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三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


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ナツメルート後日談短編:夏とあなたと

夏は死が近い季節だ。

以前マリアがそう言っていたことをナツメは思い出す。


マリアは暑くなると体調を崩しがちになる。

元から少食なのに、更に食が細くなる。

今も目の前でスプーンを握ったまま動かせずに、眉を落としている。


「ごめん、スープならいけると思ったんだけど……」


「いい、無理して食べるな」


マリアがこれ以上無理をしないように、スプーンを取り上げる。

皿もさっさと下げて、ナツメはマリアの隣に座った。


「せめて水だけは飲んでおけ。あと……」


「なんか、ごめん」


「急にどうした」


「いや、毎年夏は私こんなだから……」


「別に、気にしない」


「私が気にするんだよ……」


その言葉に、ナツメは咄嗟に何も言い返せなかった。

マリアが夏に体調を崩すのは、気候のせいもあるが、幼い頃の夏休みの傷のせいもあるだろう。

何を言っても痛みに触れてしまう気がして、うまい言葉が出てこない。


そのとき、沈黙が落ちた部屋でマリアのスマホが震えた。

画面には『マフユさん』の文字。

スバルの奥さんからだった。


「もしもし……」


マリアが弱々しい声で電話に出る。


『あ、マリアさん、お久しぶりです。今大丈夫ですか?』


「久しぶり。今は……」


そこでナツメがそっとスマホを取り上げる。

驚くマリアに大丈夫だと目配せして、会話を続けた。


「マフユ、久しぶり。マリア今体調悪いから、用なら私が聞くよ」


『ナツメさん、お久しぶりです。マリアさん夏バテですか?』


「あー、まあそんな感じ」


『そうですか、たいへんなときにすみません。たいしたことじゃないので、また今度で大丈夫です』


「そうか?気使わせて悪いな」


マフユの気遣いをありがたく思いながら、隣で肩を落とすマリアの頭を慰めるように撫でてやる。


『いえ、マリアさんの体調第一ですから。では……あ!』


「どうした?」


『あの、マリアさんちゃんとご飯食べてませんよね?前にスバルから、夏はそうなるって聞きました』


「そうだな、食事が喉を通らない状態だ」


マリアの細すぎる首筋を眺めながら答える。


『でしたら、あの……お家にミキサーありますか?』


「あるけど、それが?」


『マリアさん甘党ですよね。甘めの、フルーツたくさんのスムージーなら飲めるんじゃないでしょうか』


思ってもいないところから解決策が飛び出て、ナツメは思わず笑顔になる。


「スムージーか。試したことなかったな」


「いい事聞いた。マフユ、ありがとうな」


『いえ、お役に立てて良かったです。では、お大事に』


そこで通話が終了した。

ナツメはマリアに真剣な表情で向き直る。


「マリア、聞いての通りだ。スムージー作るから、待ってろ」


「……わかった」


マリアは返事をするのもつらそうだった。

額から汗が流れ落ちていく。

暑さのせいだけじゃない。

今も苦しんでいる。


ナツメは急いでキッチンへ向かい、ミキサーを取り出す。

それからスマホに指先をすべらせて、スムージーの作り方を検索する。

ヨーグルトスムージーが良さそうだと判断して、キッチンに材料を並べる。

いちご、バナナ、ヨーグルト、はちみつ。

材料を順番にミキサーに入れていく。

はちみつは甘党のマリアに合わせて、レシピより多めに入れておく。


ミキサーで材料が混ざる音が響く。

一刻もはやく、マリアに飲ませてあげたかった。

ナツメはじれったい気持ちを抑えて、ミキサーが止まるのを待つ。


「よし、出来たぞマリア!これ、飲めるか?」


飲みやすいように、太めのストローを挿してスムージーをマリアに手渡す。

受け取ったマリアは、甘い匂いのするカップを少し嗅いで、ストローに口をつけた。


マリアの喉が静かに動くのを、ナツメは固唾を呑んで見守る。


「……美味しい」


「マジか!良かった、マリア。本当に良かった……」


少しだけ涙ぐみながら、ナツメはマリアの頬に視線を向ける。

マリアが頷くのを確認してから、両手で包み込むように頬に触れる。


「これで少しは栄養取れるな。レシピも色々あったし、この夏はスムージーで乗り切ろう」


「……うん、これなら大丈夫そう。ありがとう、ナツメ」


「いや、礼ならマフユに言わないとな。今度お礼しよう」


「そうだね、何か持ってお礼に行こう」


ナツメの両手に、薄い頬の感触がある。

しっとりとしてはいたが、マリアの汗は止まっていた。

少し食事できたのもあるが、マフユの心遣いが染みたのだろう。

苦しそうではなかった。


「マフユは何が喜ぶだろうな」


「ガーデニングに凝ってるらしいから、除草剤とか」


そこでナツメは盛大にむせる。


「なっ、マリア、それはいくらなんでも……ぶふっ」


「笑いすぎでしょ」


「いや、冗談言う元気が戻って、嬉しいよ」


「そういうことにしておいてあげる」


久しぶりに軽口を叩き合いながら、リビングに穏やかな空気が流れる。

夏の痛みがやわらいだ証のように、窓辺に吊るされた風鈴が軽やかな音を立てた。

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