↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/97

ナツメルート後日談短編:収穫されるもの

季節は移ろっていく。

夏を越えて、樹木が黄色く色づく季節がやって来た。


マリアは懐かしい公園のベンチに座っていた。

かつて自分はこの場所でナツメから話しかけられて、交流をするようになった。

話せる時間が増えていき、やがて自分から返事を渡した、思い出の場所。


結婚してからは足が遠のいて、それでも結婚記念日には毎年必ず立ち寄っている。

そんな場所で、今日はアキラを待っていた。

面白い物が見つかったから見てほしい、と連絡がきたのは先週だった。


アキラと合うのは久しぶりだ。

落ち着かない気分でいたら、ナツメに「浮気するなよ」と笑われた。


予想外の言葉に固まっていると、


「嘘だよ、マリアを信じてる。心配なんかしてない」


と優しく頭を撫でられた。

撫でられた場所からナツメの気持ちが伝わるようで、マリアは少し泣きたい気分になった。

ナツメと結婚してから、そういうことがよくあった。

嬉しくて泣きそうなのだと気づいてからは、余計に心がかき乱された。

でも、嫌じゃなかった。


そんなことを思い出していると、後ろから声をかけられる。


「だーれだ」


「いや、アキラでしょ」


「うん、マリア、久しぶり!」


マリアの肩越しに、アキラが顔を出す。

いたずらが成功したような子どもみたいに、明るい笑顔だった。

マリアは少し眩しそうに目を細める。


「今日はね、面白い物を見せようと思って」


「電話でも秘密って言ってたけど、何?」


「それはねえ、これ!」


そう言ってアキラが手紙の束を取り出した。

その紙の束を見て首を傾げていたマリアが、だんだん顔色を変える。


「え、待って。何でそれをアキラが持っているの?」


「あー、やっぱりこれ、そうなんだ」


アキラがしたり顔でベンチに座る。

マリアとの間には手紙の山が置かれていた。

まだ混乱しているマリアが、アキラを問い詰める。


「これ、私が高校生のときにしていた文通の手紙なんだけど……」


「それね、私もずっと気づいてなかったの。だって匿名の文通だったし」


ベンチに置かれた手紙は、決して少なくない量があった。

たまたま手に取った文芸雑誌で、文通の募集コーナーがあった。

手紙は編集部で添削されて、相手には匿名で届く仕組みだった。

若者の手紙離れが叫ばれる昨今、それでも学生に文章に慣れ親しんでほしい、というような企画意図が書かれていた。


文通は匿名だが、相手の性別や年齢、都道府県の希望を書く欄が存在した。

マリアはそのとき、確かにアキラが引っ越した県を指定した。

性別と年齢も、アキラに合わせた。


それでも、相手がアキラだとは思っていなかった。

なぜなら、マリアの元に届く手紙には「俺」と書かれていた。

だからマリアはずっと、小説が好きな大人しい文学少年だと思って返事を書いていた。


「なんで、男の子のふりしていたの?」


「男もすなるふみといふものを」


「土佐日記だね」


「それ。逆に男に成りすまして書いてみたの」


「なるほど……」


マリアは納得してため息をつく。


「じゃあ、私の手紙だってわからなかった理由は?」


「それが実は、私ってマリアの本読む姿とか、絵はよく見たことあったじゃない」


「うん、そうだね」


「でもマリアの字は、ほとんど見たことなくって……」


「ああ、そういえば、そうだったかも」


「しかもマリアだってさ、ちょっと性格変えてなかった?」


そう言われて、当時を思い出す。

確かに、自分も少し、いや、かなり性格を変えていた。

はっきり言おう。

自分をナツメだと仮定して、書いていた。

一人称は「私」だが、男の子のようなぶっきらぼうな口調。


アキラがベンチに来たときの笑顔の理由に思い当たる。

マリアは頬が赤くなっていた。


「その顔は、気づきましたか」


「はい、ええ……」


マリアは素直に降参を認める。

手紙の持ち主に隠しても意味がないからだ。


「でもこの手紙、よく今まで持ってたね」


「マリアは私からの手紙、流石に持ってないよね」


「……実家で引きこもっていたとき、親に捨てられちゃった。ごめん」


「別にいいって。思い出だけは、誰にも捨てられないし」


その言葉に、マリアは俯く。

文通は高校一年生の頃、夏休みだけの短い期間だった。

それでも当時のマリアは、毎日ポストを覗いていた。

あの夏だけは、手紙で頭が一杯で、苦しみが遠かった。

今なら、そう思う。


「ありがとう、アキラ」


「何が?」


「あの頃の私、アキラからの手紙のおかげで、呼吸ができた」


アキラは一瞬目を見開いたあと、「そっか」と呟く。


「俺、マリアさんの救世主だったか」


妙に芝居がかった口調でアキラが喋りだす。

それがおかしくて、肩の力が少しぬける。


「まあ救世主なら、マリアの名前の方がらしいんだけど」


「処女受胎って知ってる?」


「冗談だから、怒らないでよ〜マリア」


公園のベンチに、アキラの軽い笑い声が響く。

黄色く色づいた木々に、穏やかに溶け込むような声だった。


仕事終わりのナツメが迎えに来るまで、あと少し。

それまでの短い時間を、二人は笑い合って過ごした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。