ナツメルート後日談:リボンの花
休日の午前、マリアは一人で手芸店にいた。
色とりどりのリボンが棚いっぱいに並び、光の角度で微妙に表情を変えている。
普段なら少し圧倒される空間なのに、今日は不思議と落ち着いていた。
ナツメの顔を思い浮かべながら歩いているからかもしれない。
(……こういうの、似合うかな)
手に取ったのは、落ち着いた紺色のリボンだった。
ナツメの仕事着や、普段の雰囲気に近い色。
それに、少しだけ柔らかい白を重ねる。
派手ではないけれど、ちゃんと“その人のため”に見えるものにしたかった。
家に帰ってからは、静かな時間だった。
ナツメは仕事で遅くなる日。
リビングのテーブルに材料を広げ、マリアはゆっくりと手を動かし始めた。
リボンを重ねる。
形を整える。
何度か失敗してやり直しながらも、焦りはなかった。
(これは、ナツメへの感謝の形)
そう思いながら一つ一つの工程を進めていくと、心が静かになった。
夜が深まった頃、ナツメがようやく帰宅した。
「ただいま」
玄関の声に、マリアは立ち上がる。
「おかえり」
ナツメが靴を脱ぎながらリビングに入ってくる。
少し疲れた顔だったが、マリアを見るといつもの表情に戻った。
「悪い、遅くなった」
「大丈夫」
マリアは小さな箱を両手で持っている。
少しだけ間を置いてから、ゆっくり差し出した。
「あの、これ」
「……ん?」
ナツメは箱を受け取る。
軽い。
けれど中に何かがあるのはわかる。
「……開けていい?」
「うん」
慎重に蓋を開ける。
中に入っていたのは、小さなロゼットだった。
落ち着いた紺と白のリボンが丁寧に重なり、静かな花のように形を作っている。
「……これ、マリアが?」
マリアは小さく頷く。
「作ってみた」
ナツメはロゼットをそっと持ち上げる。
「……マリアの手作り」
次の瞬間、ふっと笑う。
けれどそれは、いつものぶっきらぼうな笑い方じゃなかった。
「これ……」
言葉が続かない。
ナツメはロゼットを見つめたまま、しばらく黙っていた。
そしてようやく、小さく息を吐く。
「すごいな」
「そんなでもない」
「いや、すごいよ」
少しだけ震えた声。
「……これ、もらっていいのか?」
「ナツメのために、作ったから」
その一言で、ナツメの表情が完全に崩れた。
困ったように笑いながら、目が潤んでいる。
「やばいな」
「何が?」
「嬉しすぎる」
ロゼットを胸の前で大事そうに持つ。
「これ、ずっと持ってていいやつ?」
「うん」
「じゃあ一生大事にする」
「重い」
「軽い」
ナツメはロゼットをもう一度見て、静かに息を吐いた。
「……ありがとう、マリア」
その声は、少し鼻が詰まったような涙声だった。
マリアは少しだけ視線を逸らす。
「喜びすぎ」
「無理だって」
「これは嬉しすぎる」
そう言いながら、ロゼットをそっとテーブルに置く。
けれど手は離さない。
名残惜しそうに、指先だけがまだ触れていた。




