幕間:祝福
花屋の前を通るたび、マリアは少しだけ足を止めるようになった。
ガラス越しに見える色とりどりの花は、どれも自分とは無関係な世界のものみたいで、昔はまともに見ることもなかった。
けれど、今は違った。
弟に、花束を贈りたいと思っている。
そのこと自体が、マリアには少し不思議だった。
五月の夜、スマホに通知が入った。
送り主はスバル。
珍しい、とマリアは思う。
昔の弟は必要最低限しか連絡してこなかった。
疑問に思いながら、メッセージを開く。
『これ、結婚式の写真』
続けて、数枚の画像。
清楚で清潔感のある白いチャペル。
タキシード姿で笑っているスバル。
隣には柔らかなドレスを纏った、穏やかそうな雰囲気の女性。
マリアは少し目を丸くした。
スバルが、ちゃんと幸せそうに笑っていた。
そのあとに続く文章を見て、さらに驚く。
『うちの両親がマリア姉ちゃんに結婚催促しないように、俺が言っておく』
『もし連絡きても無視して大丈夫だから』
マリアはしばらく画面を見つめた。
静かな部屋に、冷蔵庫が稼働する機械音だけが響く。
「……ああ」
小さく息が漏れた。
スバルは気付いていたのだ。
だから、式が終わってから報告してくれた。
来なかったことを責めないために。
結婚しない選択を、責められないように。
マリアはスマホを胸の上に置く。
少し前まで、スバルはもっと尖っていた。
嫌っていた、家族のことを。
マリアはずっと、弟に嫌われていると知っていた。
それはきっと本当だったのだろう。
でも、今のスバルは、昔よりずっと優しい。
マリアはスマホを見つめたまま、小さく瞬きをした。
気付けば、中学生くらいのスバルを思い出していた。
不機嫌そうにイヤホンをつけていた横顔。
反抗的な視線。
早く家を出たい、と言っていた声。
あの弟が、結婚した。
昔は誰とも上手くやれなさそうだった弟が、誰かの隣で穏やかに笑っていた。
なんだか不思議だった。
そして少し、嬉しかった。
外出したとき、たまたま目にした花屋の店先に並べられた花々を眺める。
柔らかな花の香りが漂う。
マリアは並ぶ花を見つめながら、ぼんやり思った。
昔の自分なら、弟に何か贈ろうなんて考えなかった。
家族なんて、嫌な記憶ばかりだったから。
でも今は、ちゃんと幸せになってほしいと思う。
大人になって、自分の人生を選び取った弟に。
「……優しい感じの花束がいいな」
マリアは小さく呟く。
幸せになってね、と。
そんな気持ちを、ちゃんと渡せる花がいい。




