ナツメルート後日談EX:子守唄は響かない
ナツメは黒い霧の中を歩いていた。
辺りの建物は一面崩れ去って、倒壊していた。
瓦礫の山を歩きながら、たった一人を探して歩く。
「マリア!どこだ!返事をしてくれ!!」
声をかけても、返事が返ることはない。
それでも歩き続けていると、やがて見慣れた部屋が姿をあらわす。
倒壊した家屋の中で、そこだけが奇妙に美しかった。
ナツメは四角く切り取られた空間に足を踏み入れる。
「……マリア?」
呟きは思ったより小さく落ちた。
見慣れた二人の住まう部屋に視線を走らせる。
玄関をぬけて、リビングに辿りつく。
マリアはそこにいた。
「マリア!ここにいたのか……」
ナツメは安堵しながらマリアの座るソファに近づく。
だが、ナツメが声をかけてもマリアの長い睫毛が揺れることはない。
睡眠薬が効いているのだと思った。
苦しそうではない、安らかな表情をしていたから。
マリアに触れられる距離まで歩く。
正面に立って、マリアに手を伸ばした。
薄い頬に触れて、驚く。
冷たい、あまりにも。
ナツメの心臓が騒がしくなる。
嫌な予感に背を押されるように、首筋に触れる。
冷たい。
薬指の指輪が光る左手に触れてみる。
やはり、冷たい。
ナツメはその場に崩れ落ちる。
「嘘だ」
「嫌だ。マリア、嫌だ……」
震える手で、マリアの冷えた手を握る。
悪い夢なら、今すぐさめてほしかった。
「マリア、マリア、マリア……」
ナツメが涙をこぼしても、困ったように笑わない。
何度名前を呼んでも、返事が返ってくることはない。
「……マリアはもう、どこにもいない」
この世で最も認めがたい事実を口にする。
それなら、自分はどうすればいいのだろう。
マリアの亡骸を抱えながら、胸の奥が冷えていく。
そのとき、マリアの睡眠薬の存在を思い出した。
そして、ナツメはーー
「……ナツメ?」
永遠に失ったはずの存在から、声をかけられる。
「休日だからって、こんな時間まで寝ているの、珍しいね」
その言葉に、時計を見る。
時刻はもう昼近かった。
「……疲れて寝てるの、起こしちゃった?」
マリアが眉を下げる。
ナツメは思わず手を伸ばしていた。
細い手首をつかむ。
「マリア」
「どうしたの、ナツメ」
「ここに、いるよな」
「うん」
「夢じゃ、ないよな」
怪訝そうな顔をしていたマリアは、ナツメの顔色に気づいて言葉を止める。
自分も似たような顔をしたことが何度もある。
どうやら、ナツメはよくない夢を見たらしい。
「……大丈夫、私はここにいる。ナツメを置いて、どこにもいかない」
「……そうか」
「うん。ナツメの隣が、私の居場所」
そこでようやく、ナツメが深いため息をつく。
マリアの手首は握られたままだ。
「悪い。変な夢みた」
「そういう日もあるよね。気にしないで」
マリアは握られた手首の上から、ナツメの手を包むように手を重ねる。
結婚指輪が、日差しに反射して一瞬だけ光る。
ナツメはその光景を目を細めて見ていた。
「なあ、マリア」
「なに?」
「お願いがあるんだけど」
「……このまま、手を握っててくれないか」
ナツメが弱々しい声で懇願する。
それを聴いて、マリアは少し思案する。
そして、思い切って勇気をだした。
「ナツメ、まだ睡眠が足りないみたい」
「いや、そういうんじゃなくて」
「ここは私が、ひと肌脱ぎましょう」
「は?」
そこで完全に虚をつかれたナツメが間の抜けた声をだす。
その反応にマリアは緊張がほぐれて、次の言葉を続けることができた。
「ナツメ、ベッドに横になって」
「はあ、まあ……わかった」
「動かないでね」
「おう」
ナツメは大人しくベッドに横たわる。
すると、マリアがベッドに近づいてきた。
そして、ナツメのベッドに膝をのせる。
ナツメは言われた通り動かない。
その横に、なんとマリアが横たわってきた。
「え、ちょっと、マリア!?」
「ナツメ、動いちゃダメ」
「う、わかった。でも急に、どうした?」
動揺するナツメの声に、マリアは少し気恥ずかしそうにしながら答える。
「これは、寝かしつけみたいなものだから」
「変な意味とか、ないから」
「大人しく、子守唄でも聴いてて」
マリアがかつてないほど饒舌に言い訳を並べる。
それがおかしくて、ナツメは思わず笑ってしまった。
「子守唄なんて、何十年ぶりだろ」
「今笑ったね?悪い子には子守唄なしです」
「それでもいい。マリアがそばにいるだけで、嬉しいから」
「……そう」
ナツメが笑顔になったのを確認して、マリアの心も穏やかになる。
同じベッドに横になりながら、特に何をするでもない。
ただお互いの体温を手放さないように、手だけが繋がれたままだった。
「マリア、好きだよ」
「……私も、好き」
それだけを言葉にした後は、昼になるまで二人はベッドで寄り添っていた。




