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三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


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ナツメルート後日談EX:猫の愛でかた

マリアは困っていた。

膝の上のあたたかな存在。

それが、さっきから微動だにしない。

いや、たまに尻尾を気ままに揺らしている。

だが身体はマリアの膝の上から動かない。


猫カフェに行きたい、と望んだのはマリアだった。

初めてなのでスタッフに料金説明や注意事項をきいて、いざ猫のいる空間にやってきた。

しばらくはただ眺めているだけだった。

だがある猫が、マリアの膝の上にふいにやってくる。

真っ白いメスの猫だった。


最初はマリアも可愛いもふもふを至近距離で拝めて喜んでいた。

しかし、膝の上にのっている時間が長すぎる。

マリアはだんだん不安になってきた。


(このまま、動かなかったらどうしよう)


猫について詳しいわけではない。

ただ近所で猫を見かけて、つい猫カフェに行ってみたいと呟いただけだ。

ずっと膝の上にいるのが猫にとっていいことなのか、いまいちわからない。


そして、別の悩ましい問題もあった。


「可愛い。最高。天国かよ」


ナツメである。


マリアの膝の上に白い猫がのってから、ずっとこの調子なのだ。

しかも猫のストレスにならない程度に、写真を撮っている。

フラッシュとシャッター音をオフにしたスマホを、ずっとマリアたちの方に向けていた。

スマホが主に猫ではなくマリアの顔に向けられているのは、気のせいだと思いたい。


「猫ちゃん、そのまま動かないでくれ」


ナツメはスマホ越しに勝手なことを言っている。

マリアはそのだらしない顔に猫じゃらしを当てたい衝動にかれられた。

だが猫が膝の上にいるので、マリアも動けない。

どうしたものかと悩んでいると、店のスタッフが近づいてくる。


「その子、よく膝の上にのってくれましたね」


「ええ、ずっといるんです」


「けっこう警戒心の強い子なんですけど、安心しているみたいですね」


「始めてのお客さんにこんなに慣れているなんて、珍しい」


そう言われると、マリアも悪い気はしない。

少しだけ口元がゆるむ。


「よければ、撫でてあげてください」


「いいんですか?」


「ええ、顎の下を撫でてみてください」


スタッフに促されて、顎の下を指先で優しく撫でてみる。

猫は気持ち良さそうに目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。


「気持ちいいサインですね!リラックスしている証拠です」


「そうなんですか、よかった」


マリアは安堵の息を吐く。


「いいね、そのまま撫でてやれ」


ナツメの声がする。

マリアは顔を向けることはせずに、猫を撫でながら言う。


「せっかくなんだし、ナツメも猫と触れ合いなよ」


「いや、私はマリアを愛でるのに忙しい」


「……そう」


マリアは気恥ずかしいやら嬉しいやらで、複雑な顔をする。

その顔すらもナツメは写真に収めていた。


(可愛いと可愛いは罪だって、マフユの言葉は正しいな)


可愛いものに目がないマフユが言っていたときは、そういうもんかとしか思わなかった。

しかし実際マリアと猫の組み合わせを見て、ナツメは確かに罪深いと感じた。

猫のストレスを考慮しなければ、毎秒撮影したい気分だった。


「ナツメ、そろそろ時間が」


「え、もうそんなに経ったか」


滞在時間を決めて入店したため、マリアは猫を撫でながらもしっかり時間を気にしていた。

ナツメは時計を一度も気にすることがなかった。

猫カフェの楽しみ方以外にも、二人にはそういう違いがでていた。


「猫カフェ、楽しかったね」


「おう。この世の楽園かと思った」


精算を済ませて店外に出た二人が、今日の感想をお互いに話す。

マリアは微妙に会話が噛み合っていない気がした。


「ナツメ、写真ばかりは、猫に失礼じゃない」


「いや、あの姿を収めない方が失礼だよ」


ナツメは猫に触れていないのに、とても満足そうだった。

その顔を見ると、また猫じゃらしを当てたい衝動が走る。


「ナツメ、こっち向いて」


「ん、なに……むぐ」


マリアはナツメの頬に人差し指の先を軽く押しつける。


「猫をないがしろにした、お仕置き、です」


言ってて恥ずかしくなったのか、マリアの言葉が途切れ途切れになる。

その言葉をきいて、ナツメは破顔した。


「こんな可愛いお仕置きなら、毎日でもいいぞ」


笑いながらそんなことを言う。

マリアは更に恥ずかしくなって、小声で「可愛くないもん」と呟く。


「いや、本当に今日はいい日だった」


「ナツメは、ずっと楽しそうだったね」


「マリアだってそうだろ?」


「それは、そうだけど」


マリアは何だか納得いかなくて口ごもる。

そんなマリアをみかねて、ナツメはスマホの画面をマリアに見せた。


「だってほら、見ろよこれ」


「……私、こんな顔していたんだ」


「おう。存分に楽しんでただろ?」


「……そうだね」


スマホの画面には、膝の上に猫をのせたマリアの写真が並んでいた。

困ったように眉を下げながら、それでも穏やかな顔をしている。

口角がゆるんだ自分の顔を眺めて、今日は楽しかったなと素直に認める。

ただ、言っておかなければならないことがあった。


「ところで、ナツメ」


「何だ?」


「私の写真、撮りすぎでしょう」


ナツメは満面の笑顔で言った。


「そりゃ悪かった。またお仕置きするか?」


晴れた空の下に、おどけたような笑い声が響いた。

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