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三十八歳、触れないまま恋をする〜重すぎる愛と、静かな恋の間で~  作者: ail38


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幕間:祝福

花屋の前を通るたび、マリアは少しだけ足を止めるようになった。


ガラス越しに見える色とりどりの花は、どれも自分とは無関係な世界のものみたいで、昔はまともに見ることもなかった。


けれど、今は違った。

弟に、花束を贈りたいと思っている。

そのこと自体が、マリアには少し不思議だった。


五月の夜、スマホに通知が入った。

送り主はスバル。

珍しい、とマリアは思う。


昔の弟は必要最低限しか連絡してこなかった。

疑問に思いながら、メッセージを開く。


『これ、結婚式の写真』


続けて、数枚の画像。


清楚で清潔感のある白いチャペル。

タキシード姿で笑っているスバル。

隣には柔らかなドレスを纏った、穏やかそうな雰囲気の女性。


マリアは少し目を丸くした。

スバルが、ちゃんと幸せそうに笑っていた。


そのあとに続く文章を見て、さらに驚く。


『うちの両親がマリア姉ちゃんに結婚催促しないように、俺が言っておく』


『もし連絡きても無視して大丈夫だから』


マリアはしばらく画面を見つめた。


静かな部屋に、冷蔵庫が稼働する機械音だけが響く。


「……ああ」


小さく息が漏れた。

スバルは気付いていたのだ。

だから、式が終わってから報告してくれた。

来なかったことを責めないために。

結婚しない選択を、責められないように。


マリアはスマホを胸の上に置く。


少し前まで、スバルはもっと尖っていた。

嫌っていた、家族のことを。

マリアはずっと、弟に嫌われていると知っていた。

それはきっと本当だったのだろう。


でも、今のスバルは、昔よりずっと優しい。


マリアはスマホを見つめたまま、小さく瞬きをした。

気付けば、中学生くらいのスバルを思い出していた。


不機嫌そうにイヤホンをつけていた横顔。

反抗的な視線。

早く家を出たい、と言っていた声。


あの弟が、結婚した。

昔は誰とも上手くやれなさそうだった弟が、誰かの隣で穏やかに笑っていた。

なんだか不思議だった。


そして少し、嬉しかった。


外出したとき、たまたま目にした花屋の店先に並べられた花々を眺める。

柔らかな花の香りが漂う。


マリアは並ぶ花を見つめながら、ぼんやり思った。

昔の自分なら、弟に何か贈ろうなんて考えなかった。

家族なんて、嫌な記憶ばかりだったから。


でも今は、ちゃんと幸せになってほしいと思う。

大人になって、自分の人生を選び取った弟に。


「……優しい感じの花束がいいな」


マリアは小さく呟く。


幸せになってね、と。

そんな気持ちを、ちゃんと渡せる花がいい。

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