ナツメルート後日談EX:夜が明ける2
あの日から数日間、マリアとは顔を合わせず過ごしていた。
おはようもおやすみもない生活。
それはナツメを消耗させるには十分だった。
そうしてナツメが一人落ち込んでいると、突然マリアが部屋の扉を開け放った。
「ナツメ。外に行きたい」
「え、あ、うん。いいぞ」
突然の言葉だったが、ナツメはなんとか受け止める。
マリアは数日間の沈黙が滲んだ顔をしたままだった。
ここで下手なことを言って、また部屋に籠もられるのは耐えられない。
「どこに行こうか」
「公園がいい。あのベンチに行きたい」
「わかった。弁当でも作って花見でもするか?」
「花見はしたいけど、弁当はいい。カフェオレで」
それは、付き合う前のやり取りをなぞりたいというマリアからの要望だった。
ナツメは破顔して頷く。
「了解。どうせならベンチで待ち合わせするか」
「うん、そうしたい」
「わかった。じゃあ、昼過ぎに公園で」
「お昼は、スイーツで済ませるから。それじゃあ」
「……わかった。また後で」
そう言ってマリアは部屋を出て行った。
バタン、と閉まった扉を眺めて、頭を抱える。
「マリアから誘ってくれたのは嬉しい。けど……」
まだマリアは先日の件を抱えている。
許す許さない、という単純な問題ではないのが本当に厄介だった。
とりあえず、今日はなんとかマリアの心に波を立てないようにしなければならない。
「よし、行くか」
ナツメは気合いを入れて立ち上がる。
そうして公園までの道のりをゆっくり歩く。
公園に着くと、かつてそうしていたように、自販機で二本飲み物を買う。
いつの間にか、いつものベンチへとたどり着いていた。
ベンチには既にマリアの姿があった。
「マリア、お待たせ」
なるべく平静を装って声をかける。
「ほら、甘いコーヒー」
「……ありがと」
マリアは小さく返事をした。
それだけでナツメは胸の奥があたたかくなる。
「桜、もう満開だな」
「そうだね」
マリアの返事は短い。
どこかぎこちない空気が流れる。
ナツメが内心困っていると、マリアがぽつりとこぼす。
「ナツメ、このあいだはごめん」
「いや、本当に気にしないで大丈夫だから。謝らないでくれ」
「じゃあ謝らない。パニック起こしたのは悪いと思うけど、それ以外は本音だから」
マリアの痛い言葉に、ナツメは黙り込んでしまう。
それでも、あんな形だったけれど、マリアの本音がきけた。
ナツメは自分をそう納得させた。
「そっか。マリアの本音がきけて、良かったよ」
「私のこと、責めないの」
「責める要素ないだろ。むしろ、いつかは必要な対話だったと思ってる」
「それは、……そうかも」
「うん。だから、喧嘩両成敗ってことで。この件は一旦終わりでいいか?」
マリアはその言葉には返事しなかった。
その代わり、別の話題を始める。
「桜を見てると、思い出すの」
「何を?」
「ナツメと初めて手を重ねた日のこと」
「……ああ」
そういえばあの日も桜が咲いていたなと思い出す。
「それと、結婚式も」
「そうだな。桜が舞ってた」
思えば、自分たちの大切な節目には、桜が寄り添っていたと気づく。
いや、マリアと過ごす毎日はいつだって特別で大切だ。
その中に、たまたま桜が思い出深い記憶にある、それだけだ。
「桜を見て、少し落ち着いた」
「明日からは、いつも通りになるから。だから……」
「わかった。今日は、ただ桜見ながらカフェオレ飲む。それだけの日だ」
「……うん」
マリアの声は揺れていた。
それでもやはり、泣いてはいなかった。
目元が潤んでいることだけを横目で確認したナツメは、そのまま正面を向いた。
見事な桜並木を眺める。
薄紅色の花弁が揺れて、風に流される。
やがて地面へと落ちていく。
隣のベンチでは弁当を持参した若いカップルの甘いやり取りが聞こえた。
その声になんとなく耳を傾けていると、ナツメの缶コーヒーに何かがぶつかる音がした。
そっと視線を向けると、マリアが自分の握る缶をナツメの缶の横に置くのが見えた。
コーヒーの缶が二つ、ベンチの上で寄り添っている。
その光景にどうしようもなく胸が締めつけられた。
(好きだよ、マリア)
今は言葉にできない想いを、心の中で呟く。
その想いをのせるように、桜の花弁がひらりと目の前を通り過ぎた。




