えてくれる。
まず隼。
見ての通り顔が整っていて、昔から女にはよくモテていた。自信満々で押しが強いところも、そういう男が好きな相手には受けがよかったらしい。
山背は、隼とはかなり古い付き合いだ。
口数は少なく、隼に逆らうこともほとんどない。ただ、元の霧江が困っていると、何も言わず手を貸してくれることもあった。寡黙だが、ときどき優しい男。そんな記憶が残っている。
そして雲居。
巫女として傷を癒やし、仲間を支える腕は確か。
……なのだが、記憶に残っている人物評は「巫女のくせに金にがめつい守銭奴」だった。報酬や素材の取り分には、やたら細かい。
あと。
巫女装束の上からでも分かるくらい、かなりスタイルがいい。
……いや、これは記憶に頼らなくても分かるな。
つい視線が、その豊かな胸元へ吸い寄せられる。
「霧江さん」
「ん?」
横を見る。
篠が、じとっとした目で私を見ていた。
「……何?」
「いえ。何でもありません」
全然、何でもない顔じゃなかった。
そして、最後に見覚えのない女が一人。
作業着に近い服。
腰には小さな工具袋。
私を頭から足まで眺めたあと、わずかに鼻で笑った。
たぶん。
あれが、元の霧江の代わりに入った造作師だ。
「……久しぶり」
私はとりあえずそう返した。
隼の眉が少し上がった。
「なんだ、その態度」
「態度?」
「もっと驚くとかあるだろ。お前を追い出した俺たちと久しぶりに会ったんだぞ?」
「そう言われても」
困る。
私にとっては、こいつらと一緒に旅をした記憶はあっても、感情まで同じではない。
元の霧江が傷ついたことは知っている。
目の前の三人との間に何があったのかも知っている。
でも、それは私自身が受けた仕打ちではない。
「元気そうですわね」
雲居が扇でも持っていそうな口調で言う。
「てっきり、もっと困窮しているものだと思っていましたわ」
「まあ、なんとか」
「なんとか、ねえ」
隼が笑う。
「どうせ辺境で細々と修理仕事でもしてんだろ?」
「そんな感じ」
「はっ」
何がおかしいのか分からないが、隼は勝手に笑っている。
「相変わらずだな。お前」
「そう?」
「地味で、ぱっとしなくて、何やらせても中途半端」
「へえ」
「前から思ってたけど、お前、造作師向いてないんじゃねえの?」
「そうかもな」
「実際、お前が抜けてから困るどころか、前より楽になったからな。新しい造作師の方がずっと使える。お前を追い出して正解だったよ」
「それはよかった」
「…………」
隼の笑顔が、少しだけ引きつった。
何だ?
「お前……」
「ん?」
「何でそんな平気なんだよ」
「何が?」
「馬鹿にされてんだぞ?」
「ああ」
それは分かっている。
ただ。
前世で教師をしていた頃。
理不尽な保護者に怒鳴られたこともある。
こちらの説明を聞く気のない相手から、一方的に責められたこともある。
管理職から、こちらに責任がないことまで押しつけられたこともあった。
それに比べれば。
初対面に近い男が、昔の私を材料に好き勝手言っているだけだ。
正直、どうでもいい。
「聞いてるから大丈夫」
「そういう話じゃねえ!」
「じゃあ、どういう話?」
「お前なあ……!」
隼の顔が、目に見えて苛立ち始める。
横の山背は無言。
雲居は面白そうにこちらを見ている。
見知らぬ造作師の女は、露骨に呆れた顔をした。
「隼、もういいんじゃない?」
「なんだよ、白銀」
白銀。そういう名前なのか。
「前の造作師に、これ以上時間を使う必要もないでしょう」
「……以前の造作師?」
私が聞くと、白銀が顎を少し上げた。
「そうよ。今は私がこの組の造作師」
「そうなんだ」
「あなたの後任、と言えば分かりやすいかしら」
「なるほど」
これが。
元の霧江が追放されるきっかけになった造作師。
「……何よ?」
「いや。どんな人なのかなと思って」
「そう」
白銀は私を一通り見てから、ふっと笑った。
「残念だったわね。あなたが抜けてからも、この組は何の問題もなく回ってるわよ」
「それはよかった」
「…………」
今度は白銀が黙った。
何なんだ。
みんな私に何を言わせたいんだろう。
「霧江さん」
隣から篠の声。
「そろそろ行きませんか?」
「ああ、そうだな」
買い物の途中だった。
私は荷物を持ち直した。
「じゃあ、私たちはこれで」
「待てよ!」
隼が一歩前へ出た。
「まだ話は終わってねえ!」
「私の方は終わったけど」
「お前……!」
隼のこめかみに青筋が浮かんだ。
どうしてそこまで怒る。
私に悪口を言って、私が傷つけば満足だったのだろうか。
よく分からない。
隼は何か言おうとして――。
ふと。
私の隣にいる篠へ目を向けた。
「……ん?」
その表情が変わる。
篠の顔。
そして腰に差された刀へ視線を移す。
「お前……どっかで見たことあると思ったら」
篠の肩が、わずかに強張った。
隼の口元が、ゆっくり吊り上がる。
「もしかして――」
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
一言だけでもコメントをいただけると、とても嬉しいです。もしよろしければよろしくお願いします。




