↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/97

ナツメルート後日談:あなたと過ごす日々

二人の朝は静かに始まる。

ナツメが先に起きて、キッチンでコーヒーを入れる音だけが部屋に落ちている。


社内SEという仕事は、派手ではない代わりに、生活リズムが読めない日もある。

障害対応が入れば夜中に呼び出されることもあるし、逆に何もなければ早く帰れる日もある。


それでもナツメは、できるだけ「マリアの通院日」と「体調の揺れやすい時間」を基準に予定を組む癖がついていた。


「……おはよう」


リビングにマリアが現れる。

少し眠そうで、髪はまだ整っていない。


「おはよう。今日は調子どう」


「悪くはない」


その言葉を聞くたびに、ナツメは呼吸が楽になる。

ここ数年で、それは一番聞きたい返事になっていた。


トーストとスープを並べると、マリアはゆっくり食べ始める。


ナツメの出勤時間は日によって違う。

その日は午前から本社対応がある日だった。


「今日は定時で帰るから」


「……本当に?」


「たぶん。障害なければ」


マリアは少しだけ目を細める。


「……“たぶん”ばっかり」


「あー、職業柄だな」


ナツメはジャケットを羽織りながら苦笑する。

玄関まで見送りに来たマリアは、靴を履くナツメをじっと見ていた。


「……いってらっしゃい」


「いってくる」


昼過ぎ。


マリアは一人で本を読んでいた。

昔より集中できる時間が増えた。


ただふとした瞬間に、胸の奥がざわつくこともある。

そういうときは、無理に考えないようにしている。


今は「待てる場所」があるからだ。


スマホが鳴る。


『社内ネットワーク障害。少し遅くなる』


ナツメからだった。

マリアは短く返信する。


『わかった』


それだけ。


昔なら、それだけで不安になっていた。

今は違う。

戻ってくることを知っているから、ちゃんと待つことができる。


夜、ナツメが帰ってくると、部屋の明かりがまだついていた。


「ただいま。まだ起きてたか」


「うん、おかえり」


マリアはソファに座ったまま、眠そうな顔を上げる。


ナツメは少し疲れた顔をしていたが、目は穏やかだった。


「また何か、トラブルだったの?」


「ああ、まあ、想定内だけど」


ジャケットを脱ぎながら、ナツメは小さく息を吐く。


それからマリアを見る。


「今日はどうだった」


「普通」


「いい日じゃん」


ナツメは笑った。


夕食後。

マリアはソファで膝を抱えていた。


ナツメは隣に座っている。

けれど距離は、いつも通り少しだけ空いていた。


「ナツメ」


「ん」


「仕事、しんどくない?」


ナツメは少し考えてから答える。


「しんどい時は、あるかも」


「でも?」


「マリアの生活が安定するなら、それでいいかなって」


マリアは視線を落とす。


「……私のせい?」


「いや、違くて」


「……ちゃんと、自分で選んでる。大丈夫」


短い沈黙。


「帰る場所があるから、平気」


マリアは何も言えなかった。


夜が深くなる。

マリアは布団に入る前、小さく言った。


「ねえナツメ」


「ん?」


「明日も……帰ってくる?」


ナツメは一瞬だけ驚いた顔をする。

そしてすぐ、穏やかに笑った。


「当たり前だろ」


その答えを聞いて、マリアはようやく布団に潜る。

戻ってくる人がいる日常を、信じられる。


隣の部屋で電気が消える音がする。

ナツメがいる気配だけが、夜の中に残る。


その気配を感じながら、マリアは静かに目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。