ナツメルート後日談EX:夜が明ける1
ある日帰宅したナツメは、部屋の異常に気づいた。
まず、電気がついておらず真っ暗だった。
そして、人の気配が薄い。
マリアは確かにこの家に居るはずだ。
それなのに、気配が遠かった。
マリアの部屋のドアをノックする。
返事がない。
焦ったナツメは、「入るぞ」と声をかけて部屋に入る。
ベッドの上にマリアの姿を見つける。
「マリア、ただいま」
とりあえず安堵の息を吐きながら、マリアのベッドに近づく。
けれど、マリアの返事はない。
「……どうした?」
ナツメは呟くように声をかける。
マリアは苦しそうにベッドの上で丸くなっていた。
額に汗が浮いている。
「ごめんなさい、生きてて、ごめん……」
「マリア、私だ。ここにいるぞ」
発作だった。
最近は頻度が少なくなったが、皆無というわけにはいかなかった。
「触らないで、見ないで」
「怖い、眠れない。苦しい、苦しい……」
「息もできないの!この出来損ないの身体は!!」
そう言って自分の手首に爪をたてる。
ナツメは見ていられなくて、その指先をそっと外す。
「ナツメ」
苦悶の表情を浮かべたマリアの視線がナツメをとらえる。
ナツメはできるだけ優しく見えるように微笑む。
「ただいま、マリア」
「生きててごめんなさい」
「私は、マリアが生きててくれて嬉しい」
「何もできないの。何も。この屑は」
「最近は外出できる日が増えた。料理だってできる」
そこでマリアは耐えきれないというように、顔を両手で覆ってしまう。
「そんなこと、普通の大人なら当たり前にできる!」
「普通なんてどうでもいい。マリアができることが全てだ」
「苦しい、苦しい、苦しい。でも、本当に苦しいのは……」
「ナツメでしょう」
その言葉に、ナツメは意味がわからず首を傾げる。
「苦しいのはマリアだろう。私は大丈夫だ」
「じゃあ、私を抱くの」
「……は?」
本気で意味がわからない。
パニックで思ってもいないことを口走っているのだろうか。
「マリア、どうしてそうなる」
「ナツメは、性欲があるから」
「見たの。昨日の夜、一人でしていたでしょう」
「……っ!!」
そこでナツメは息を呑む。
いつもなら、マリアが睡眠薬で深く眠っているのを確認してからしていることだ。
昨日に限って、仕事のトラブルのせいで、いつもより帰りが遅くなった。
だからもう眠っているだろうと思って、マリアの顔を確認する前にやってしまった。
完全に失敗した。
自覚したナツメは後悔のあまり、昨日の自分を殴ってやりたくなった。
「ナツメはそういうことがしたいんだ。私にもするんでしょう」
「いや、マリアの嫌がることは絶対にしない」
「じゃあ、他の女とするんだ」
「マリアと夫婦なのに、浮気なんてするもんか」
「嘘つき!そういうこと無理だって知りながら、私を消費したくせに」
「……ごめん、マリア」
マリアは顔を覆う両手を外した。
そうして次は、両手でゆるく自分の首をしめる。
「そういうことができない私なんか、いらないよね」
「ごめんね、ナツメは何も悪くない」
「悪いのは、普通にできない私」
ナツメはその両手も外す。
細すぎる手首の感触が胸の奥を蝕む。
「マリア、本当にごめん」
「言い訳にきこえるかもしれないけど、きいてくれ」
マリアはまだ苦悶の表情のままだ。
言われなくても伝わる。
傷ついて、苦しんでいる。
「性欲があるのは事実だ。これは生理現象で、止められない」
「マリアを思い浮かべたのも、事実だ。他の奴は浮かばなかった」
「でも、現実のマリアに同じことをしようとは思わない。マリアが嫌がる限り、絶対にだ」
ナツメは慎重に、それでもできる限り誠実な言葉を選ぶ。
「ナツメは、悪くない」
「ちゃんとできなくて、ごめんなさい」
マリアは迷子の子どものように頼りない声をだした。
その声も、頼りない存在ごと包み込むように、ナツメは声を絞りだす。
「できなくていい。それは、悪いことなんかじゃない」
「性との付き合い方は人それぞれだ。それだけは、忘れないでくれ」
マリアは泣かなかった。
泣いてくれた方がよっぽどマシだった。
そういう顔をしていた。
「……見ないで。でていって」
「……今は、一人でいたいならそうする」
「でも、私が必要になったらいつでも言ってくれ」
それだけを残して、ナツメはマリアの部屋を後にする。
リビングのソファに座って、頭を抱える。
自己嫌悪で、涙が流れた。
本当に泣きたいのはマリアだと、わかっていた。




